シバケンの単なる雑談NO.426


NO.421 NO.422 NO.423 NO.424 NO.425
NO.416 NO.417 NO.418 NO.419 NO.420

NO.410 NO.420 NO.425
NO.360 NO.370 NO.380 NO.390 NO.400

NO.300 NO.350 NO.400
NO.50 NO.100 NO.150 NO.200 NO.250
題目一覧表

目次

雑談NO.427

NO.4630 諸般諸々の、主たる、歯科衛生士に寄るの歯の掃除の話

NO.4629 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(19) 槇島の当家、存在の話(2)

NO.4628 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(18) 槇島の当家、存在の話(1)

NO.4627 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(17) 健康害するは瞬時の話

NO.4626 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(16) 洛西高島屋での話

NO.4625 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(15) 墓参の話

NO.4624 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(14) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(10)

NO.4623 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(13) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(9)

NO.4622 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(12) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(8)

NO.4621 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(11) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(7)

雑談NO.425


NO.4621 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(11) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(7)

いやねえ。
腰ねえ。
いやねえ。
下記<参考>では、今年の、1月12日としてるです。整体に行ったが。

<参考=「単なる雑談NO.398」NO.4343 閑話休題的、整体に行くの話

結果的、そのままで、替わらんなと。
まあなあ。
波あっての、どもなかったり、どもあったり、してるですが。
但し、歩けぬの、よな、状態でなく。で、あれば、即刻の、行ってるです。

整体と、するは、凝ってる感でして。腰の、右側が。左は、どもなくて。特には、寝るなりの、右の腰が、圧迫されると、違和感あるです。
言うたら、痛い、痒いでなくの、凝ってる感。で、歩けずなら、困るですが、歩くに、支障皆無。故に、ほったらかし状態。
強いてなら、その内に、その内にと、思いの、結果的、9箇月経ってるになるです。
そらなあ。
只ではないです。当方的、肩凝った、足凝ってる。等々、凝り性でありませんでして。イヤ、結構なるです。


オッとの、話ねえ。
するか、せぬかと、迷いつつの、ま、ええかと。
過日、とは、28日の月曜日。とは、一昨日やねえ。ズボンの寸法直しのを、取りに行ったですが。何時頃やろねえ。兎に角、午前中。

取りには、「アル・プラザ」に、なれどの、受け取っての、帰りの道中。とか、言うても、エスカレーターでの話の、当方、2階から、1階に。そして、地階の、駐車場の方えと、向かうの途上。
ンの、見た事、あるなあと。と、するよりは、モノ陰で、即には、全容見えんかった、ですが。基本、チラ見で、確率、結構高くの、誰とは、認識の、君。

イヤ、区長時代に知ったですが。
元ローム社員。
要は、大井町の住民でして。ローム時代には、顔は見てるのけれどの、用事なく。当然の、部署違うしねえ。苗字も知らんかった、ですが。

それこその、大井神社の、御神輿の件。とするのか、御輿実行委員会であったかでは、地の町内会なら、その手、宮総代なり、委員の方、居られるですが。我々の新興の、町内会には、その手の役職ありませんでして。
まあ、言うたら、区長が代行。
での、その手、会議で、偶々の、その君と、隣同士になって、ねえ。
ででの、思い切っての、尋ねたです。もしかしての、ローム怪と。結果、そですと、成ってねえ。そこからやねえ。喋り出したは。
イヤ、ほんと。

そらねえ。
ローム時代には、部署違うし、業務も、全くので、構内にて、時偶には、スレ違たりは、してるの哉の、程度でねえ。
基本、喋った事も、あらへんし。
違うでは、困るしねえ。
ンの、まの、困るの事も、ないなあと、偶々の、席が隣同士になったが故、ええ機会也と。事実、ええ機会でねえ。あちも、同様に、見た事、あるなあと、思てたのみたいでねえ。

まあ、言うたら、正確には、わからんですが。大井町では、2人やねえ。元ロームのが。内の一人なるは、当方、区長時代の、ソフト・ボールの試合やろかに、あちから、挨拶しに、来てくれての、嗚呼と。へえと。
彼の場合、喋ったりは、してたです。部署異なるも、隣でねえ。部署の、場所が。

がしかし、その君とは、その1回と、後は、JR車内で、一度かと。
どちにしろ、2005年の話やねえ。の、2回だけしか、会おてませんでして。
がしかしの、こちらの君なら、言うてるの、区長仲間やしねえ。その時代には、何度も、何度も。

加えての、区長職、離れてからも、御神輿に参加してたの時、会おたり、してねえ。
オッとの、そ、言うたら、彼、区長時代、御神輿に参加してたです。ええ機会也と。彼の町内会では、接待するは、区長が、では、ないみたいでねえ。

オッとの、それから、2度、3度と、会おてるです。それこその、当方、御神輿参加で、彼の町内会では、彼が、みつけてくれて、ねえ。それは、5年程の昔かと。
今年の、過日には、近在の町医者、内科でも、ばったり。
そして、一昨日やねえ。
だけの話で、やあやあで、サイナラしたですが。


オトトの、槇島の話ねえ。
15坪程でして。小さいねえ。
15坪なら、仏光寺の家と、ホボの、同等なれどの、軽くの、仏光寺の方が、大きく、広く、思えたです。
申せば、建て方が、上手なんやねえ。

イヤ、槇島も、連棟でして。連棟とは、言わんですが。仏光寺の家にしたって、隣家との、隙間なんか、あらへんし、ねえ。
隙間を設けるよな、建て方してへんし。
にしては、ど、見てもと。

申せば、前庭ねえ。仏光寺のは、店にしてて、ねえ。ウインドウがあったり、親父の作業場にしてたですが。その間が、4畳半程度であったかと。
そして、居間<食堂>で、矢っ張りの、4畳半程度で、奥の間、6畳で、その先が、裏庭。2階ねえ。中二階やしねえ。真ん中の部屋は、天井も高く。前の、部屋、道路側なるは、屋根の形の関係で、天井低く。同様にして、奥の部屋も、天井低く。
結果、奥、裏手やねえ。は、物置に成ってたです。表の間は、基本、祖母の部屋。真ん中は、元々なら、叔父達<2人>の部屋でして。

叔父達、出てってからは、当方の部屋になって、ねえ。
更には、1年、2年の範疇なれどの、妹も、その部屋で、寝るに成ったです。再度の、妹は、寝るだけの部屋。

まあ、言うたら、この手のは、標準的なるの、京都の家と、言えるの、玄関から、裏庭まで、土足で、そのままに行けるの、タタキと、言うてるですが。
そこには、物置があったし、調理場があったし、奥戸さんが。
その先には、愛犬が。そして、裏庭やねえ。裏庭には、物干し竿が。向かって、左には、廊下で、男子の小便器で、その先には、大のと、するのか、便所。

左様の、所謂の便所は、建屋から、廊下を通じて行くの式。
の、廊下、オッとの、渡り廊下と、称するですが。横手に、手水があって、ねえ。石の。実際には、水は、入れてませんですが。ボウフラが湧くしねえ。

ンの、かと、いうて、雨降れば、水が貯まりの、ボウフラが。
イヤ、裏庭で、何か、出来るの、でもないけれどの、そらねえ。広くは、あらへんでして。とりあえず、周囲からは、囲まれての、余所様からは、見えませんの、奥の部屋で、呆けっと、眺めてるだけでも、落ち着くの空間。
それが、京都の、でして。落ち着くの間取りで、裏庭でして。

対して、槇島では、裏庭なんか、気持ちやしねえ。眺めるの風情でありませんでして。前庭も、あるには、あるのけれどの、例えばの話の、犬小屋なら、置けるかと。
花なりなら、多少は植えたり、鉢を置いたりも、出来るかと。そやねえ。自転車、単車程度なら、置けるの空間。

後はねえ。
台所が、1畳か、1畳半程度かで、次、食堂が、2畳程度かで。オッとの、玄関に入っての、右手、便所やねえ。要は、左手が、台所。

そして、奥は、6畳の間で、その先、風呂とか、猫の額の、庭。
されどの、その庭では、何かするの、出来るの空間ではなくて。下手したら、裏手の宅様から、見えたりしてねえ。イヤ、ほんと。
二階ねえ。
四畳半と、6畳の間の、2部屋。

どちのしろの、圧倒的、仏光寺の家の方が、余裕を感じたです。
理由、タタキがあって、裏庭に行けるです。言うたって、人1人が歩けるの幅だけでして。
裏庭ねえ。
トイレがあるのと、手水と、物干し竿。がしかし、裏庭と、言えるの、庭でしたです。実は、この空間、裏庭を大切にしてたの感あるです。京都の家の建て方は。

何度でも、申すの、その贅沢が、京都の家。
言うは、そんなに小さな、狭いの家でも、広く感じてたし、庭に、何がと、あらへんのけれどの、眺めてるだけでも、余裕がと。
申せば、裏庭で、行水したです。イヤ、ほんと。
特段の、どこからも、覗かれるの心配せず。当然の、その気、意図的、覗けば、覗けるですが。こちが、覗かんしで、覗かれるの、心配皆無。

の、程に、旨く、建ててたかと。要は、隣近所からは、覗かれる、見えるの、心配しておらず。
されどの、槇島のも、亀岡のも、亀岡なら、30坪で、倍なれどの、これねえ。強いてなら、どこからでも、見えるです。イヤ、裏庭なんか、何の遮蔽も、あらへんわと。よて、ベランダも、隣家と、一緒やしねえ。干し物してたら、こんにちは、やし。
裏庭に居てたって、先刻の、隣家、裏手の2階から、丸見え。
言うたら、プライバシーなんか、あらへんわと。
裏庭で、行水ねえ。自宅であっても、よ、しませんです。再度の、どこからでも、丸見え故。

よて、京都に住みたいと、言うは、落ち着くが故。
イヤ、反っての、京都の方が、馴染み易いと、思てるです。その辺り、新興住宅街は、アカンなあと。
とは、勝手に思てるですが。
(24/10/31)


NO.4622 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(12) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(8)

いやねえ。
余計なるの話の、諸般、2週間は経ったの、町内会の宅様の件。
ご主人様、云々の、なれどの、今だ、回覧無くて。

いやねえ。
最近、その手の、多くてねえ。
この何年も、見てへんなあと。そこ様の、誰か、様をと。
過年なら、葬儀会館で、通夜、告別式の、予定の、配りモノあったですが。あれば、当方的、必ずや。と、までは、言い過ぎも、ここ、十年、二十年なら、参列させて戴いたです。
まあ、つまり、その知らせで、わかるしねえ。

モと、言うたら、この界隈では、葬儀会館が、主でねえ。自宅ねえ。で、葬儀したは、当家のみ。
言うたら、親父の、でして。
それが、極の普通の、慣例的、葬儀の、最初で、最後。当町内会では、の話。

いやねえ。
家の前では、華飾るし、テントも、設置でねえ。ハタ目で、嗚呼、あそこさん、誰か、死なはったんやと、一発わかるですが。
当世、葬儀会館やしねえ。さっぱりの、わからんわと。

まあなあ。
申せばの、仏光寺の時なら、知り合い等々に、通知なんか、全くのせず。ともの、アと、言う間に、伝わったですが。伝われば、家の外には、華が、テントが、あるし、ねえ。遠目でも、わかるわと。
と、するのか、誰が亡くなったかの、程度、伝わって来るです。

言うは、新興住宅街で、且つは、葬儀会館で。しかも、家族葬なら、ご近所さんでも、わからんの場合、あるです。
ほんまやでと。
その昔の、自宅で、葬儀なら、正直、トイレを借りるも、両隣の家に、頼んだり、してねえ。そらねえ。
場合に寄りの、トイレを使えぬ事、あったり、してねえ。又、親族が多く集まるし、ねえ。トイレも、満員御礼状態になったりも、するし、ねえ。

それがためにも、基本、向かい三軒両隣は、それなりの、おつきあいをと。常々から、しとかんとと。冠婚葬祭で、お世話にならん、ならんし、ねえ。
まあなあ。
基本、向かい三軒両隣なら、そちらの方から、諸般、遠慮せずにと、話して戴いたり、してねえ。常識的には、即の、その辺り、お願いに上がったり。

そらなあ。
何も、言わんといて、言うても、戴いてないのに、親族なりが、トイレ貸してください。は、変やろな。失礼やろな。その手、緊急の時には、お互い様では、あるですが。
そのお互い様故、ご近所さんは、大切にと。日頃の、おつきあいですよと、相成って。

オトトの、当方的、承知の範囲の、仏光寺の家での、葬儀ねえ。
生まれて、即の、妹のが、最初なれどの、これ、当方的、4歳の時やしねえ。当時の出来事なるは、夢、現<うつつ>の、区分、ついておらず。
がしかしの、場面、場面、記憶してるです。
まあ、言うたら、4歳辺りなら、ある場面なるは、強烈なるの、印象で以て、記憶するんやなあと。

その場面の、一部なるは、現実的、変やなあと、思うですが。
それに、近い事は、あったんやろと、思てるです。
イヤ、妹が、黒門の伯父、母の下の兄やねえ。が、自転車に、小さな棺を載せて。と、するのか、妹の遺体を、持ち帰ったの場面。
当方的、「死」なるを、理解しておらずの、単に、帰って来ると、聞いて、ねえ。誰から、やろか。
その自転車に、乗ってる、乗せてもろてると、思てねえ。喜んで、喜んで、自転車の回りを、飛び跳ねてたの、記憶。

これが、夢か、現<うつつ>かと。よ、わからんでして。
そもそもがの、自転車ねえ。伯父ねえ。
当家に、自転車なるは、所有してませんでして。黒門の、伯父のかなあと。

にしたって、産院ねえ。近くでねえ。横町でして。小学校なら、油小路を、右手に。産院、梅鉢医院と、称するですが。左手に。
まあ、言うたら、1分、2分でして。
理屈で言うなら、生まれて、1週間辺りの、赤ちゃんでして。重さ知れてるです。それを、わざわざの、自転車で、運ぶのかと。
まあなあ、小さくともの、棺に入ってるが故、丁寧に、哉と。
とかとかは、後年、理屈的に、推察、推量してるのダケでして。

その事、承知の、伯父ねえ。親父なり、母なり、祖母、当家叔父達ねえ。聞くにも、尋ねるにも、皆、あの世。
それ知って、さての、どなんやと、成るですが。
当方的、真相、知るが出来ずの、永遠の、謎、疑問。

いやねえ。
そんな事、多いぞと。
自身、ある程度の、年齢に達しての、諸般の、記憶の、出来事なり、聞いてるの話なり。例えばの、祖父の、等々について、知りたいの気、山々なれどの、残念無念の、皆、あの世。
そんなモンやんでと。
申せば、当方なんか、諸般、親族の事なり、よっく、承知の身でして。

そらなあ。
言うてるの、2人の叔父なら、中学生時代辺りまで、同居してたし、ねえ。
祖母なら、最初っから、最後まで、ズと、一緒。
従兄弟達ねえ。
基本、その昔には、歩いて行けるの範疇でして。家まで。
申せば、母の兄、黒門の、なんか、中学校の通学路途上やしねえ。家が。よお、寄ったです。チラ見に。
そこの、伯母さんも、親しくしてたし、可愛がっても、くれたしねえ。
みーんな、軽くの、あの世。


オトトの、槇島の話が、なかなかに、進まんねえ。
イヤ、仏光寺の家から、槇島に、家族全員も、当方と、母、妹をば、何であったか、ホンダのZの時代かと。乗せて、行くに、そらなあ、寂しいの事。
まさしくの、名実共の、都落ち。
と、自覚してたです。
残念無念と。

そらねえ。
まあ、言うたら、大学出て、ほやほや。2年経ってたですが。
まだ、24歳の、全くの、青二才で、無産、貯金もあらへんの、当方でして。

申せば、大切な、大切にしてくれたの、祖母が亡くなってるし、ねえ。
親父ねえ。
生きてるですが。結核で、宇多野病院やしねえ。
母ねえ。
相談ねえ。したって、どするやと。まあなあ、相談はしてるですが。親故。
がしかしの、金なんか、一銭たりともの、出ませんです。事実上、当方が、家長でねえ。全負担。

まあなあ。
長男やしねえ。当然と。
(24/11/01)


NO.4623 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(13) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(9)

いやねえ。
高がの、15坪の家。
仏光寺のが。
裏庭あるし、ねえ。タタキから、玄関先から、裏庭えは、土足で、スと、行けるしねえ。

言うは、槇島の家と、一緒の坪数と、思てるですが。感覚的の話の、格段の差で、仏光寺のが、広く感じるです。
それは、現在でも、でして。
理由なるは、京都の家なるは、知恵あるです。感じるです。
何度でもの、余所様、隣近所からは、庭なり、見えませんです。言うてるの、意図すれば、見えるですが。それは、何でもかと。現の、亀岡の、なら、意図せずとも、見えるです。

裏庭に居て、何かの用事してて、ンの、視線感じての、上の方、感じた方向見れば、ベランダ、物干しやねえ。で、干し物したはったり、してねえ。
ならばの、おはようございます。
とか、挨拶なり、してねえ。それしんと、ブスっと、してたでは、具合悪いやろな。それこその、隣近所やのにと。


トトトの、小さい家やのに、のびのびしてねえ。広く感じるは、実は、間と、間の間なり、障子、襖をしてなかったです。
あるには、あった、けれどの、大方は、解放状態。二階なら、元々が、その手、仕切り取り払われてての、障子なり、なくて。スカスカ状態。
まあなあ。
よて、猫でもが、出入り自由にしてたですが。来るな。とも、言わんですが。言うたって、言うてるの、スカスカで、どこからでも、でして。

よて、夏の方が、涼しく感じたですが。あくまでもの、仕切りのない分。
反対には、冬場の寒いの事。それこその、火鉢の時代。
よお、それで、耐えてた、なあと。
イヤ、そんな時代故、それしか、知らんわと。

よて、槇島ねえ。家ねえ。
その基準からは、襖があっての、部屋部屋、仕切られてるし、ねえ。そらねえ、部屋部屋独立感あっての、狭いわと。イヤ、ほんと。

それ、言うたら、現の亀岡の家ねえ。
造りが、下手やねえ。まあなあ、隣同士の部屋の仕切り、襖なりを、解放したって、2間同時に使えるの、構造とは、違うです。
オッとの、その辺り、仁尾の義姉宅ねえ。ここも、庭なるは、ありませんですが。古い家でして。がしかしの、本来なら、あるの襖なり、解放したなら、2部屋、3部屋をば、通して、使えるです。結構なると。イヤ、その気なら、広く、使えるし、ねえ。

よて、当家、総勢、11名やねえ。現在唯今。仁尾に行っても、皆、座ると、するのか、机出せば、食事が出来るです。
オッとの、言うは、仁尾家ねえ。総勢8名。
都合の、ならばの、19名やねえ。

当家、亀岡の家に、19名ねえ。入るだけなら、入るは出来るですが。一同に、会して、食事不可。バラバラなら、可能。
まあなあ。
余計なるの話の、現在なら、11名ねえ。表の間になら、何とか、入れて、食事も出来るです。現に、正月元旦ねえ。
一同に、会して、おめでとうございますと、挨拶して、お雑煮喰てるです。

これねえ。
孫共、まだ、上が、孫娘で、高校2年。下が、次男家次男の、孫君4号で、3歳に、なった、なあと。
ンの、今月、七五三や、なあと。と、次男家から、聞いてるです。10日<日>辺りにと。
トトトの、その上が、小学の6年で、更なるの、上、中学1年、3年生。
まだ、小さいしねえ。何とか、なってるですが。孫君1号、中学3年生のくせ、しやがっての、身長170センチとか、言いやがってからにの、腹の立つ。
の、腹立つは、冗談なれど、です。そか、そんなに大きくなったかと、嬉しいけれどの。その反面、孫君共、皆大きなってみい、当家、居間、6畳の間。とか、言うても、これ、何間やろねえ。京間ではないなあと。感覚的、狭いしねえ。
に、一同に、会して、座れるのかと。イヤ、ほんと。

とか、言うてるの間にも、孫娘、結婚が、どのこのと。
孫君1号も、とか、言い出してみい。嗚呼、寂しいの事やねえ。イヤ、ほんと。

とかとか、槇島の家ねえ。
奥の間、6畳ねえ。前の間、2畳ねえ。合わせて、8畳故、何とか、なるの哉と。イヤ、実際には、槇島では、最多で、5人。
でしたです。

最少が3人。
この最少とは、母、妹と、当方。仏光寺から、引っ越したの時。
そこで、当方、結婚で、まあ、言うたら、男一人に、女三人。イヤ、ほんと。
申せば、更には、妹の結婚話あって、ねえ。
いやねえ。
本来なら、親父に、なれどの、事実上の家長、当方でして。まあ、言うたら、婿になるの方と、その両親が、来てねえ。挨拶に。
オッとの、結納の儀、どやったの哉の、妹のは、知らんです。記憶にないなあと。
そらねえ。
当方、親ではないです。その辺り、厄介やねえ。
もしかしての、形だけ、したの哉と。がしかし、記憶しておらず。

当方の、又、息子共のなら、結納の儀してるです。変な話の、当方のは、当たり前に、自分で、自分のも、変でして。格好だけ。形だけかと。
所謂の、結納金持って行ったの時やしねえ。
息子共のは、長男、次男。
当方、父親として、口上述べて、やってるし、しっかりの、覚えてるです。


オッとの、まあ、言うて、もたらの、妹の結婚祝いとして、ボーナス全額、そのままに、出したです。イヤ、ほんと。
まあ、言うたら、親替わりやねえ。
結構なるの、額と、思うです。
で、嫁入り道具、調達なり、したです。
イヤイヤ、申せば、嫁はんの嫁入り道具ねえ。四国から、来てねえ。狭いの、我が家、槇島の家に入れてねえ。イヤ、ほんと。

何で、そんな話ねえ。
更に、妹の、嫁入り道具、入って、ねえ。
言うたら、狭いの、槇島の家に、嫁はんの、その手、洋服箪笥、和箪笥、整理箪笥に、鏡台、靴箱等々、あるのに、ねえ。更に、諸般、届いて、入って来てねえ。
一旦、我が家に、入れて、置かんと、なと。

再度の、狭い我が家に、でして。まあ、言うたら、どしたの哉の、2階には、持ちあがれへんし。上げたら、出す時、大変やしねえ。
とかとか、とりあえず、1階であったかと、思うですが。妹の嫁入り道具も、置いて、ねえ。
その隙間で、4人が寝てたかと。イヤ、ほんと。
とか、言うたって、一時の間、なれど、です。

いやねえ。
当世、嫁入り道具をば、紅白の、寿の、布掛けて、トラックで、運ぶの光景、見やへんねえ。
その辺り、申せば、当家、なりは、チャンと、と、するのか、したです。
言うたら、するべき、したです。
これ、いつ頃か、からか、見ずになった、なあと。推定なら、この辺りから、10年、20年経ったの辺りでは、見ず。
(24/11/02)


NO.4624 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(14) ついでにの、宇治槇島に寄るの話(10)

いやねえ。
そんな事で、槇島の家ねえ。
色々あった、なあと。

申せば、仏光寺の家では、当方生まれ。妹生まれ。
結果、家族ねえ。最多では、7人になったです。
言うたら、祖母と、叔父2人。
言うたら、その当時と、するのか、昔は、そんなモンでしたです。基本、家長たる、家族であるの、親、兄弟姉妹をば、面倒見る。は、当たり前。

当たり前故、恩に着るも、恩を売るもありませんです。
がしかし、面白いねえ。
余計なるの話の、当方、長男の立場。従兄弟達ねえ。主たる、母方の、なれどの、下の伯父家の方ねえ。弟から、兄貴たる、色々、言われてたです。

がしかし、当方から、言わせて戴ければ、ここの、長男、よお、頑張ってたです。
いやねえ。
簡単明瞭の、下の伯父家のは、家から、出ては行ったですが。近くやしねえ。徒歩、何分のところでねえ。後年、伯母さん亡くなったら、その長男家、従兄弟やねえ。
毎日か、までは、よお、知らんですが。ンの、食事の話故、毎日やろねえ。或いは、ホボの、毎日、持って、行ってたです。えらい、ねえ。
言うたら、同居してませぬ故、持参せねば、仕方がなくて。

がしかし、それ、知ってるか、知らんかは、わからんの、弟からしたら、頼りないの、兄と。
当方の立場的、年齢的、一番の上でねえ。
正確には、柴田から、嫁いだの、叔母家の長男なるが、年齢的、一つ上なれどの、母方の従兄弟からは、無縁。

どちにしろ、言うてるの、母方の伯父家、特には、下の伯父家、黒門通りの路地でして。仏光寺通りの。で、わかるの、仏光寺通りをば、真っ直ぐ、郁文中学校の、大宮通りなれどの、今は、一度廃校になって、再度の開校の時には、校名替わってねえ。何と、なったか、調べたら、わかるですが。邪魔くさいわと。
ンの、その、中学校えの、通学路途上と、言うてるです。
よて、皆、親しくて。
ンンの、一番下は、早くに家出て、どこに住んでたのか、よ、知らんの、早くに、亡くなってもてねえ。

結果、何かあれば、中手が、来てたですが。イヤ、関東の方に住んでてねえ。
イヤイヤ、遠くから、諸般で、駆けつけててねえ。えらい、なあと。イヤ、ほんと。
がしかしの、弟の立場やしねえ。から、見たらの、兄が頼りなく見えるかと。まあ、言うたら、ハタ目、兄を責めて、責めて、ねえ。
イヤしかしの、当方なら、長男の努力も、聞いてるし、ねえ。親であるの、伯父からも。

その伯父も、歳やしねえ。
90台にも、なればの、体調崩してねえ。と、なればの、長男が、しかるべくの、病院に入れて。入れたら、弟とか、当家、当方なり、母にも、連絡くれて。
当方なら、母連れて、見舞いに行ったり、してねえ。

とかとか、諸般、面々より、その立場、立場からの、話、聞いて、ねえ。正確には、聞かされて。
言うてるの、言うてるの話、皆、よっく、わかるです。
只なの、当方、長男の立場。やって、当たり前なれどの、ならばの、弟が、遠くに居て、何日か、でも、代行出来るかと、なればの、出来ず。
且つは、言うてるの、弟の立場なるは、「代行」でして。兄が居てるが故でして。


何の話をしてるのかと。
その親世代も、次々と、亡くなってもてねえ。
従兄弟ねえ。
母方だけやねえ。亡くなってるは。上の伯父の、長男も、早かったなあ。
下の伯父の、三男が、一番に早くての、最早の、ン十年。そこの長男ねえ。5年経つのか、亡くなってもてねえ。

この従兄弟達、皆、歳下でねえ。ゲと。
と、同時に、寂しいねえ。
結果的、次第、次第にの、母方親族も、表現的、切れて行くです。申せば、長男が居てるから、諸般の、親族に、当方にも、色々と、連絡くれてたですが。次男以下ねえ。余り、ないねえ。
オッとの、上の伯父家次男なら、諸般の連絡くれてるですが。ここは、親、遠の昔に亡くなっててねえ。居てへんし、ねえ。兄もやしねえ。


での、何で、こんな話、してるの怪と。
嗚呼の、仏光寺の家から、槇島ねえ。引っ越しの時、上の伯父家の、次男が、トラックで、応援に来てくれたです。これは、母の要請かと、思うですが。助かった、なあと。

言うは、この引っ越しでは、業者には、頼まず。会社の、同僚であったり、従兄弟が来てくれたり、してねえ。
とするのか、引っ越し業者に頼むの、資金がないです。
そらねえ。
頭金と、するのか、その手、費用だけで、すっからかん。も、あるし、24歳、25歳やでと。

申せば、貯金もあらへんのに、中古であれ、家買おて。買わねば、住むの家、あらへんし。あらへんでは、ないけれどの。
そらねえ。
家主からは、今日の、明日にと。とは、言わんと。
かと、言うて、雨降ったら、二階の部屋では、傘さして。金盥、持ち出しての、雨漏りの、雨、畳には、困るしねえ。
1階の、裏手の柱が、腐って来ての、下の方、宙に浮いてるの状態やしねえ。

少なくともの、二階の天井。何時、抜けるかと。イヤ、ほんと。
まあなあ。
とは、言うたって、今日の、明日の、では、ないけれどや。

これ、言えば、その家の、戸主なるが、亡くなったり、居てないと、家、壊れ出すかと。
当家、仏光寺の家の場合、祖母亡くなって、ねえ。続いての、親父が、結核で、隔離入院で、消えてもてねえ。
結果、当方と、母と、妹の3人になって、ねえ。当方、戸主、家長でも、あらへんし、ねえ。言うたら、立場、中途半端なまま、家長的扱い受けてもてねえ。

とか、言うても、当方、ノー天気。
かと、言うて、引っ越し先の物色も、休みになれば、出向いてねえ。言うておくの、当時には、土曜日平日。出勤日。
祭日も、当世みたいに、多くはあらへんし、ねえ。
がしかしの、ホンダの軽自動車の、Zがあったしねえ。これ、世に言うてたの、通称、水中眼鏡。後部の窓が、そのよに、見えたです。

とりあえず、方々に出掛けてねえ。結果的、自身の甘さも、知ったですが。
言うてるの、朝刊の、チラシの新築なりの、売り出し見てねえ。早速にも、出掛けたならばの、完売状態。そこの、担当者から、次の売り出しの場所、教えてもろて。行けば、更に、高いしねえ。

さての、自身の、借りるが出来るの、限度額ねえ。幾らかと。それも、知らんと、からにの、物色してたになるですが。の、以前には、家主に、家売れと、交渉に行って、ねえ。一人で、やで。母なら、行ってくれ、行ってくれと。アンタ、長男やろと。事実、長男でして。下に、弟居ておらずの、妹なれど。

そらなあ。
大学出たて。2年やそこらの、23歳、24歳の、且つは、理工学部やでと。
おまけに、金銭感覚、ゼロに等しくての、兎にも、角にもの、金銭には、不自由して来たの割には、楽天家。

イヤ、当方が。
今だに、一緒。

イヤイヤ、ほんまやなあと。
大学の学資なんか、親から、出してもろてませんです。かと、言うて、入学金は、親と、祖母やろなあと。出てるのが。
当方、ドロボーしてませんでして。借金も、してませんでして。支払おたしねえ。以降の、学費を。

そらなあ。
親から、一切の、援助なく。これ、交通費、教科書も。
言うたって、住処、食事ねえ。親任せ。

オッとの、そこまで、含めては、無理やねえ。学生の身分では。
尚の、昼飯ねえ。
多分なら、祖母に作ってもろてるです。学食ねえ。学生食堂ねえ。何回やろねえ。そこで、食したは。数えるが出来るの程度の回数かと。
変な話の、オヤツなら、時偶には、買うのけれどの、食事の費用ねえ。学食ねえ。
勿体ないなあと。
的、感覚。
(24/11/03)


NO.4625 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(15) 墓参の話

いやねえ。
本日<11月3日・日>、月参りの墓参。嫁はんと。
いやねえ。
昨日行こかと。とは、思てたですが。何分の、終日の雨、大雨。方々で、冠水したり、何したりの、報道されてたです。
京都も、鴨川が、桂川が、保津川がと。溢れるかと、危惧されてたですが。何とか、保って。
の、状態。

いやねえ。
明くるの本日なら、まあなあ、ええ天気で、暑いの程。
での、お歳暮もと、考えの、ならばの、四条河原町の、高島屋にでもと。久し振りにと。昼飯なら、7階の「京回廊」の、「恵亭」で、トンカツでもと。久し振りに贅沢をと。とか、言うたって、昼のは、千円と、一寸でねえ。かと、言うて、他の店では、なと。
言うは、安くて、旨いです。ここのは。

と、思てたですが。
諸般、家出るのが、遅くになって、ねえ。四条河原町の高島屋は、止めとこかと。
いやねえ。
昼時からは、駐車場に入るに、四苦八苦の、時間掛かるです。並んでるし、ねえ。車が。

まあなあ。
それでも、ン十年の昔からしたら、可成りの、マシに成ってるですが。
そらねえ、息子共も、家に居たの頃の話の、駐車場に入るまで、下手してみい、小一時間。下手しんでも、半時は、掛かったです。

まあなあ。
息子共、小さい時には、小さい言うても、小学生、中学生頃かと。には、諸般、当方も、なれどの、おしっこがと。あるし、ねえ。母も、やしねえ。
当然の、嫁はんも、家族全員、5人の頃やねえ。高島屋の駐車場にまで、待てずと、手前の、駐車場、そこも、提携の、なれどの、駐めたの事、何度か、あった、なあと。

オトトの、どちにしろ、出来れば、そっちの高島屋の方が、広いしねえ。お歳暮の申込みは、届いてるの、カタログなり、過去の届け先の、一覧入っててねえ。
それで、申し込めば、早いしね。一昔以前の、一々の、宛先、発送者の、住所、氏名なり、記入してたの時代とは、違うの、早いねえ。
万事、時代と、共にも、便利になって。結構なると。

されどの、矢っ張り、どこでも、一緒の、昼からは、混むです。
よて、家出るが、遅くになりの、とてもやないの、昼前には、高島屋にと。とは、無理やしねえ。申せば、洛西高島屋にしとこかと。
さすればの、時間的、焦るの事も、あらへんし。但しの、昼飯ねえ。昨年に、高島屋の横手の、ラクセーヌなる、商業施設やねえ。
新装、改装されて、ねえ。
言うは、食事処が、よお、わからんよになって。
言うは、改装までは、屋号「多聞亭」であったと、記憶してるですが。うどんと、オムスビのセットがあって、ねえ。量的、値的、当方的丁度の、でして。要は、一人千円で、軽くの釣りあって。

行けば、そこにしてたですが。
言うてるの、改装あっての、さての、ど、哉と。
前回、何時であったか、行ったの時には、その店、まだ、ありませんでして。フード・コートで、マクドナルドにしたのかなあと。
他に、これと、するのが、あらへんでして。

まあなあ。
この機会に、寄ってみるかと。イヤ、ほんと。
まあ、言うたら、四条河原町の、なら、恵亭の、トンカツ。地下の食料品部では、和菓子の、「仙太郎」で、そのまんまの、和菓子をば、調達してねえ。
が、定番でして。

かたやの、洛西高島屋なら、太鼓焼きの、「御座候」があって、ねえ。以前には、1個が幾らか、95円程度<消費税込み>であったと、思うですが。このご時世、何でも、かでもの、値上げで、110円<消費税込み>になってたかと。
のが、買えるなと。

イヤ、ここだけの話の、この程度なら、一寸した、何ちゅうかの、ご近所さんにも、持参出来るなと。
言うは、気を使て、戴かんでもの、モノ。前提、先様、甘党。
イヤ、知らんですが。そんな事まで、一々考えてたら、何も出来ひんし。気は、心の、でして。

トトトの、その本日<3日・日>ねえ。結構なるの、車の量。
主たる、亀岡方面については、京都縦貫道なれどの、まあ、多くてねえ。沓掛で、9号線に降りたら、へえの、車が一杯。
まあなあ。
さりとての、墓参を、止めるの訳にも、なと。強行したですが。
まあなあ。
実は、その段階で、四条河原町の高島屋は、諦めたです。この調子では、当然の、午後になるし、言うてるの、駐車場に、入る、駐めるまで、だけでも、時間要するし、ねえ。洛西の高島屋で、充分と。言うてるの、カタログでの、注文でして。どこで、でも、一緒。

オッとの、いやねえ。
季節やねえ。
言うは、観光の。

東本願寺祖廟ねえ。墓参済ませて、お薬師さんも、参拝してねえ。
円山公園ねえ。外人が多いねえ。皆様、写真を撮ったりしてねえ。レンタル着物、着て。このレンタル屋が、結構、外人の経営者多くてねえ。外人ねえ。中華かと。
結果的、京都市の収入になるの怪の、あちらに、母国になるの、やろねえ。イヤ、知らんですが。

での、八坂神社で、参拝してねえ。ここも、外人で、一杯。
どこも、かしこも、外人で、一杯。
で、八坂神社から、出て来たら、小母ちゃん3人組から、写真を撮ってくれませんかと、頼まれて。
注文なるは、石の鳥居を入れてくれと。ンの、その横手の、「八坂神社」と、刻まれてるの、石柱はと、尋ねたならばの、いりませんの、鳥居をと。
言われての、フウンの、別途のが、やっぱり、「八坂神社」の石柱を入れて欲しいと。ならばの、鳥居は、半分にするかと。ええの、それで、結構ですと。

での、馬車の、バシャと、2枚撮っての、見て頂戴なと。宜しいですかで、結構なると。
イヤ、一寸、後方に移動で、鳥居も、全部入ったしねえ。
と、するのか、よ、考えたら、当世の、スマホなら、一応の、全部、入れといたら、拡大でも、何でも、出来るしねえ。多分。

で、後は、東本願寺祖廟の、駐車場出て、観光客の間を縫て、東山通りに。その東山通りねえ。五条までが、一杯。車が。
とかとか、兎に角、五条通り<9号線>を、洛西高島屋に、一直線。
(24/11/04)


NO.4626 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(16) 洛西高島屋での話

いやねえ。
ご近所さん。
要は、町内会の方。
言うは、当方とは、左程に年齢替わらんの面々。なら、結構多いですが。
ザとなら、当方の年齢の、10歳前後が、大多数やねえ。上は、少ないかも、なあと。

オッとの、いやねえ。
当組でなら、15軒で、当方よりも、歳上のは、何人やろねえ。歳上なら、4人かと。1軒のご夫婦共に、歳上の家あるし、ねえ。
まあねえ。
その面々、10歳もの、上でもないなあと。最高ので、当方の、干支で、半回り上かと。
で、何じゃと、なればの、何度も、言うてるの、当方年代のが、ども、アカンねえ。基本、80の壁と、言われてるですが。言えるの哉と。

町内会見渡せば、尚更の、正解みたいに、思えてねえ。
ンの、そ、言うたら、最近亡くなったと、巷の伝聞で、聞いてるの宅様の件、今だ、何の知らせもあらへんなあと。
申せば、亡くなっての、3週間近く経つですが。
最早の、町内会での、その手、回覧なりは、遠慮かと。まあなあ、慶弔見舞金なら、受け取ればと。それは、期末総会資料の決算報告に出るです。
それで、知るになるのかと。
イヤ、寂しいの話やねえ。

かと、言うて、その方ねえ。亡くなったの。
まともには、そんなには、喋ってませんです。それ、言うたら、まともにと、なればの、極の少数やねえ。この町内会では。
且つは、余計なるの話の、コロナで、行事が、無くなったり、手抜きあったりで、会う機会さえ、僅少になって、ねえ。

申せば、古い方なら、殆ど、喋ってえへんと、言うても、その手、行事なり、何なりの、役したりで、機会は、あったです。
意識せずともの、その時、喋ったり、してるのやろなあと。
とは、思うです。

余計なるの話の、それ、言うたら、当組に、引っ越して来たの宅様ねえ。組になら、2軒。一方の宅様なら、ご夫婦の顔、承知してるです。
がしかし、お子さんねえ。家のソバなり、親一緒なら、嗚呼、そこのと、わかるですが。単独では、わからんぞと。

それ言うたら、モ一方ねえ。
ご主人の方なら、諸般で、接触あったですが。まあなあ、喋った事も、あるし、ねえ。
がしかしの、奥様と、ましてやの、お子さんねえ。ンの、奥様なら、最近、よお、やくにして、わかり出したかなあと。

かと、言うて、喋った事、あらへんし、ねえ。まともには。
まあなあ、それこその、「おはようございます。」の、挨拶程度やねえ。
いやねえ。
それ、言うたら、先様、お若いし、ねえ。一発、覚えてくれてるの可能性。
と、言うは、過日、当方、歩きから、町内会に、戻って来るの道中。自転車の女性。その自転車には、お子さん乗せての、何分の、当方、マスクしてるしねえ。

ンの、にも、関わらずの、先方様、妙齢の美女、会釈してくれての、当方の、頭、思考回路混乱してねえ。今の、誰やと。
知らんぞと。イヤ、当方、記憶の、面々の顔、検索、探索も、不明でねえ。
がしかしの、ハタと。
あの年齢ねえ。一軒置いて、隣の宅様の、奥様や、なあと。該当するが。

イヤ、それが、正解と。
以降、ホンの偶に、自転車の女性。お子様のせて、のが、挨拶してくれて。嗚呼、この子、奥様やなあと。
ンの、申せば、当方的、当家嫁達よりも、若いしねえ。当然の、孫娘よりは、お姉さん。

それ、言うたら、そのお向かいさんねえ。その直前に、引っ越しされて来てるですが。お向かいさん、なるは、町が異なるも、あるのけれどの、見掛けるが、極の、僅少でして。
その家に、居てるが故、嗚呼、ここの方と、わかっての、「おはようございます。」とかの、挨拶出来るですが。出先でなり、では、見ても、知らんぞ。わからんぞと。
そこさんも、お子さん、おられるですが。同様にして、出先で、遭遇したって、親御さんでさえ、ええ加減にしか、わからんのに、お子さんが、わかる筈がなく。

まあなあ。
これらの事、諸般の、行事なりで、会うの機会が、あらへんし。省略なり、中止でねえ。運動会にしたって、町内会として、競技に参加せずでは、なと。
モ、あるし、こちの、記憶力なるが、格段の落ちてるかと。
とは、重々の自覚してるです。


オトトの、又もやの、話が、あちに、こちにと。
いやねえ。
お歳暮云々の話。洛西高島屋での事、なるは、無事に用事済ませてねえ。それでも、30分待ちでしたが。

いやねえ。
昼食ねえ。
これに、苦労したです。
言うてるの、過年には、屋号、「多聞亭」なるの、うどん、オムスビのセットを注文してたですが。量的、値的、妥当でねえ。
がしかしの、新装開店、改装を経て、消えてもてねえ。
他にはと、探すも、何ちゅうかの、その手、店で、喰うのは、なくて。所謂の、テイク・アウトでねえ。フード・コートで、適当にと。の、類で、味気無く。

一々の、何があったも、説明邪魔くさいの、海鮮丼系ねえ。沖縄の、何タラと。
当方的、味の、値の妥当性わからんのは、苦手でねえ。とするのか、絵柄からの印象では、少々の高め。少々では、ないの、軽くの高め。
では、一発、挑戦してみるかの、気も、消滅の。ならばの、マクドナルドにしとくかと。基本、どこの店でも、一緒の値でねえ。中身も、一応は承知してるです。

オッとの、皆様、基本、そんな感じでねえ。
いやねえ。
年寄り、高齢者が多いねえ。偶には、小さなお子さん連れの、若奥さんも、居てるですが。下手したら、下手しんでもの、当方辺りの歳のが、軽くの、過半。
言うたら、年寄りなるが、どこでも、目立つです。多さが。
まあなあ。
年齢構成が、そでして。四人に、一人が、とか、言われてて。その昔なら、珍しかったの、高齢者が、当世、ゾと、するの程に、多数。

申せば、これ、こんな界隈に、来てるだけ、元気で、健康であるの、証左でねえ。
反面ではの、礼儀なり、常識なり、弁えてる、実践出来てるのが、殆ど、あらへん、ねえ。皆、トランプ君水準。
意味、言いたい放題、やりたい放題の、自分がよければ、結構なるの、ばっかりで、世も末、末法の世と、化してるです。

そらねえ。
当世、核家族が主。
諸般、その手、教えるの、親が、居てませんです。
居てたって、ねえ。一緒に生活してるのは、極の少数派かと。

そもそもがの、親世代、その又、親世代。つまり、当方世代が、メタメタ。
では、その子、更にの、孫世代が、礼儀なり、常識をば、承知してるの筈がなく。
オッとの、話、逸れまくり。
(24/11/05)


NO.4627 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(17) 健康害するは瞬時の話

話、逸れついで。
過日、過月、歩きに出たら、遭遇の。所謂の、自転車爺さん。
年齢ねえ。皆目の、知らんですが。当方よりは、軽くの、年長で、80台かと、思てるですが。
まあ、言うたら、涼しいなって、10月に入ってから、やねえ。歩き出したが。当方が。
これも、邪魔くさい病、押し退け、歩きに出るも、たーいへん。

オッとの、話、若干の逸れるですが。折角やしねえ。
歩きの時、後期高齢者イジメの、「認知機能検査」の、絵柄。16枚の4組で、都合の、64枚をば、復唱、暗唱し乍らの歩いてるですが。
歩き乍らの場合、状況、状況で、復唱、暗唱をば、中断するし、ねえ。中断したら、再開の時、ンの、どこをやってたの哉と、なって、ねえ。

まあなあ。
とは、言えどの、これ、やり出して、何回、何日、歩いてるやの、殆ど、迷い少なくになって、来てるです。結構なると。
まあなあ。
偶には、「対策本」で、確認せねばの、間違おたままで、覚えてもても、アカンしねえ。

トトトの、その爺様ねえ。自転車の。
悪いけれどの、狂てるです。時には、道端で、独り言言うてたり、してねえ。
そもそもがの、その当時、暑くなるの以前やねえ。には、何時、歩きに出ても、遭遇してたですが。場合に寄りの、当家の真ん前、疾駆してたり、してねえ。その自転車爺様が。

イヤ、元気やなあと。
されどの、この暑いのに、では、熱中症に成るぞと。とかとか、危惧してたですが。
イヤイヤ、あくまでもの、当方的危惧で、基本的、訓練、鍛錬で、克服出来るかも、なれどの、言うは、当方、涼しくなって来たが故、歩き出してから、見ず。
歩き出して、日数的、数えてませぬ故、わからんですが。軽くの、10回はと、思てるですが。爺様には、遭遇せず。

それは、それは、気に成るです。
あれだけの、頻度で、遭遇故、あの方、日に何周、何時間も、自転車で、走ってるのやろ、なあと。
それだけ、健康の証左でねえ。但し、頭の中身的、狂てるの気配でねえ。
されどの、見掛けた、ならばの、安堵してたです。嗚呼、まだ、走ってるかと。所謂の、身体的、外見的には、健康でして。

それを、見ずと、なればの、そらなあ、心配するです。自転車だけに、転けたりしたら、大変ぞと。まあなあ、そんなに早くの、疾駆は、してませんですが。歩いてるよりは、多少なりとも、早くてねえ。その当時には、うんうんとか、声聞こえての、後方より、追い抜かされたり、してねえ。


オッとの、とかとかの、健康ねえ。
瞬時やねえ。消滅は。
当方にしたって、現在唯今、健康故、こんな具合に、作文したり。天気のええ時には、歩きに出たり、してるですが。
言うは、結構なるの、それが、出来てるの事。
邪魔くさい病ねえ。ある意味、贅沢病やねえ。
かと、言うて、無理して、歩きに出るの事も、あらへんですが。
かと、言うて、サボってたら、一発、わかるは、墓参の時でして。当家、墓地、結構、上の方での、その道中、たーいへん。
今なら、たーいへんと、思いつつも、墓参出来てるですが。バケツ、柄杓持って、ねえ。

思えば、何年、何十年、やってるやと。まあなあ、10歳からと、仮定で。
イヤ、墓参なら、それ以前から、してるですが。バケツ、柄杓を持っての、墓参でありの、墓掃除の事、言うてるですが。最早の、60年、70年になるのやなあと。
月参り故、回数膨大。

基本、当家、「柴田家」では、段突也と、自負してるです。まあ、言うたら、越せるは存在せず。おそらくは、今後にも、出現せず。
まあなあ、東本願寺祖廟界隈に、住むが出来るの、子孫出現なら、わからんですが。
それこその、その気なら、日参でも、出来るです。

オッとの、言うは、当町内会で、同年ので、当方みたいに、歩くが出来るは、当方一人やでと。まあなあ、更に、高齢者を言うなら、見掛けるは、3人かと。
但しの、この、10月からは、見てませんですが。見てないは、歩きの姿。以外では、チラとでも、見掛けてるです。

言うは、「後期高齢者」になっても、歩ける程度に健康であるは、結構なると。
されどの、こんな事、一瞬で、終わるです。
てな事、この町内会だけでも、どなんやと。正確なるの、内実、知らんですが。皆、瞬時ではと。言うたら、転けたり、切れたりの、脳の血管が。

あれだけ、元気な方が、瞬時。
言うは、どこ様、当方に、元気しいやと、声掛けてくれて、ねえ。その数週間後かに、倒れてもての、入院。
回復なり、復帰には、時間、日数、年月掛かるかと。の、話、伝聞で、なれどの、聞いて、どれ程経つかと。今年の、始め頃哉と、適当に推定してるですが。
どちにしろ、半年や、そこら、経ってて、まだ、復帰出来ておらず。

てなのが、本当に、多くてねえ。
更に、言うは、その瞬間まで、自身、健康と、信じてた、やろなあと。


それ言うたら、母方、伯父嫁。
故に、血縁でなく、姻族なれどの、それやろなあと。何週間か、前に偶々の会おてねえ。話、瞬時の、一言、二言の、精々が、詔の、1分、2分も、話なんか、してへんわと。がしかし、会えて、ヨカツタなあと。
その時にも、後刻にも、思てるです。

あの時、遭遇出来ておらずなら、後悔してるやろなあと。折角の、家に、行って、伯母さんはと、尋ねてねえ。伯父に。
今、出たとこやし、そこらに、居てるやろと。
とか、いうたって、ねえ。黒門通りに、出て、右か、左か、どっちやなと。
まあなあ、当方的、亀岡に、帰るの方向に、行ったですが。正解でして。
以外にも、申せば、まだ、あるのけれどの、これ又、姻族。幸いと、するのか、血縁親族、当方、承知の範囲では、知らんですが。


オトトの、宇治槇島ねえ。
ここで、亡くなったは、ないなあと。親父なら、亀岡に引っ越してから、でして。11年経ってるしねえ。

での、宇治槇島ねえ。
引っ越しての、軽くの、40年経って、ねえ。時偶には、思てたです。チラとでも、様子見たいなあと。
当たり前に、売ってるし、ねえ。存在しても、見て、外観だけ。
そもそもがの、その当時のままにあるのかも、わからんし、ねえ。界隈が。言うてるの、軽くの、40年、より、正確に、なら、44年経ってるです。

ここでは、当家の、何ちゅうかの、慶事の大半が、あった、です。
申せば、息子共の結婚なり、当家孫共誕生以外は、槇島時代。
(24/11/06)


NO.4628 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(18) 槇島の当家、存在の話(1)

いやねえ。
何でも、瞬時やねえ。突然やねえ。
言うは、健康害するは、次の瞬間やねえ。

所謂の、何かの、疾患で、倒れるは、瞬時。
この瞬時ねえ。事故があるです。
自身で、どこかに、突っ込んでの、怪我なり、死亡なり。自身で、以外でも、事故られて。もらい事故もあるです。

これで、亡くなるも、瞬時であったり、怪我の果てに、亡くなったり、してねえ。
だけでもなくの、骨折でもして、ねえ。
高齢で、骨折なら、原因、何であれ、大変でして。この場合、たーいへんと、冗談言うてられませんです。自身の事でなくともの、余所様なら、尚更の、虚仮にするかと、叱られるです。

イヤ、祖母を連想するです。
あれだけ、怪我せず、病気もせず。やった、なあと。祖母は。
申せば、寝込んだを、知らんです。風邪なら、引いてた、かも、なれどの、その印象、記憶に、なく。

当方なら、所謂の、ご幼少の頃より、洟垂れ小僧でねえ。洟かまずで、蓄膿症になったり、してねえ。風邪なら、しょっちゅう、引いててねえ。
生傷なら、絶え間なく。
イヤ、男の子なら、それで、結構なると、思てるです。

がしかし、当世、近所に、一緒に遊ぶの子がいてへんのやねえ。可哀想やねえ。
当方なら、言うてるの、ベビー・ブーム世代でねえ。日本国の歴史で、一番に多いの世代、年代。言うたら、同年のが、丼勘定的、200万人。
当世、新生児が、80万人切る、切らんと、言うてるですが。凄い目減りやねえ。
これでは、孫世代の、子ども達の、運動会なりに、参観、爺婆、多くも、解せるです。要は、孫一人に、両親と、爺婆2組。保護者なるが、都合の6人に成って、ねえ。

言うてるの、当方の時代なら、隣近所に、子どもが居たです。一声掛ければ、野球のチームなんか、何組出来るやと。
イヤ、事実。
結果、小さいの頃に、なんか、町内の、その手、競技に、声なんか、掛からんわと。お兄さん、お姉さんの面々で、人数足って、もて、ねえ。

いやねえ。
余計なるの話の、仏光寺時代の、町内。
約の、40軒あった、ですが。子どもの居てないの、家、探す、言うは、大変ぞと。ない、とは、言わんですが。年齢幅、当然のあるですが。推定なれどの、つらつらの、指折るに、全戸居てたと、思うです。


又、話、逸れてるです。
とりあえずは、階段の、のぼり、降りでも、足、引っ掛かって、転けるの事、あるです。が、階段では、場所に寄るの、高い位置で、躓いたりして、転けたら、大変ぞと。
この転けるねえ。当然の、年齢に大いに左右されるです。若い頃なら、余程に、運悪くでないなら、まあなあ、大丈夫かと。
されどの、そこから先、歳喰えば、喰てるの程に、重症化するです。

まずは、想定以上に、足上がっておらずでねえ。角で、足先、ぶっつけたり、しての、アイタタ、タッタの、タの、タの、タッタと、悲鳴上げるは、よっく、あるです。
がしかしの、当然の、これも、要注意の、足先、階段にぶつけて、悲鳴上げるで、済めば、結構の、勢いとか、場合によりの、足の爪、割れたりしてねえ。イヤ、ほんと。

場合に寄りの、そこで、踏み外して、転けたら、たーいへん。
当方、この、足ぶつけたりは、しょっちゅうで、下手して、踏み外すも、よっく、あるですが。これ、気ぃつけんと、転けたりしたら、ひやりでは、済まずと。

申せば、諸般、階段なりの時のは、集中でして。
ハタと、違うの事、考えたり、してると、危険が一杯の、要注意。
とは、重々の承知も、咄嗟の時やねえ。そらねえ、四六時中、そんな事、考えてえへんわと。基本、要注意なるは、当たり前でして。
その当たり前故、恐いんやと。

とかとか、あれこれ、これあれ、深刻に考えてたら、何も、出来ませんです。
かと、言うて、余りに、無頓着、配慮せずは、アカンぞと。
いやねえ。
ここだけの話の、説明厄介の、申せば、場所、場所で、段差大きかったり、してねえ。イヤ、家の話でないです。出先の話。
その段差、以前なら、ひょいと、飛び降りたり、飛び乗ったり、軽くの出来てたですが。年齢と、共にの、次第、次第に、考え出してもてねえ。

イヤ、飛んで、大丈夫かと。
そんなに、よくあるの、やるの事でも、あらへんでして。若い頃なら、軽くの出来ても。又、失敗したって、動作機敏で、転けるに至らず。至っても、まあ、言うたら、ひょいと、かわすが出来るし、転けたって、大した、話には、ならず。
がしかしの、年々、自身、年齢加算されるの都度、この段差、大丈夫かと。

大丈夫と、判断してるが故、その場面では、飛び降りたりしてるですが。これねえ、危険が一杯ぞと。言うは、一度の失敗、取り返しのつかんの場合あるぞと。
意味なるは、転けたりして、ねえ。単に、打撲程度、なら、なれどの、骨折でも、してみい。
いやねえ。
一寸した事でも、その危惧あるの、年齢に自身、成ってるを、自覚し出してねえ。


オトトの、宇治槇島の話。
当家、「8」の通りでして。まあ、言うたら、表の、大通り、近鉄沿線の。からなら、そんなに中に入りもせずの、家でした、です。
とするのか、言うは、国道24号線から、近鉄の、小倉駅の方やねえ。入って、ねえ。入ったは、その先、どこからなら、その槇島の界隈に、行けるかが、わからんでして。
言うてるの、40年以上、経ってるし、ねえ。

よて、一旦、近鉄の線路を越えて。適当なるの、箇所まで、走ってから、24号線の方にと、するのか、再びの、線路を渡って、ねえ。
言うは、その線路沿いから、行けるが故での、ンの、駐車場ねえ。当方も、借りてたですが。
そらねえ。
家の前には、置けませんです。言うは、猫の額の、前庭故。諸般、置けて、自転車、単車。犬小屋の程度かと。

オトトの、そんな事で、近鉄沿線の、西に行きの、東に戻りの、北上やねえ。
と、するのか、即の判明の、この界隈也と。
その駐車場ねえ。
当時からは、格段の、狭く、小さくなった、なあと。へえと。
当時なら、100台辺り、駐められたと、思うですが。此度、見たの範囲、軽くの、その半分かと。ならばの、削られたの、半分ねえ。そんなに細々は、見てへんのけれどの、家が出来てるのかと。多分。
更には、スーパー・マーケットの、小さいのが、あったの筈が、ないなあと。場所を勘違い、かも、なれど、です。

只なの、当方の車を置いてたの、駐車場は、あるには、あった、けれどの、言うてるの通りの、狭くになっててねえ。
とかとか、当家、「8」の通り故、そこに、入って、ねえ。
ンの、ここかと。
と、思しきのは、そのままと。とは、言わんですが。家、そのものは、そのままで、ねえ。フウンと。
言うは、現在唯今、家主が、替わってるも、果たしてのと。

いやねえ。
再度の、一周回っての、その家、見るに、隣家の方が、買おたん、やろねえ。フウンと。
要は、外観的、家の前ねえ。草木、刈られて、そこには、何ちゅうかの、バイクとか、何やろねえ。大工道具か、なあと。家の真ん前に、置かれてての、そ、言うたら、お隣さんねえ。大工さん。やったか、なあと。申せば、気のええの、兄ちゃんでして。
オッとの、結婚してたですが。お子さんも、おられたと、記憶。

いやねえ。
よく、来られてねえ。気易くしてたです。
一番の、記憶なら、電話貸してくれと。嗚呼、ええでと。
てな事、あったの程に、仲良かったです。イヤ、ほんと。

そこさんが、そのままに居ての、当家を、買おたんやと。多分。
そして、自宅は、少々改造、綺麗にしてての、当家ねえ。そらなあ、外見しか、わからんの、おそらくは、家の中は、貫通させてるの、ではと。
そらねえ。
薄いの壁、一枚だけの、5連棟やしねえ。の、当家なら、両側に家あって。がしかしの、家の前、道路。
要は、T字路の突き当たりが当家。
(24/11/07)


NO.4629 閑話休題的、宇治田原方面に行くの話(19) 槇島の当家、存在の話(2)

いやねえ。
本日<11月7日・木>、スーパーで、どら焼き買おて。
いやねえ。
偶には、と、するのか、6月の、「芋煮会」解散式、以来やねえ。
とするのか、正確には、チラと、尋ねてるですが、不在。過日、何週間か、以前には、散髪の帰りやろかに、見たです。
オッとの、農園主を。

見たの場所ねえ。国道9号線の、並河駅の、何ちゅうかの、レストラン「さと」の向かいの方やねえ。その向かいには、パチンコ屋があるですが。その辺り。
とは、言うても、農園主がパチンコ屋にと、とは、思わんですが。その界隈には、当然の、普通の家、沢山あるです。

がしかしの、信号青やし、そのままに、帰ったですが。
言うたら、出掛けられるの程度には、健康、元気なんやと。まあなあ、この農園主も、人工心臓。オッとの、ペース・メーカーやねえ。
と、ハタから、聞いてるです。
余計なるの話の、当方、承知の範囲、町内会でも、2人、居てるですが。

オトトの、機会あらば、その内に、でもと。本日、どら焼きをば、手土産として、tantoで、出向いたですが。
ンの、敷地内に、知らんの方、居てねえ。かと、言うて、ドロボーとは、思えずの、まあ、言うたら、近所の方かと。
但し、農園主の軽トラは、あるですが。乗用車が、消えてるしねえ。替わりに、その方の、軽トラックが駐まっててねえ。農園主宅庭に。

イヤ、尋ねたです。
その方に。農園主<苗字で>、居たはるですかと。ならばの、出てった、でと。
デハ、何時頃、戻って来ますかと、尋ねた、ならばの、知らんと。フウンと。
ならばの、出直さねば、しょがない、なあと。引っ返したですが。その方が、何の用事で、庭先に居てた、かは、わからんです。
とりあえず、庭先の一角で、作業服に着替えしてて、ねえ。まあ、言うたら、この近所の方、みたいに、思えてねえ。
オッとの、年齢的なら、もしかしての、当方よりも、下。農園主なら、80台と、思てるの、正確なるは、知らんわと。

どちにしろ、明日<8日・金>ねえ。
10時から、歯科衛生士に寄るの、歯の掃除の日。
概ねの、1時間かと。掃除だけなら、30分程度なれどの、果たしての、ど哉の、終われば、再度の、寄ってみるかと。
不在なら、どら焼きは、当方と、嫁はんが喰うかと。イヤ、賞味期限なら、12月の4日になっててねえ。結構、あるですが。


オトトの、別途の話の、ゴミ当番の、木札。
と、するのか、今週なるは、当家の番でして。月、木の、週2日。その木曜日の、担当、当番終えて、次、隣家やねえ。手渡しにと。

イヤ、前回から、手渡しにするかと。
それまでは、玄関先に、ぶら下げてたですが。それでも、充分に、わかるが故で。
がしかし、余計かも、なれどの、配慮してねえ。とは、何ちゅうかの、奥様、足の調子が、芳しくなくと。と、判断しての事。
いやねえ。
玄関先に、なら、持って、家に入らねばの、数段、なれどの、石段あるし、ねえ。石段なら、当家、我が家にも、あるですが。ここ様のは、段差があって。

とか、大袈裟に、言う程の、事では、あらへんの、けれどや。
玄関先に、置いとくよりは、居てるのなら、その石段上がって、手渡したの方がと、前回より。
その前回なら、奥様、元気でねえ。
尚、当該箇所の、ゴミ当番なるは、11軒故、11週で、1巡。

がしかしの、諸般あって、入院されててねえ。まあ、言うたら、当家、隣家で、しらぬフリも、なと。申せば、当たり前に、気になってるし、ねえ。
この際と、ええ機会やしと。

そらねえ。
お隣さん故、よっく、顔合わすですが。これ、予期してませんの、簡単なるの、挨拶、おはよーさん。とかとかで、終わってもてねえ。
終わっては、嗚呼、しもた、なあと。様子をば、尋ねといたら、ヨカツタのに、なあと。何時も、後悔してるです。

よて、木札手渡しで、ご主人に、奥さん、どんな具合ですかと、問えば、嗚呼の、ボチボチの、退院の事もと。考えてると。
とか、聞いてねえ。
へえの、それは、ヨカツタなあと。

申せば、ここ様ねえ。
従前には、そんなに、顔合わすの、機会なくて。
ここ、数年やねえ。特には、奥様と、話なり、し出したが。その奥様が、先月やねえ。QQ車で、入院でして。ビクリの、これ又、偶々の、その日の、後刻やねえ。ご主人と、合おたが故、どなんやと。

その時には、諸般、検査入院やと、聞いたですが。
検査だけなら、ぼちぼちの退院してもと。
とか、言うたって、それ以上の事、わからんし、ねえ。言うてくれるの以上の事は。
どちにしろ、お隣さんの事で、正直、心配で、心配で、気に掛かるですが。ここさん、お子さん、とか、言うても、ええ歳なれどの、近くに居られてねえ。

余りに、詳しくは、何なれどの、近所には、兄弟夫婦で、結果的、毎日、毎日、若奥さんが、食事やろ哉の、運んで来られてる。
と、思てるです。
イヤイヤ、よお、やったはるなあと、感心してるです。

まあなあ。
最早の、亡くなってもた、けれどの、当方の、母方の、下の伯父家<黒門>の長男ねえ。伯父嫁、伯母さんやねえ。亡くなってから、毎日かは、知らんの、食事を運んでくれてると、伯父から、聞いてたです。
えらい、なあと。
当たり前に、歩いて、何分かの、場所に、住んでてねえ。

それ言うたら、当家、下の叔父家の長男ねえ。これも、家近所で、しょっちゅう、親の家、男山の団地なれどの、来てくれてると、叔父から、聞いてたです。
えらい、なあと。

ついでに、申すなら、母方の、上の伯父家ねえ。伯父嫁、伯母さんやねえ。なら、遠の昔に、亡くなったですが。伯父も、その後、なれどの、遠の昔に亡くなってるですが。
まあ、言うたら、当家と、一緒で、そこの長男君、従兄弟の事、なれどの、同居してたしねえ。

どちにしろ、隣家も、当家も、年寄り夫婦2人の家。
とかとか、余りに詳しくも、当世、恐いの時代で、事件に巻き込まれては、困るですが。
とまあ、言うたら、隣家の金回りの事なんか、まるきりの、知らんの、当家ねえ。
強盗に、押し込まれて、金出せと、脅されても、出すの金、あらへんわと。

出さねば、殺すぞと、言われた、ならばの、そかの、さあ、殺せ。
ないモン、出しよがあらへんわいと、凄んだり、してねえ。イヤ、事実。
世に、オレオレ詐欺で、ン百万、ン千万と、騙され、出してるの方、沢山おられるですが。これ、詐欺に引っ掛かるに、出せるの資金、金銭所有が故でして。イヤ、事実。

当家に、ン百万円とか、言われてみい。家売るしか、あらへんわの。ケータイで、電話しつつの、売って、現金即の入らんわと。
の、以前の、売れと、言われて、ハイの、そですか、なんか、言うのモンかと。これ、死ねと、言われると、同意でねえ。住んでるの、家、売ってもたら、どするやと。


オトトの、何の話ねえ。
申せば、当家、「柴田」家の話の、祖父の代では、絵の具屋してて、ねえ。聞くの話では、独逸製絵の具を扱いの、要は、言うまでもないの、着倒れ、和服、染め物の、京都でして。
儲かって、儲かっての、綾小路大宮の家では、借家、何軒も所有してた、でして。
要は、所有地でして。当家、本籍地、そこ。

言うは、実印一発、保証人になって、全部、取られた、没収された、ですて。
結果、仏光寺の家、借家で、引っ越したと。
ンの、この、綾小路大宮と、仏光寺油小路では、数百メートルやねえ。距離が。がしかし、当方的、具体的に、この家とは、知らんです。
当方、生まれたは、仏光寺の方やしねえ。

がしかしの、仏光寺の家なるは、建て替えられてるの話で、真ん前ねえ。通るの、気ありませんです。
残念無念に過ぎて、ねえ。
高額宝くじにでも、当たって、買えるが出来るの身分、金満家になれば、元の地に、戻りたいわと。
とは、何時も、思てるです。

対して、槇島の家ねえ。
ここは、ローン<借金>では、あったのけれどの、当家の、所有地。且つは、その後の、話、知らんしねえ。
そらねえ。
仏光寺なら、小学生時代からの、同窓生も、居てるです。が、槇島には、同窓生は居てませんの、親しくしてたは、隣の兄ちゃん。
とか、言うても、当時、当方、24歳か、25歳やしねえ。その兄ちゃん、20歳、21歳辺りであったの哉の、年齢までは、知らんのけれど。
(24/11/08)


NO.4630 諸般諸々の、主たる、歯科衛生士に寄るの歯の掃除の話

いやねえ。
実は、昨日<11月7日>、立命館大学の同窓生、ヒロシ君から、電話があって。ケータイに。
気がついたが、6時間後。当方が。

早速にも、電話したの結果は、来月12月の6日<金>、に会わへんかと。
オッとの、主旨、近在のだけで、ボー年会の話。
言うてるか、言わずか、定かでないですが。過日には、エイジ君から、打電あっての、諸般で、こっちに来るは、4月、5月辺りになると。
まあ、言うたら、彼、ほっきゃーどーから、来るに合わせて、同窓会してるですが。

年内来ずとなって、別途に合わへんかと。との、電話。
がしかしの、場所がねえ。
梅田の、「がんこ」ですて。ゲと。
いやねえ。過年なら、まだ、電車、JRなれどの、嵯峨野線があった、ですが。言うは、亀岡から先、当家、最寄りの駅並河駅ですが。
今年になってから、1時間に1本やでと。田舎は、田舎であると、認識してるですが。いよいよの、田舎にされた、なあと。
イヤ、ほんと。

申せば、当方も、歳やしねえ。京都駅界隈なら、とりあえず、嵯峨野線で、行くが出来るが故、当方、幹事的、いつも、京都駅前の、「酔心」にしてるです。
前回からは、昼間にと、その系列で、隣の、「京すいしん」にしたですが。
言うたら、駅前なら、何とでもと。来るの面々、京都には、詳しくて、一々の教えるの事、あらへんわと。

対して、大阪の梅田ねえ。
まあ、言うたら、エイジ君が、大阪に居て、幹事的、招集してたの時には、その梅田でしたです。行くの、料理屋、飲み屋なるは、毎回異なってたですが。彼、飲み助で、その辺り、詳しいし、ねえ。
当方なら、下戸もありの、方々に、喰いには、行かんしねえ。知識皆無。

いやねえ。
彼、エイジ君が幹事の時には、集合場所なるは、「そねざき警察署」の地下と、決まってたです。
それでも、毎回、毎回、大阪駅からの、行き方、わからんで、ねえ。何度も、迷子になってるです。申せば、毎年、一緒の場所で、集合にも、関わらずの、簡単明瞭の、そもそもがの、大阪にご縁僅少で、同窓会で、年に1回、行くのだけの、且つは、その界隈、いつも、工事してて、ねえ。余計に、わからんわと。

オトトの、どちにしろ、梅田ねえ。
とも、なればの、相当に時間掛かるなと。京都駅で、乗り換えやしねえ。梅田ねえ。厄介やねえ。
地図でも、見て、どこか、どんな具合にか、調べな、わからんわと。

そらねえ。
彼、エイジ君が、ほっきゃーどーに、帰ってからは、同窓会、京都でして。要は、不案内の、大阪界隈に、行くの用事もなくなって、もてねえ。
言うは、以来、何年経つやの、20年辺りかと。までは、経ってませんですが。丼勘定的正解。
まあ、つまり、その年数、大阪には、無縁になって、ねえ。用事があらへんし。且つは、出不精。とは、当方が。
まあ、言うたら、界隈、ころりと、変貌してるのやろなあと。余計に、二の足踏むですが。

まあなあ。
この機会にと、前向きに検討するですが。
オッとの、ヒロシ君、曰くには、ノブユキ君、ケンイチ君も、来るになってると。加えての、当方なりで、更には、ヒデトシ君にも、連絡するのみたいでねえ。
トトトの、当方には、ケンシン君に連絡をと。頼まれて。

とかとか、先に、ケンシン君ねえ。
既に、大学の先生辞めてると、思うですが。立命館大学の。
ケータイに、電話一発、出ませんでして。しょがない、なあと。再度の明日に、でもと。
この君、ケンシン君、昨年の、同窓会には、欠席。体調悪くと。出たら、電話に、なれどの、その件も、聞くにしてたですが。


オッとの、ついでにの、話の、歯科衛生士に寄るの、歯の掃除終わって、デハと、農園主宅にと。
イヤ、どら焼き持参でねえ。
tantoで、行けば、ンの、昨日見たの方、この方、庭師かと。
言うは、農園主宅の、何ちゅうかの、目隠し的、家を囲うよに、植樹されてるの、枝、葉の、剪定されててねえ。
へえの、そかと。言うたら、とりあえずは、2日目なんやと。

それは、結構の、庭の方、見えるの、農園主の、軽トラックなら、あるのけれどの、乗用車が見えず。昨日同様、見慣れぬの、軽自動車なら、あって、ねえ。
それは、この方の、やろと。

での、尋ねたです。
農園主<苗字>はと。ならばの、出てったと。嗚呼の、一歩、二歩、散歩の、遅かったのかと。かと、言うて、歯の掃除なるは、予約制やしねえ。
まあなあ。
しょがないしで、農園主宅、前庭に、tantoを突っ込ませの、要は、進路変更。
イヤ、ここさんねえ。家に入るの道路、通路、狭くてねえ。いつも、難儀してるです。
どちにしろ、二日連続の、不発。

まあなあ。
どら焼きなら、賞味期限、まだまだ、先なれどの、どちでも、結構の、嫁はんと、喰うてもええし、ねえ。
何なら、適当の、後日に、来てもと。


とかとか。
この手の話、ばかり、なれどの、歯科衛生士に寄るの、歯の掃除の件ねえ。
農園主宅に、行くの前やねえ。行けば、患者と、するのか、歯の掃除なるは、歯の疾患で、通てるでなく。ならばの、客かと。
その先患者、先客ねえ。小母さん、一人でねえ。
オッとの、いつもなら、軽くの、数人、5、6人は居てたですが。実は、行ったの時にも、掃除終えての、待合いに戻った時にも、人数、僅少。とするのか、一人やしねえ。へえと。

いやねえ。
ここだけの話の、ここさん、儲け主義ではと。
年に一回、歯のレントゲン写真を撮るし、ねえ。これ、只ではないの、400点。つまり、当方なら、1割負担で、400円なれどの、通常の3割なら、1200円也でして。ゲと。

申せば、言うてるの、当方の場合なら、1割故、此度の、費用1880円なれどの、まともなら、18800円やでと。3割負担の方で、なら、5640円やでと。
当方、そんな高額、払うは、痛い、痛いの、モ、辞めるです。歯の掃除を。再度の、負担1割やしねえ。来てるですが。

いやねえ。
過年には、3箇月毎に、葉書が来たです。3箇月経ちましたよと。が、連絡止めになり。
がしかし、最近ねえ。ここ、1年かと、思うですが、何や、かやと、間隔1箇月にされて。
申せば、歯の出血がと。要は、歯周病やねえ。麻酔して、云々と。これ、1年で1回、2年で、2回されて、ねえ。
よて、当方的、必死に、歯を磨きの、歯間ブラシも念には、念をと。とかとか、頑張って、ねえ。結果的、出血解消出来たです。

まあ、つまり、それは、それで、効果あっての、ありがとさんと。
とは、重々の認識してるですが。その当時なら、1箇月間隔も、理解。
がしかし、前々回より、それも、回復してねえ。ドクターも、2箇月でと、言うてるのに、歯科衛生士の美女達1箇月で、予約をと。

イヤイヤ、言うてるの、当方、金満家ではないです。
当たり前に、歯は大切にと、思うが故、歯の掃除に来てる、行ってるです。かと、言うて、再度の只ではないの、当方的、1割負担が故、やって、られてるですが。

それでも、1880円は、辛いぞと。毎月、毎月は。2箇月に1回なら、940円になるし、ねえ。
尚、レントゲンがないなら、1480円かと。
どちにしろ、他所の歯医者で、レントゲンをば、年一回も、撮られた事、ありませんでして。意味あるのかと。
よて、金儲け主義と、言うてるです。

まあなあ。
前回も、今回も、明確なるの、意思表示したです。1箇月でと、言われたならばの、悪いですが。
2箇月でと。

いやねえ。
意志薄弱なら、ついついに、妥協で、月一回の予約になっても、さての、継続出来るの方、どれ程かと。
よて、本日ねえ。待合いの人数、少なくに、過ぎての、それが、原因で、客減少か。偶々の、事かと。
てな事、まだ、わからんわと。
(24/11/09)