シバケンの単なる雑談NO.429


NO.426 NO.427 NO.428
NO.421 NO.422 NO.423 NO.424 NO.425

NO.410 NO.420 NO.425
NO.360 NO.370 NO.380 NO.390 NO.400

NO.300 NO.350 NO.400
NO.50 NO.100 NO.150 NO.200 NO.250
題目一覧表

目次

雑談NO.430

NO.4660 立命館大学同期生、同窓会の話(4) 散髪屋の姉ちゃんの話

NO.4659 立命館大学同期生、同窓会の話(3) 奥様、待たせてるの話

NO.4658 立命館大学同期生、同窓会の話(2) 突然の、珍客、現れるの話

NO.4657 立命館大学同期生、同窓会の話(1) 京都駅で、旅行鞄に進路塞がれるの話

NO.4656 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(17) 帰りの道中の話

NO.4655 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(16) ありがとう御座いましたの話

NO.4654 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(15) 水洗式トイレの話

NO.4653 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(14) 当方、結婚、妹、嫁ぐの話

NO.4652 閑話休題的、再々度の、サファリ・ハットを紛失の話 新調したの話

NO.4651 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(13) 通勤時間の話

雑談NO.428


NO.4651 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(13) 通勤時間の話

いやねえ。
槇島ねえ。
通勤時間が、メタメタに増えたです。

そらねえ。
仏光寺の家から、ならばの、五条の西大路の、ロームまで、5キロ・メートル程度。所用時間ねえ。10分もあればと。ホンダの、名車、スーパー・カブで。

それが、槇島ねえ。
では、当然の、ホンダの、NⅢになってたですが。これは、仏光寺の家の時から、でして。2台目の、Zが、ど、哉と、思てるですが。
いやねえ。
こちも、免許取り立ての、初心者ではあるですが。取り立てだけに、あち、こち、乗り回してねえ。且つは、当然の、ミッション式でして。その辺りが、壊れ易くてねえ。

オトトの、どちにしろ、従前、仏光寺から、なら、5分、10分の世界やのに、ねえ。
槇島からは、概ねの、18キロ・メートルであったか、会社までの距離の話の、但しの、通勤時間帯では、大渋滞でねえ。
1時間は、掛かったかと。
それでも、多分なら、家出るは、7時頃でも、良かったですが。
言うて、もたらの、亀岡ねえ。
からは、同じの、所用時間でも、6時頃に、家、出たです。オッとの、会社は、8時15分始まりでして。要は、1時間以上、早くに着いてたです。

着いて、何してた、ねえ。
文庫本なり、兎に角、本を、読んでたです。イヤ、ほんと。
お陰様で、本棚なんか、アと、言う間に、満杯、満員御礼で、再読したいのは、残して、どんどんと、廃棄。

いやねえ。
当方、速読でして。斜め読みでは、ないですが。何冊かを、平行に読破してたです。
イヤ、ほんと。

オトトの、どちにしろ、7時には、家、出てねえ。
オッとの、実際には、6時半頃であったかと。
理由ねえ。
ここだけの話。
でも、あらへんですが。祖母、亡くなってから。と、するよりは、祖母、交通事故で、骨折、入院以来、朝飯、喰えずになって、ねえ。
そらねえ。
母、起きるが遅く。万事、祖母に頼ってたですが。その祖母入院で。退院も、所謂の寝た切りやしねえ。朝食なるは、会社の、食堂の、売店で、パンと、牛乳。

結果、売店の、小父さんとは、仲よくなって。イヤ、ほんと。
コレ又、余計なるの話の、多分なら、和歌山の方やねえ。釣りに誘ってもろて、ねえ。イヤ、ほんと。
覚えてるは、部署、異なるの、先輩。異なるも、何も、あちら、総務の方、2人。要は、運転手の、売店の小父さんと、4人で、行って。
申せば、当方、一人、鯛釣ったです。初めて、やのに、ねえ。こちが、ビクリの仰天したですが。他の面々、釣れずでねえ。
てな事、覚えてるは、当方だけかと、思うですが。
その売店の小父さんなら、当方の、親父程度の年齢でして。一寸だけ、若いか、なあの、どちにしろ、最早の生存されてませんですが。

オッとの、和歌山ねえ。
行ったは、仏光寺時代と、思てるです。
まあ、つまり、祖母亡くなりの、以来、毎日やしねえ。
これは、当方的、結婚するまでは、その手、生活でして。申せば、朝は、食堂のパンと、牛乳。昼は、当然の、食堂。
夜ねえ。
バラバラ。
これは、大体が、夜21時以前には、帰れませんでして。新入社員の、男子なるは、21時までは、残業せよと。工程の、応援なり、クレーム品の選別せよと。或いは、改善実験せよと。イヤ、ほんと。

とは、再度の、新入社員時代の話。なれど、です。
どちにしろ、残業、残業、休日出勤。当時には、土曜日平日。
結果、残業時間ねえ。最多で、200時間程度になったかと。イヤ、事実。で、お陰様で、一番最初の、初月給、手取りで、5万円になったを、はっきりの、記憶してるです。
再度、申すの、初任給なるは、33500円也。
当たり前に、食堂の食券代とか、税金、社会保険とかとか、引かれての話やでと。


オッとの、いやねえ。
その初任給で、祖母なり、親なり、妹なり。
当時の、同居家族には、何か、しら、贈り物してるです。多分。
当然の、一番に、張り込んだは、祖母えの、感謝の、でして。ンの、何を、贈ったか、までは、覚えてえへんわと。

どちにしろ、言うておくの、給料の大半、所謂の飯代として、出してるです。
とするのか、初任給程度、家に出したかと。イヤ、ほんと。
まあ、言うたら、初月給手取りで、5万円やったしねえ。概略の、3万円は、家に。2万円は、自身の、オコズカイ。
そこから、贈り物をと。

要は、あれば、あるだけ、使うの人でして。その当時には。
当たり前に、僅かなれどの、妹にも、オコズカイをと。イヤ、ほんと。
てな事、当人、妹ねえ。忘れてるやろと。イヤ、ほんと。

オトトの、夜の食事ねえ。
帰ると、するのか、残業多いが故、食堂で、喰たり、皆で、焼肉喰いに行ったり、してねえ。
焼肉ねえ。そらなあ、金残らんわと。

オッとの、言うは、入社2年目で、祖母亡くなり、間もなくの、親父、宇多野病院に入院したと。
どちにしろ、長男として、一家を、養うと、までは、大袈裟の。
言うてるの、最初っから、家に、給料の大半、出してるです。
まあ、つまり、親父、不在も、家の家計的、影響しておらずが、内実。

そもそもがの、当家、親父、電気屋はん、なれどの、儲かってませんです。
言うてるの、大学の学費ねえ。入学金こそ、出してもろてるですが。以降、基本、自力。
最後の、最後、4回生では、家庭教師がなくなってねえ。そら、教えてたの、子、桂高校生が、大学に、入ったしねえ。結構なるの、その口無くなって、ねえ。

イヤ、その手、大学の奨学金借りて、何とか、なったですが。
当時の事、振り返れば、結果的、綱渡り的であった、なあと。
イヤイヤ、「柴田」家としての話。
要は、祖母も、当方、就職して、安堵したも、あるのかなあと。当然の、直接の原因、交通事故での、骨折で、寝た切りになったが、大きいですが。

言うたら、それまで、家、支えてたの、祖母は、亡くなり。親父は、入院。
旨い具合に、当方、就職してたし、ねえ。
言うたら、これが、ズレててみい。当方、大学になんか、進学出来てえへんわと。
かと、言うて、当方的には、金銭的、大変な時期では、あったです。

言うてるの、就職して、金あらへんし、ねえ。それこその、アルバイトも出来ませんです。
意味、日銭稼げず。
これ、結構、大変ぞと。
まさかの、祖母に金貸せも、口避けても、言わず。筋違いと、思てるです。
がしかし、身銭がありませんでして。ない言うても、多少はあるですが。兎に角、朝の飯なら、祖母居てたしねえ。問題は、ガソリン代は、その、僅かな、蓄えで、過ごしたです。

言うは、就職決まっての、夏休みの期間、ローム<当時、東洋電具製作所>から、実習に来いと。
実は、これが、大いに、助かったです。この時も、日銭的には、苦労はしたですが。1箇月の、まあ、言うたら、アルバイトが出来て、ねえ。
結構なるの、実入り。

面白い事に、金は、本当に、なかったですが。基本、親に、祖母に、金なんか、無心しておらず。
これ、何で、やろねえ。親には、言うても、無駄承知。
祖母なら、金所持してるは、承知も、矢張り、まずは、親でして。祖母には、無心すべきでないと。頭っから、思ててねえ。
言うたら、祖母からの援助得たは、自動車教習所の費用のみ。これは、祖母から、言うてくれたです。就職祝いに出してやると。
イヤ、ほんと。

それ以外なら、墓参で、朝の、トーストと、牛乳。
年に1度の、「かねよ」での、「まむし」をご馳走してもろて。これも、祖母が、墓参の帰りに、でして。
オトトの、金ねえ。手渡してくれたは、自動車教習所の費用だけ。他は、ご馳走になったと、言う事での、まあ、言うたら、金は出して、もろてるですが。的、意識ゼロ。
(24/12/01)


NO.4652 閑話休題的、再々度の、サファリ・ハットを紛失の話 新調したの話

いやねえ。
本日<12月1日・日>、月参りの墓参。
まあねえ。
偶には、ええやろと。墓参終えてからの話の、知恩院さんにでも、行こかと。

イヤ、特段の、理由ねえ。この季節故、紅葉が、綺麗哉と。イヤ、ほんと。
そらねえ。
申せば、東本願寺祖廟ねえ。墓参して、北に向かえば、円山公園。その先、知恩院さん。
逆の、南に行けば、霊山観音さん、高台寺があっての、清水寺。

てな、名所旧跡、神社仏閣の、密集地帯でして。
オッとの、円山公園を、四条通りの方に向かえば、祇園祭りの、八坂神社。
とりあえず、東本願寺祖廟から、どちに行っても、見るべき、参拝すべきのが、あるです。結構なると。

当然の、以前にも、何年かの、以前やねえ。同様にして、フイと、思い立ちの、知恩院さんには、出向いてるです。ンの、何でやと、問われたならばの、気分次第と。まあ、言うたら、再度の、紅葉がと。綺麗やしねえ。
綺麗なら、嵐山界隈の方がと、思うですが。人混みが、過ぎては、なと。興醒め。

てな事で、本来墓参でねえ。無料駐車場なるは、墓参の方に対するでの、これねえ、何分以内かと、なればの、2時間ですて。
へえの、結構なるの、従前には、90分と、思てたですが。延びたの哉と。
言うたら、90分の場合、墓参なりで、でも、モタモタしてたり、寄り道してた、では、アと、言う間。かと、言うて、90分もあれば、墓参なら、充分に、可能。
よて、毎回、毎回、薬師如来さんに、参拝して、円山公園経由で、八坂神社も、お参りしてるです。の、程度なら、1時間やねえ。
加えての、知恩院なら、30分は、一寸、しんどいですが。効率良くなら、充分。がしかし、2時間なら、楽勝やねえ。
よて、嫁はんに、行くかと。

まあなあ。
散歩的でもあるです。
当世、観光客が多いみたい、なれどの、案外に、知恩院さんは、まあまあ、ではと。思たりも、してねえ。
まあ、つまり、全くの、観光地でもなくて。
ンの、高名で、且つは、観光地は、観光地、なれど、です。どこか、みたいに、押せや、押されやの、では、ない筈と。

モあるし、知恩院さんの、「七不思議」があって、ねえ。
<参考=「知恩院の七不思議」(知恩院)>

それを、拝観、見物、見るに、只、無料。当方的には、左甚五郎の、忘れ傘が、一番に、興味あって。
言うたら、左甚五郎なるは、実在やったんやと。の、証左かと。


オトトの、そんな事で、墓参終えて、円山公園の、外回りから、行ったです。
まあ、言うたら、道中、結構、迷いつつの、どちにしたって、隣でして。
前回も、そであったの哉の、道中、進めば、行き止まりであったり、してねえ。迂回と、するのか、階段数段降りたりの、降りたら、嗚呼の、そこや、なあと。


とかとか、本堂での、お参り済ませての、円山公園から、八坂神社。そして、東本願寺祖廟駐車場なれどの、ンの、又、帽子が。
ない。あらへんの、どしたの哉と。
コマツタなあと。

いやねえ。
何回、紛失してるやの、前回なら、孫君3号、次男家長男やねえ。の、小学生最後の、運動会に、招かれて。とするのか、見に、来やへんかと。

行っての、結果、その帽子紛失での、明くるの日、次男より、連絡あっての、こんな帽子かと、写真を電送<LINEで、嫁はんに>してくれて、ねえ。
嗚呼の、これやと、即の、取りに行ったです。

その前ねえ。
には、矢っ張り、墓参からの、帰りの道中。八坂神社で、紛失してねえ。どこかで、落としたに、決まってるですが。
社務所に尋ねたならばの、あって、ねえ。そかの、ヨカツタなあと。

まあ、つまり、当方的、よお、なくしてねえ。大体が、被ると、汗でねえ。蒸せて、ねえ。暑いしねえ。脱いで、手に持っての、例えばの話の、ハンカチなり、出す、顔なり、拭くの時、注意力、そちに行って、もての、帽子を落とすのではと。

オトトの、此度ねえ。
歩きに、以外では、孫君3号の、運動会以来やねえ。要は、墓参と、知恩院さんに行っての、さての、どこまで、記憶してるやと。
被ってた、手に持ってたのが。
ようは、わからんでして。

かと、言うて、駐車時間2時間以内やしねえ。車は出しにで、嫁はんが、見に行って、くれると。道中、径路、分かってるしと。
行って、くれたですが。不発。
イヤイヤ、車なら、円山公園の、横手に駐めて、当方、居てるしねえ。違反には、ならぬですが。

まあ、言うたら、結果的、再度、再々度の、紛失で、此度は、致命的。行動範囲、広いしねえ。
まあ、しょがないなあと。
その帰りの、道中、亀岡の、「アル・プラザ」に寄って、ねえ。
まあ、言うたら、一寸、感触的、異なるですが。似たよな、サファリ・ハットがあったが故、それにと、決めたです。

まあ、言うたら、先代のサファリ・ハットねえ。結果的、どしてもの、紛失するの、運命であった、かと。
残念、無念と。
(24/12/02)


NO.4653 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(14) 当方、結婚、妹、嫁ぐの話

いやねえ。
全くの、余計なるの話。お節介なるの、ですが。
隣家ねえ。奥様、諸般で、入院してるですが。結構、長引いてるです。
は、結構の、とするのか、仕方がありませんでして。

での、ここさん、息子さん達近在でと、言うてたですが。特になら、長男さんねえ。歩いて、数分。5分、10分もは、掛からんの距離でして。
ある意味、ええなあと。うらやましいなあと、正直、思うですが。

オッとの、いやねえ。
奥様、入院2度目でねえ。
前回は、どであったか、知らんですが。理由、隣家の動きが、わからんでして。
此度なら、言うてるの、当家真横にあったの、二階建てプレハブをば、解体、除去されまして。隣家の話やでと。

それが、6月頃からの話でねえ。
言うは、結果的、隣家の駐車場増えて、ねえ。当然の、従前から、駐車場なら、あるですが。プレハブの跡地が、主たる、駐車場になった、です。

いやねえ。
要は、そこに、当人なり、息子さんなり、その奥様、まあ、言うたら、若奥さんやねえ。当方的には。
が、車を駐めたり、するが故、見ずとも、音なり、声なりで、一発、わかるです。

言うは、前回の、奥様入院の時には、どんな具合にされてたかは、知らんですが。此度の入院では、その、若奥さんが、食事を運んでると。
よて、えらい、なあと、言うてるですが。
諸般、巷の話の、当方的、一々の、誰がと。とは、見てませんでして。来てる、来たのが。息子さん達の、若奥さんと、勝手に思てたですが。
巷からは、長男さんの、ですて。へえの。まあなあの、確かに、近いは、近いです。

が事実で、それ以上の、内情、内実、知らんしねえ。
兎に角、退院が何時になるのか、その相談してる。とは、ご主人から、聞いて、へえの、そかの、結構なると、言うてたですが。
要は、モ一寸、長引くかと。とも、聞いてはないけれどや。どちにしろの、その分、若奥さんも、大変なれどの、再度の、えらい、なあと。
まあなあ。
入院が長引いてる。とは、言えどの、その内には、なと。


オッとの、話、逸れると、するのか、言い忘れてるの事を。
イヤ、夢見の事。
過日、何時であった、かは、失念の、軽くの、1週間や、2週間。までは、わからんですが。見た夢、当然の、日が経ち、薄れては来てるですが。まだ、断片的、一部なれどの、辛うじて、記憶してるです。

そんな意味では、最近ねえ。夢見るが、珍しくなって来てるです。
従前には、ここで、話する、せずは、あるですが。可成りの頻度で、夢見てたです。
まあ、言うたら、これは、話をしたい。と、するのと、こんな話、どでも、結構と、するのが、あったですが。言うは、頻度、極端に少なくなりの、とっしやなあと。
要は、歳喰えば、夢さえ、見るが、僅少化するのかと。


トトトの、まだ、その話は、しませんです。
とりあえず、槇島や、ねえ。
簡単には、この家の時、当方、結婚してねえ。
言うてるの、嫁入り道具なるは、四国、香川、嫁はんの実家、比地木から、トラックで。紅白なんやねえ。寿なんやねえ。棚引かせて、ねえ。届いたです。

言うてるの、槇島の狭い家に、ねえ。
そして、間もなくの、妹の縁談も、あって、ねえ。先方様、黄檗でして。当時は。
イヤ、お父さん、お母さんと、当人が、来たです。しかるべくのと。
イヤイヤ、当方的、親ではあらへんですが。親父の代行として、面会してねえ。反対も、何もあらへんわと。基本、当人さえ、宜しいなら、結構なると。

イヤ、ほんと。
言うは、余程の、遊び人、パンパラ、パンの、ロンドン、パリで、ケバケバでも、あらへんの、フツーなら、結構なると。
まあ、言うたら、そんなの、極端なのは、殆どないと、思うですが。がしかしの、余計なるの話の、当世、多いねえ。散見するねえ。こんなので、大丈夫かと。男女問わず。
少なくともの、こんな場、その親なり、兄弟なり。親族に面談するに、そんな格好、服装はないやろと。

まあ、つまり、飾ってる。
とは、言えどの、最低限の常識あればと。結構なると。
幸いにしての、当家、及び、我が親族の、相手さんには、その手のは、ないなあと。ヨカツタなあと、つくづくの、思うです。

オッとの、いやねえ。
そんな具合に、嫁入り道具をば、トラックで、運ぶなり、したは、当世、最近では、まあ、見やへんねえ。
当方的には、寂しい感あるですが。それは、それで、仕方がなくて。

まあ、言うたら、親から、したらの、そんな風に、してやりたい、やろなあと。イヤ、自身の娘を嫁がせるに、です。トラックで、嫁入り道具をと。
当然の、金掛かるですが。言うたら、世間並みの事はと。
がしかし、当世では、その世間が、簡略化してもてねえ。概念が、異なってるです。

オッとの、いやねえ。
その前提なら、基本、男は、家を。女は、家財をと、なってたですが。
当世、その家を、男が準備ねえ。基本、無理。高過ぎるです。

結果的、借家であったり、してねえ。では、嫁入り道具も、なと。
イヤ、その手、含めての、一緒に考え、準備するが、一般的になったかと、思てるです。


オッとの、いやねえ。
その当時、からは、ボチボチの、50年経つになるですが。まだ、至ってませんですが。
言うは、嫁はんの、道具あって。そこに、妹の道具が、揃い出し。
要は、妹のも、我が家、狭いの、槇島の家に、入り出して、ねえ。そら、一次保管のためでして。

そんな道具、置くは、置けるは、1階の、奥の間、6畳の間だけ。とするのか、まさかの、2階には、持ち上げるも、なと。どちみちの、近々にも、出さんならんわと。
結果、家族4人。母、妹、嫁はんと、当方やねえ。2階で、全員が寝たです。イヤ、結構、大変ぞと。がしかしの、しょがあらへんし、ねえ。
他に、手段なく。

とするのか、狭いは、わかってるの話でねえ。再度の、13坪か、そこら、でして。1階には、2畳の間、食堂やねえ。格好よくには。
そして、6畳の間と、その奥、風呂場。二階は、6畳と、4畳半の2間。
それこその、大変も、何も、なくの、当方的、問答無用の、考えるまでもないの、世界。
どちにしろ、妹が、結婚するまでの話でねえ。

とりあえず、よお、やった、なあと。
再度の、兄やしねえ。以外には、何にも、ないの、至っての、当然。
まさしくの、槇島の家から、妹は嫁いだです。

後年。
東京在住の、叔母が、亀岡に来てくれて。これは、墓石を新調したですが。従前のは、欠けて、来てねえ。
その墓開きで、叔母来てくれて。
当家的、その時には、息子共2人も、居てたし、5人家族で、熱烈の歓迎したです。そらなあ、柴田の、叔母、親父の妹さんでして。
まあ、言うたら、従兄弟3人居てるし、親しいし、ねえ。元々は、十三の方やったし、ねえ。祖母と、泊まりがけで、行ったり、したです。

中学校の修学旅行では、東京やねえ。
わざわざの、宿にまで、従兄弟、長男と、一緒に来てくれて。それ言うたら、大阪の時、当方一人で、行ったの時にも、叔母と、長男が来てくれて、ねえ。
まあ、言うたら、結婚式も、やねえ。
言うは、ここは、いつも、叔母と、長男。オッとの、大体は、そやねえ。何でも、長男。そらなあ、3人の従兄弟、連れては、大変やねえ。

で、墓開きの時、終わって、叔母、そのままに、大阪在住の、婿殿実家に。当たり前に、親は亡くなってるですが。挨拶と、するのか、何やろねえ。とりあえずは、婿殿、ご主人の、実家に、でして。
当方的、叔母婿なるは、遠の、昔に、亡くなっててねえ。東京で、遠いしと、葬儀には、声掛からず、でしたが。
兎に角、当家で、1泊して、墓開きして。その足で、大阪に行って、ねえ。そのままに、東京に帰ると、聞いてたが故、サイナラと。今度は、何時会えるの、やらと、お暇の挨拶交わしたの、その夜。

当方的、会社から、帰宅で、言うてるの、ンの、祖母かと、見間違う程の、叔母やねえ。息子共2人と、出迎えてくれて、ねえ。へえと。
とするの以前の、祖母かと、思いの、涙したです。懐かしくてねえ。
ほならの、思いも、せずの、叔母でして。
基本、何も、聞かず。

とりあえず、叔母の言なるは、私は、ここ、「柴田」から、嫁いだのやと。
ンの、その通りの、何の間違いも、あらへんわと。当時には、祖父が、居た、生存してた、かは、聞いてはないけれどの、長男、親父やしねえ。
イヤ、微妙なるの時期に、叔母、嫁いでるです。微妙とは、戦中か、終戦後か。
場所的、叔母が、嫁いだは、京都の、多分なら、仏光寺の家と、思うですが。それこその、狭い、狭いの家でして。

言うは、その当時には、親父、結婚してたと、思うですが。
ならばの、祖母、叔母、叔父2人と、長男夫婦の、6人家族やねえ。

まあなあ。
それから、比べたらの、槇島の家から、妹が嫁いだですが。同居は、4人やしねえ。知れてるです。
要は、仏光寺の家から、叔母が、当時なら、大阪、十三の方やねえ。に、嫁ぎ。
槇島の家からは、妹がと。
(24/12/03)


NO.4654 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(15) 水洗式トイレの話

いやねえ。
ほんとにねえ。
この、ン十年、見やへんねえ。
こっちも、そんなには、外出せぬよに、なってるですが。それでも、なと。
オッとの、言うてるは、婚礼家具の、運送の車。

婚礼家具ねえ。
原則、和箪笥、洋箪笥、三面鏡。
洋箪笥ねえ。入ってるが故、これ、言い出したは、そんなに古くはないのやなあと。

いやねえ。
良家のなら、その箪笥の中に、生地を、帯を、和服をと、詰めに、詰めたと、聞くです。
その昔には、和服なるは、財産資産でして。現在でも、資産なれどの、その現在では、和服を着るの機会僅少。むしろ、旅行者が、旅気分味わうがため、和服を着てるですが。これだけでは、呉服屋も、儲からんやろ、なあと。
儲かってるは、レンタル屋でして。これ、果たしての、日本人が経営してるのかが、疑わしく。
そんな話は、結構の。そんな、とは、レンタル屋。

当世なら、実際には、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、布団、座布団、食器類なんやろか、なあと。
座布団ねえ。
所謂の、新婚家庭には、いるのか、いらんのか。当家の場合、それこその、仏光寺の家から、運んだですが。座布団も。がしかし、当世、座布団を使うの場面ねえ。どなんやろねえ。
イヤ、息子共家に、来たら、戻って、来たら、座布団敷いてるです。当方にしたって、使てるですが。

いやねえ。
新築の家なら、所謂の、クローゼットなりは、組み込んであって、ねえ。その昔の家みたいに、家具は、なるべくの、いらんのよにと、工夫されてるです。

オッとの、そ、言うたら、本棚、食堂のテーブル、椅子なりは、いるなあと。
これらは、実際に、生活し出して、必要に応じの、間取り等々、考慮で、調達かと。


オトトの、どちにしろ、槇島の家ねえ。
精々が、13坪の、土地に、狭いの、建屋でねえ。冷蔵庫なり、食器棚ねえ。2畳の間に、ギリギリやねえ。再度の、2畳の間やしと。
そこに、テーブル置いて、3人で、食事。結婚したら、4人で、食事でして。よお、やった、なあと。
がしかし、当時には、そしか、やりよがなくて。

言うは、1階の、奥の6畳の間に、妹の、婚礼家具、収納してねえ。結果、居てられへんし、皆、寝るは、2階にと。
2階ねえ。
4畳半と、6畳の間の二つやしねえ。
イヤ、それしか、ありませんでして。そこで、全員寝たです。

まあ、言うたら、仏光寺の家からは、3人で、引っ越して。当方、結婚で、4人になって。暫くしたら、妹が、でして。
まあ、言うたら、結婚が、連続やねえ。結構なると。
まあ、言うたら、3人が、4人になって、3人にと。

そして、息子共誕生。
長男生まれた段階で、狭くなるなあと。
イヤ、近い将来的、所謂の、子ども部屋を設けるにしたって、どこにと。
イヤイヤ、言うは、親父は、当然の、健康回復で、帰宅前提。

がしかし、ここだけの話。
でも、ないの、親の仲悪くてねえ。一緒の部屋でと、言うても、嫌と。母が。
有り体に、申せば、親父が、この家に戻るなら、自分は出ると、言い張って、ねえ。イヤ、ほんと。

申せば、狭い、少ないの、間で、親が、二つの部屋取れば、どするやと。子ども部屋なんか、吹き飛ぶです。がしかし、どしても、嫌と。
かと、言うて、母が、自身単独で、生活出来るの経済力なんか、ありませんです。と、なればの、伯父宅やねえ。上のと、下のと、2軒あるですが。
そこに、母、転がり込むと、主張して、ねえ。アホかと。
まあなあ、一週間、二週間程度でも、長いと、思うですが。期限あれば、結構も、延々の、では、先様に迷惑。
てな事、母、考えずでねえ。

いやねえ。
時には、外泊で、親父が戻って来た事、あった、ですが。即の、母、家出してねえ。行く先、告げずに出るが故、家出に間違いはなく。
とか、言うたって、行くの先、大方なら、わかるの、先刻の通りの、どちらかの、伯父宅。最初は、上の、でねえ。当時には、近鉄沿線の、大久保の方に、引っ越しててねえ。そこに、電話したなら、嗚呼、居てると。

その伯父宅にしたって、槇島の当家と、似たよな、でして。
違うのは、伯父の退職金やねえ。で、新築を買おたです。と、どちらが、早かったか、そこの長男も、結婚してねえ。
言うたら、早々には、3人家族。伯父と、長男夫婦やねえ。その当時には、伯父嫁は、亡くなっててねえ。次男と、妹が、居たですが。結婚して、出てたしねえ。

オトトの、時期が、微妙に曖昧なれど、です。
結婚、以前。
かも、やねえ。

いやねえ。
実は、上の伯父家、長男嫁。なるは、屋根瓦の職人さんでして。
正直、実家も、よっく、承知してるの家。承知だけで、知り合いでも、何でも、あらへんですが。従兄弟から、嫁の実家聞いて、へえの、あそこかと。ビクリしたです。
の、程に、亀岡から、京都方面に車通勤なら、必ずやの、家。要は、老いの坂の辺り。

いやねえ。
そと、知って、亀岡の家の、屋根を、総替えしたです。雨漏りあって。瓦も、光沢がなく。折角なら、従兄弟嫁の実家、親が、それ屋やし、ねえ。丁度宜しいと。

余計なるの話の、そらねえ。
新築ではあっても、建売の、瓦と、その手の、瓦では、雲泥の差でねえ。
申せば、当家、四十ン年経ってるですが。瓦の、光沢違うです。余所様のは、苔やろねえ。生えてたり、土埃で、くすんだり、してるですが。全くのと。

オトトの、それは、亀岡の現在の家の話やねえ。
言うたらの、槇島ねえ。
引っ越して、間なしに、水洗トイレにすると。希望者と、するのか、そ、なるが、故、希望せねば、どもならずの、水洗になった、ですが。

申せば、仏光寺の家ねえ。
あちら、中学生時代かに、水洗になった、です。
それまで、来て戴いてたの、お百姓さんが、この界隈も、水洗式になるなあと。近々にも、さいならや、なあと、言うてたです。
まあ、言うたら、当時には、便なるは、売り物。イヤ、ほんと。
その小父さん、当方居たら、大根とか、何とか、置いとくし、なと。
まあ、言うたら、現金ではなくの、その手のと、交換が原則であったと、記憶してるです。

オッとの、どちにしろ、そんな当時に、京都市内、中心部なれどの、水洗式になってたのに、槇島では、簡易の貯置き式。
で、あったのが、1年経ったか、経たずかで、水洗式になって、ねえ。
ついでの話の、8年後、亀岡に引っ越したら、又、簡易の貯置き式。で、ここも、1年経ったか、経たずで、水洗式になった、です。

要は、そのままの、田舎え、田舎えと。亀岡では、長く居てるですが。仏光寺のは、出て、取り壊わされたし、ねえ。多分。
槇島のは、後に入った方、得やねえ。
と、思てたですが。果たしての、過日、過月、見に行っての、どかと。
(24/12/04)


NO.4655 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(16) ありがとう御座いましたの話

いやねえ。
腰の方、右側なれどの、今だ、違和感あるですが。整体、カイロプラクティスやねえ。行こか、行こかと、思いつつの、行ってませんです。

この辺り、判断難しくの、そらねえ。
資金潤沢なら、何時でも、何回でも、行くですが。
モ、あるし、歩くには、特段の、辛くなくの、腰云々考えもせず。
違和感なるは、横になったり、したの時、腰、右手が、凝った感あっての、その時には、どしょかと、思うですが。ズとでも、ありませんでして。

結果、言うてるの、今だ、ほったらかし。
まあなあ。
違和感も、凝った感も、どんどんと、酷くなるなら、ほったらかしにも、出来ませんですが。現時点、酷くにも、なっておらず。さりとての、快方にも、向かっておらずの、横這い。

まあなあ。
その内には、一発と、思てるですが。
まあなあ。
そらなあ。
邪魔くさいもあるです。


オッとの、そんな次第の、槇島の話。
要は、四国、香川、仁尾の、嫁はんの姉家の長男の、長男。結果、義理の甥の長男やねえ。
が、最早の、就職云々で、京都、宇治田原の会社にと、言うててねえ。
親の、義理の甥なら、会社までは、行ってませんですが。宇治には、行ったのらしくてねえ。平等院見たと、聞いたですが。

オトトの、当方ねえ。宇治ねえ。
言うてるの、宇治槇島には、一時、とは、8年間なれどの、住んでたし、ねえ。
まあ、言うたら、全くの、知らずの、方面でもなくて。かと、言うて、宇治田原なるは、知らんですが。
近くの、斎場、天ヶ瀬の方なら、何度か、行ってるです。まあ、言うたら、ダムもあるし、ねえ。までなら、なと。

がしかし、宇治田原なるは、その先でして。全くの、未知の世界。
故に、一発、様子見に、でもと。言うは、宇治、槇島、黄檗、宇治市役所、平等院なら、知ってるですが。最早の、40年以上経ってるし、ねえ。知らぬも同然。

まあ、言うたら、遠くは、遠くも、多少なら、知ってるし、ねえ。過日、過月、行ってみるかと。
まあ、言うたら、ドライブがてらやねえ。
宇治方面も、どんな風になってるのかと。とも、興味あるし、ねえ。

での、結果的、甥長男の、言うてるの、会社の真ん前までは、行って、ねえ。
その界隈なるは、車も少なく、快調なれどの、宇治駅界隈まで、戻ると、車、車の、大渋滞。
それも、大方、過ぎての、ハタと。
嫁はんと、一発、槇島の様子、見に行こかと。そらなあ、あれからは、50年近く、経つです。
故に、どんな哉と。

まあなあ。
tantoで、界隈、走ったですが。イヤ、槇島の団地を。当家なら、「8」の通りでねえ。
言うてるの、駐車場が、狭くになっての、家が出来ててねえ。

ででの、肝心の、当家。
ンの、この辺りやなあの、場所ねえ。
と、するのか、玄関附近には、バイクとか、何やとかの、詳細までは、わからんの、物置になってて、ねえ。へえと。
と、するのか、以外は、替わってませんでして。へえと。
言うは、隣家の、大工の兄ちゃんねえ。家、そのままと、するのか、綺麗にしてるですの、ども、様子からは、当家も、そこが、買おた、みたいでねえ。その大工の、物置にしてるのかと。結構なると。

イヤ、外観的にの、話で、中身なら、壁一枚、外して、広くしてるの、やろなあと。モ一発、結構なると。その大工の隣ねえ。家あったと、思てるですが。取り壊されてるです。
と、思われるです。
まあ、言うたら、もしかしたらの、大工の兄ちゃん、3軒を一緒にしたの哉と。イヤイヤ、結構なると。

別隣の、ドンドンと、当家に、苦情を言いに来たの兄ちゃんの方。なるは、わからんです。
イヤ、家は、そのままにあるですが。果たしての、持ち主、家主、替わってるのか、までは、なと。
まあ、言うたら、そんなに、長々の、わかる程の、うろうろはしておらずの、tantoで、ゆっくりと、家の、界隈をば、走ったの、ダケでして。
とか、言うたって、狭いの、道幅でして。車が一台、何とか、通れるの程度。申せば、当家あったの更なるの先なら、尚、道幅狭あてねえ。
それこその、ゆっくり、ゆっくりでないと、危険が一杯。それこその、対向車来たら、困るなと。


トトトの、忘れてならじの、槇島の家なるは、吉事沢山あったです。
言うてるの、当方結婚。
妹嫁がせ。
息子共2人誕生。

まあ、言うたら、次男誕生を期に、まさしくの、槇島の家では、なと。狭いなと。
子ども部屋をと、思えば、どこか、広いの家にと、考えるしねえ。
結果的、当方の甲斐性では、亀岡の、現在の地しか、買えず。イヤ、ほんと。
そらねえ。
基本、6人家族を想定してたです。親父も、何れは、戻ると。

どちにしろ。
そんな事で、槇島の家ねえ。
出るの時には、当方、トイレに、顔突っ込みまして。トイレの神様に、ありがとう御座いましたと。御礼申し述べ。
亀岡も、宜しくと。イヤ、ほんと。

いやねえ。
此度、家の前、通過で、トイレには、顔突っ込めずが故、念じたです。
ありがとう御座いましたと、再度の、御礼申しの、亀岡も、宜しくと。当家一同宜しくと。イヤ、ほんと。
本当は、京都の、仏光寺に、戻りたいのけれどと。
本音吐露。

これは、無理難題なれど、です。
既に、家あらへんわと。即の、とまでは、言わんの、後日、とか、言うても、年単位やねえ。取り壊され、焼肉屋と、言うたか、に、なったですて。
聞くところでは、妹の方が、結婚して、その相手さんが、経営とか。

イヤ、家主の隣家ねえ。2人姉妹。
上は、当方の、1歳下で、その下、妹ねえ。何歳下やったの哉の、3歳くらい、かなあ。正確には、知らんの、当時、気にも、しておらず。
顔なら、当然の、その当時のままに、記憶。
当たり前に、当時の、お婆さんねえ。小母さんねえ。亡くなってるかと。小母さんなら、当家、母の一寸だけ、下でして。
(24/12/05)


NO.4656 閑話休題的、槇島の当家、存在の話(17) 帰りの道中の話

いやねえ。
届いたです。
何が。
「京都府公安委員会」から、「運転免許証更新連絡書」が。

まあなあ。
誕生日基準の、前1箇月。後1箇月以内にと。
当方、1月の11日生まれ故、12月の、11日から、でして。手続き出来るのは。
まあ、言うたら、来週やねえ。水曜日から、やねえ。

オッとの、何よりも、新しい免許証なるは、「金色」で、「3年」。
言いたいは、この、「金色」に復帰であると。それまで、ズと、と、までは、言わんの、何度か、引っ掛かってるですが。主たる、速度違反で。

直近のは、「一旦停止違反」。
日時、2019年2月13日。場所、並河交差点の、手前。国道9号線ではない方の。レストラン「さと」なり、JAのあるの辺りで、捕まったです。
いやねえ。
正直言うて、ゴネたら、よかったと、思てるです。徹底的に。

それを、いとも、あっさり、認めてねえ。
結果的、免許は、ブルーにされるし、反則金幾らであったか、7000円。

<参考=単なる雑談NO.231」NO.2580 誤算、失敗続きの一日の話

実は、金銭的、反則金だけでなくの、任意保険の、保険代にまで、影響してねえ。これが、話簡単の、次の、金<ゴールド>になるまでは、所謂の、ゴールド免許割引がなくなるです。幾らであったか、年数千円。
これが、何年なんやろねえ。最長5年。がしかし、実際には、現の免許証になって、からやし、3年かと。3年、3年で、任意保険も、更新してまして。
兎に角、此度の、ゴールドで、割引復帰。
言うは、金銭的、反則金だけに、止まらんです。任意保険の掛け金にまで、響いてねえ。

それも、あるし、諸般、銀行なりで、定期預金を解約<一部解約>の時、本人確認のためと、何たらと、言われの、常に持参してるの、運転免許証やねえ。提示してるですが。
コレ、正直、ゴールドでないは、自尊心傷ついてるです。

まあねえ。
これも、新規のは、ゴールドでして。
言うは、出来るの限りの、早めに、更新に行くかと。
オッとの、それも、来年2025年やねえ。3月24日から、マイナンバー・カードと一体化の開始ですて。
この場合、手数料と、するのか、さえ、支払えば、従前通りの、免許証が交付されると、聞いてるですが。

いやねえ。
健康保険証も、そすればと。一体化は結構の、希望すれば、有料で、でも、結構の、発行してくれれば、文句なく。
その金額によっては、いらんと、なったり、してねえ。さすれば、問題も、解消されるかと、思うですが。大体は、強引に過ぎるです。

オトトの、そんな事で、当方的、やとで、ゴールド免許に戻るなあと。ヨカツタなあと。
要は、現所有のが、ブルーで、2022年から、やねえ。
受け取ったの時には、ガクリとしたです。イヤ、ほんと。


オッとの、いやねえ。
槇島の、とするのか、過日、過月、宇治田原に、行ったですが。
昼飯ねえ。
宇治駅手前の、コーナンと、平和堂があるの、場所。
の、当然の、平和堂の方やねえ。何か、飯、昼飯喰えるの場所はと、探しの、所謂の、フード・コートで、当方なら、牛丼と、うどんのセットを喰てねえ。
嫁はんなら、木の葉丼と、うどんのセットを。

イヤイヤ、本当は、その他、適当なる、食堂と、するのか、ファミレスでも構わんの、何かと、思たですが。
まあ、言うたら、この手の、ショッピング・モールの方が、安心感あるです。反対には、規模的、そんなには、デカくはなくて。言うてるの、フード・コートでしか、喰いモノなくて。出店も、2つであったかと。

での、ここで、小休止して、宇治駅辺りから、槇島に向かいの、言うてるの、前の家の、トイレを想定で、御礼申しの、又、宜しくと、念じてねえ。
ある意味、すっきりしたです。現状判明で。
そかの、隣家が、買い取ったかと。まあ、つまり、まだ、居てるんやと。最早のええ歳に成ってると、思うですが。当然の、顔見たって、わからんわと。
そ、言うたら、奥様ねえ。全くの、記憶になくて。

むしろの、別隣の方ねえ。ドドンの、ドンドンの方。
後年と、するのか、我々、居てたの時なれどの、結婚してねえ。
とか、言うたって、夫婦共に、どんなであったかの、顔形なんか、覚えてえへんけれどや。
申せば、そこの奥様、一寸、変人。多分なら、妊娠してたも、あるけれどの、町内でと、するのか、団地全体で、溝掃除するになって、ねえ。

当然の、皆、出て来て、やったですが。
その奥様、どしても、手伝うと。イヤ、ええでと。腹デカいのにと。までは、口にはしてませんですが。言うてるのに、どしてもと、手伝うと、言い張ってねえ。
溝蓋を持ち上げよと、するが故、ええで、ええでと、蓋を上げるを引き受けたの、記憶あるです。
申せば、そのご主人。ドドンの、ドンドンの、なれどの、顔は出してたけれどの、手伝わずの、見てたのだけ。
で、あったを、思い出した、なあと。


オトトの、モ一件。
あった、なあと。
イヤ、その日、宇治田原からの、帰りの、道中。前の家、槇島に寄って、トイレを想定の、御礼申し述べての、今度は、亀岡の我が家に、やねえ。
言うたら、国道24号線に出て、真っ直ぐで、環状線に、至るなと。六地蔵とかの、方の環状線なれど、です。
よて、国道に出て、観月橋をば、上の方やねえ。従前、そのよに、してたが故での、上に進路ねえ。取ればの、ンの、何ちゅうかの、景観、全くの、違うかって、ねえ。

いやねえ。
下の方からでも、観月橋を渡れるですが。渡ったら、左手で、亀岡の方に、戻れるですが。一発、24号線をと。久し振りやしねえ。
モ、あるし、カー・ナビで、自宅にと、設定するに、有料道路優先と、するのか、案内が変になって、ねえ。
イヤイヤ、帰るに、難儀したです。

この、カー・ナビねえ。
自宅の設定ねえ。
実は、一旦、オフ<エンジン停止>にせねば、一般道優先に、等々の、選択肢表示されませんを、知ったです。


そんな次第の、明日<12月6日・金>、立命館大学の、同期生の同窓会。
とか、言うたって、ほっきゃーどーの、エイジ君には、声掛けずの、彼、来年の方がと、連絡あって、ねえ。
結果的、ノブユキ君、ケンイチ君、ヒロシ君、ヒデトシ君と、当方の5名。
場所、梅田の、「がんこ」ですて。そんなモン、知らんがな。

要は、道中、途中、JR高槻駅で、ヒロシ君と、合流してねえ。
の、案内にての、阪急に乗り換え、梅田駅で、「がんこ」の、予定。その阪急高槻駅で、ノブユキ君とも、合流するですて。
とりあえず、当方、大阪なんか、皆目の、知らんし、ねえ。
皆目も、言い過ぎなれどの、に、近く。知らずも同然でして。
(24/12/06)


NO.4657 立命館大学同期生、同窓会の話(1) 京都駅で、旅行鞄に進路塞がれるの話

いやねえ。
そんな事で。
とは、大学の同窓会。言うても、総勢5名様。の、筈。

どちにしろ、朝一番、二番。兎に角、9時16分、並河発のJRに乗らねばと。それなりの時刻、9時5分前やねえ。つまり、8時55分我が家発。
で、15分もあればと、するは、往年の自分。

オッとの、いやねえ。
言うたら、歳やしねえ。正直言うて。更に、5分の余裕見て、家出たですが。以前なら、余裕充分の、15分前でも、数分の余裕あった、ですが。駅で。
アカンねえ。20分見て、余裕で、駅に着くの筈が、切符を買うもあるのけれどの、ホームには、2分前かと。知って、ゲと。
それ程に、歩行速度が、遅くになったんやと。

は、結構の、まあなあ。並河駅は、田舎でして。余裕で、と、までは、言わんの、座れたです。
での、これ、快速でして。9時39分京都駅着で、45分、姫路行きの、新快速に乗って、高槻駅下車。そこで、ヒロシ君に会いの、彼の道案内で、阪急高槻駅から、梅田駅の、「がんこ」にと、なってるです。
申せば、これでは、10時に着くしねえ。高槻駅に。乗り換え云々言うても、「がんこ」に集合なるは、11時半。まあ、言うたら、余裕有り過ぎなれどの、まあ、ええかと。

そんな事で、兎に角、並河駅9時16分の電車には、乗った、乗れたです。
での、問題は、京都駅での、状況。
言うは、こんなにスゴイ。
と、までは、想定しておらずでねえ。

何がと、なればの、外国人観光客。何ちゅうかの、キャスター付きの、ケースを引っ張って、ねえ。移動してるですが。
あのなあの、人数、多過ぎ。
とりあえずは、嵯峨野線から、大阪・姫路行きの、ホームに、移動せねばの、それがや。この、大集団。元は、集団ではないと、思うけれどの、結果的、集団になてもてねえ。嵯峨野線から、駅構内の、高架に行くに、何ちゅうかの、狭いプラット・ホームに、1重なら、まあなあの、2重やでと。
の、程に、延々の、移動してて、ねえ。再度の、外国人観光客が。

加えての、バカのカップル。今時、バカっプルなる表現、死語かと、思うですが。お手々繋いで、のんびりと、歩いてやがって、ねえ。
邪魔なんやと。せめてもの、前後で、歩けと。こんな場では。イヤ、広い場所なら、好きにして頂戴の話なれどの、こんなに、幅狭く、人が多いの場所で、何たると。常識のないにも、程あるですが。
これ、殆どの、面々、男女、この状態やねえ。言うたら、当世のは、教育なっておらずの、バカばかり。
平たくなら、自分等だけ。
てなのは、昔でも、居たですが。当世、殆ど、全部。周囲に配慮のは、まあ、見掛けませんです。

それ言うたら、皆様、スレ違うにも、そのまんま、やしねえ。横一列であったり、道なんか、譲る気、ぶつかるを避けるの気配毛頭の、なく。
びくりするです。

オトトの、そんな状況やしねえ。時刻表からは、9時39分京都駅着で、45分、姫路行きの、新快速乗車予定がねえ。
ンの、とりあえずは、移動距離結構あっての、道塞がれてもてての、イヤ、旅行客の、キャスターに。鞄に。
加えての、バカっプルに。

イヤイヤ、6分もあれば、余裕の筈が、ねえ。
途中、ンの、危ないぞと。当方でも。
そらねえ。
突破出来ませんです。二重で、移動されててみい。あのなあと。

いやねえ。
これでは、京都の面々も、被害者やねえ。
当方、京都駅には、何年ブリかの、話やしねえ。以て、所謂の、インバウンドの状況、体感したですが。これが、毎日では、たまらんぞと。イヤ、ほんと。

いやねえ。
どちにしろ、ギリギリで、間に合わず。乗るの予定してたの、新快速には。
での、プラット・ホームの電光掲示板、電車の発着予定の、なれどの、次の新快速10時でして。イヤ、結構なると。
これなら、左程には、なと。遅れませんです。むしろの、この方が、良かったの可能性がと。イヤ、ほんと。

での、高槻駅で、待つの、ヒロシ君に、ケータイ一発。10時のに、乗ると。イヤイヤ、今、京都駅なんやと。姫路行きの、新快速に乗り遅れたと。
電話してねえ。
さもないと、45分京都駅発のに、乗ってると、思てたら、現れへんし、どしたんやろなあと、なるやろしと。
まあ、言うたら、15分遅れ。なら、再度の、結果的には、ええ線かと。阪急高槻駅から、梅田なら、準急でなら、所用時間30分弱。

イヤイヤ、その程度なら、座れずでも、結構なると。
どちみちの、座れませんです。「優先席」にしたって、若手が占領してるしねえ。イヤ、ほんと。
まあ、言うたら、ローカル線なら、ある程度はと、思うですが。本線では、優先席も、へたくれも、あらへんねえ。

オッとの、どちにしろ、JR高槻駅に着いて、まずは、トイレでねえ。がしかし、駅構内で、旨く、見付けられずで、改札出て。
と、するのか、ヒロシ君、居てて。
あらぬ方向、見てるが故、手振って。
会うなり、いやなあ。おはようの、トイレに行きたいと。イヤ、駅構内、改札口までには、男子のが、なくて、ねえ。イヤ、正確には、あると、思うけれどの、よ、見付けず。
見たは、女子と、男女共用ので、誰か、入ってるの影、映っててねえ。まあ、ええかと。

まあなあ。
駅出て、あそこやと、教えてくれての、ホと、安堵。
ンの、ヒロシ君、所謂の、頻尿ですて。へえと。
余計なるの話の、次、阪急高槻駅に入ってから。オッとの、当方なら、現金で、切符を購入してねえ。

イヤイヤ、ヒロシ君、トイレにと。
言うが故、まあなあ、どちでも、結構なれどの、さっき、トイレ教えてくれたの時、一緒に入ればヨカツタのにと。
イヤ、ほんと。

オッとの、斯くしての、ホームに上がればの、ンの、列車後方箇所に、ノブユキ君発見。
イヤ、後方でと、ヒロシ君、メールに書いてて、ねえ。
まあ、言うたら、そこで、会えば、3人して、一緒に乗車出来て、目的地、「がんこ」に、行けるしねえ。にしてもの、準急なれどの、がーら、がら。
結構なると。
(24/12/07)


NO.4658 立命館大学同期生、同窓会の話(2) 突然の、珍客、現れるの話

いやねえ。
そんな事で、何年ブリやろ怪の、大阪が。
てな事、阪急準急に乗って、話をしたら、皆、10年ブリかと。イヤイヤ、17年経つなあと。
年月過ぎるは早い、ねえ。
言うは、エイジ君が、大阪在住で、幹事してたの頃でして。幹事、エイジ君故、その手の店、飲み屋なり、よっく、承知しててねえ。
言うたら、お任せでして。

結果的、集合場所なるが、何度も、言うてるの、「曾根崎警察署」の地下。地下道から、行けるの場所。
よくは、知らんの、梅田の方なんやろ怪の、兎に角、大阪駅下車で、歩け、歩け。
で、何年、何十年と、年に1回、この手、大学の同窓会で、行ってるですが。毎回、毎回、迷子。
申せば、派出所なり、駅員に、なり、聞いて、ねえ。どんな具合に、行けばと。やのに、その毎回、毎回、迷子。
まあなあ。
近くには、着いて、高架があって、その高架から、曾根崎警察署<表記=そねざき警察署>は、どち方面かと、探索、見渡しの、嗚呼あっちかと。
で、以て、概ねの、無事に到着してたです。

されどの、梅田の、「がんこ」ねえ。知る訳あらへんわと。
申せば、JRで、大阪駅まで行って、梅田まで、歩くも可能なれどの、それこその、高架の上から、梅田はどっちと、見たって、わからんやろな。それこその、右も、左も、でして。

まあなあ。
どちにしろ、ヒロシ君の案内で、JR高槻駅から、阪急高槻駅に。
まあ、言うたら、過年には、次男が、諸般で、阪急高槻駅の、真向かいと、するのか、実際には、裏手になるのかの、大阪医科大学病院に入院して、ねえ。何度か、行ってるです。
申せば、電車で、1回。あとは、車で、やねえ。
かと、言うて、高槻駅の、正面ねえ。そんなには、覚えてえへんわと。正面には、次男嫁と、孫君3号やねえ。との、4人で、飯喰いにと、するのか、店探すがため、1度だけ、行ってるですが。よ、知らんわと。

オッとの、どちにしろ、高槻から、梅田。
ヒロシ君、ノブユキ君と、当方の3人で。その電車<準急>から、「がんこ」が見えて、ねえ。
イヤ、ヒロシ君が、嗚呼、見えたと。での、真正面に、見えて、ねえ。
申せば、皆、初めてですて。「がんこ」が。とか、聞いて、へえと。

まあなあ。
「がんこ」なら、方々にあるです。京都にも、何箇所か、存在するです。
ホーム・ページで、見たなら、朧気の、何箇所かは、なくなってるみたいでねえ。3箇所なら、行ってるし、ねえ。
申せば、亀岡にも、「楽々荘」が、「がんこ」になってて、ねえ。
申せば、亀岡で、「楽々荘」なるは、有名でして。まあ、言うたら、当方で、さえが、承知してたです。むしろの、当地に、引っ越して来て、即の知ったかと。

更に、申せば、「楽々荘」時代には、区長職拝命の時、一度だけ、行ったです。その、区長等々、役員で。
「がんこ」になってからは、行ってませんですが。


オトトの、そんな事で、あっちや、こちやと。
まあなあ、見えたしねえ。
かと、言うて、駅構内、ウロウロしたら、当方的、東西南北狂てしまうですが。その辺り、他の面々、言うても、2名なら、分かってるのみたいでねえ。
当方、ついてくだけ、なれどの、嗚呼の、見えたと。「がんこ」の看板が。

での、11時半には、間があるですが。ンの、店の中と、するのか、前には、「営業中」と、してあって、ねえ。
フウンの、時間きっちりの開店でもないのかと。イヤ、構わんですが。中に入るに、ンの、ヒデトシ君が、後方から、来てねえ。要は、数歩違いの意での、到着、ホボの同時。聞けば、ヒデトシ君は、我々を見たですて。到着の様子を。へえの、そかと。

中ねえ。
覗けば、ンの、ケンイチ君が居てねえ。再度の、へえと。
待ったか。イヤ、今、来たとこやと。聞いて、再々度の、へえと。
もしかしての、もしかしたらの話の、皆、期せずしての、同じの、電車に乗ってたの、可能性あるなあと。
そこまでの、話、してませんですが。どちにしろ、結果的、5人、一気、揃てもてねえ。結構なるの、幹事、ヒロシ君が、予約してるの、某ですと、名乗って、店の方が、ではと、場所と、するのか、部屋に案内してくれての、そこは、所謂の、椅子席でして。

とかとか、店の方、曰くに、2時間半まで、ですと。フウンの、まあなあ。
そんなには、居てるのつもりはなくて。そらなあ、結果的、わからんですが。
申せば、「京すいしん」なり、「酔心」なら、飲み放題の場合、なれどの、2時間と、されててねえ。申せば、満員御礼状態でもないなら、その辺り、適当なれど、です。
まあなあ。
さりとての、2時間程度あれば、充分かと。
言うたら、飲み食いなら、2時間で、後は、適当に、喫茶店と、するのか、コーヒーでもと。が、相場哉と。


での、そんな次第の斯くなるでの、まずは、生ビールでもと。乾杯するかと。
とかとか、早々にもの、料理、喰てたらの、ンの、部屋の戸が開いて、ねえ。
店員でもないのが、入って、来てねえ。
ンの、話、簡単、ケンシン君。

あのなあの、何でやと。
とするのか、当方的、申せば、ケータイで、2度、電話するに、出て来ず。
メールでも、打電で、応答なく。

結果、家の方に電話したなら、ンの、当人出てねえ。当件、同窓会云々の話、伝えるに、足がと。諸般、喰うも、難儀の、ドクター・ストップが何たらでと。
言うしねえ。そかと。無理すなと。イヤ、ほんと。
てな事で、ケンシン君、欠席の事、当人をも、含めての、出席予定者には、打電。パソコンの、メールにて。

やから、当たり前に、欠席と、思てるのに、突如の現れて、ねえ。ゲの、へえと。何でやと。
と、するも、異なれど、です。
言うは、大阪在住なら、わかるですが。一寸、寄ったと。がしかしの、京都在住やしねえ。上京の方やしねえ。多分。
申せば、周辺、近くに、なら。北野天満宮があるし、ねえ。宝鏡寺があるし、ねえ。言い出せば、御所が、ありの、大徳寺もありので、ええ処。

オッとの、そんな事で、この界隈の住民でもなくの、何でやと。
言うてるの、一寸、寄った。でもあらへんし、ねえ。まさかの、他のグループでの話なら、あのなあと、成るですが。
でも、ないみたいでねえ。
兎に角、皆、ビクリの仰天。
したです。珍客登場で。
再度の、予定は、してへんかったし、ねえ。ケンシン君、残念乍らの、不参加の、仔細メールも、打電してるしねえ。言うてるの当人にも。
まあなあ。
顔出してくれて、結構なると。イヤ、ほんと。
(24/12/08)


NO.4659 立命館大学同期生、同窓会の話(3) 奥様、待たせてるの話

いやねえ。
突然に顔出したの、ケンシン君。
そらなあ。
最初っから、何故にと、思うですが。

当人の言。
約束出来ぬの状態ですて。足の調子も、日々違うしと。
そこで、実は、ケンシン君の嫁はんが、行くを、参加を促したですて。会える時、会おた方がと。

イヤイヤ、よっく、理解するです。
誰しも、この歳になればの、そんな風に考えもするです。よて、出て来てるです。当方にしたって、誰にしても。
言うは、そらなあ、最早の出慣れてませんです。JRに乗るも、年に、何回かと。下手したら、下手しんでもの、ン年に1回の、程度でねえ。

モと、言うたら、そもそもがの、大阪ねえ。界隈ねえ。動くねえ。それこその、エイジ君が、大阪此花区在住の時以来でして。現在、ほっきゃーどーの札幌、まあ、言うたら、出身地やねえ。戻って、17年。
結果的、以降、幹事的、当方でして。当方なら、大阪なんか、皆目、全く、全然の知らんし、ねえ。知ってるは、京都駅前、烏丸通りに面してるの、「酔心」なり、昼間でなら、「京すいしん」でして。

そらねえ。
京都駅のスグのそこやし、皆知ってるし。場所を。
何ちゅうても、京都駅やしねえ。一々の説明不要。帰るにしたって、駅が、そこやしねえ。申せば、JRでなら、何とでもなるです。
まあなあ。
阪急なら、高槻で、乗り換えの手があるんやねえ。当方、2度目なれどの、わからんわと。案内人、ヒロシ君が居てるが故、行けるですが。JRから、阪急の高槻駅に。

申せば、阪急高槻駅なら、次男の件で、行きはしてるですが。大阪医科大学病院が、目の前でして。
がしかしの、位置関係知らんです。


ンの、何の話。
オトトの、ケンシン君ねえ。まあ、言うたら、奥様の助言ですて。結構なると。
ンンの、での、後刻、知ったですが。後刻とは、一次会、「がんこ」。二次会、近くと、するのか、隣のビルの地下に行っての、喫茶部あって、ねえ。がらがらでねえ。

トトトの、そこで、解散になって、まあ、言うたら、京都方面故、一緒に、JRでと、思てたならばの、何と、マの、奥様と、一緒に来てるですて。へえと。
要は、その間、そこら、適当にの、同窓会も、終えたが故、ケータイで、連絡でもしてと。へえと。

まあ、言うたら、話、前後するですが。
彼、ケンシン君、飲まんからと、ノン・アルコールを注文してねえ。よて、車で、来てるかと、思いきやの、その喫茶店での話で、売ったと。えと。

実は、前回。
とは、昨年の事やねえ。同窓会では、車で、来てると。「京すいしん」に。
今の車は、面白いでと。いろいろ、してくれてと。フウンの、電気自動車<EV車>やったら、高いやろと。
結構なると。
まあ、言うたら、駐車も、セットしたら、してくれるしねえ。危険あれば、停止なり、してくれるしねえ。所謂の、サポート機能充実してるの車でして。

事故らんわと。
思てたらの、その喫茶店での、話の、諸般、売ったと。へえと。
何やら、奥様の評価、言では、彼の運転では、恐いと。危険が一杯と。言うしと。ンの、サポート機能付きなら、事故らんですが。余程の、無茶せぬの限りは。

オッとの、彼、真相、口にせぬだけの話の、要は、京都市内でして。現住所が。
ならばの、車ねえ。邪魔になるです。
そらねえ。
家に駐車場あっての、保管は出来るですが。車で、家出るに、さての、駐車場の事、大問題の、最重要事項。

申すは、出先の、家なりの、真ん前に、駐車なんか、出来ませんです。即の、駐車違反で、捕まるです。反則金取られ、当方みたいに、ゴールドが、ブルーにされるしねえ。
どちにしたって、京都市内在住の、高齢者なら、年間何千円か、年収にも、寄るの、1万円も、出せば、市電<地下鉄>、市バスは、乗り放題の、結構なると。
交通網なら、充実してるです。問題は、当世、インバウンドと、やらで、外人が多くてねえ。乗るにも大変があるですが。


オトトの、先走ったの話をしたですが。
まあ、言うたら、11時半集合が、「がんこ」。ケンシン君なら、12時過ぎかと。顔出したが。
そして、二次会の、地下の喫茶部。とか、言うても、「がんこ」の、ではなくの、隣の建屋、ビルの、でして。さあの、ぼちぼちの、解散するかと、話、成ったは、15時。

まあ、言うたら、その段階で、ケンシン君、奥様が、そこらに、居てると、言うて、ねえ。ゲと。
それなら、早くに言うてくれたら、気持ち、ダケでも、早くに、解散するのにと。イヤ、ほんと。
モと、言うたら、此度の、同窓会なるは、エイジ君が、こっちに、来るが、来年になると。要は、彼の場合、希望なら、11月のなるべくの、早め。雪なりの、影響考えずに済むの季節、時期にと、してて、ねえ。

どちにしろ、年内無理で、来年の、4月、5月頃にと、言うが故、そしよかと。してたら、ヒロシ君からの、連絡で、こっち組だけで、しやへんかと。
と、成ったです。


オッとの、いやねえ。
期せずして、急遽の、ケンシン君、顔出しての、結果的、基本的、エイジ君なら、ほっきゃーどーやしねえ。
そは、易々の出て来れずで、関西組だけで、会うねえ。
当然の、メールでは、九州の、アキノリ君なり、東京の、フミオ君等々にも、打電はしてるですが。まあなあ、余程でないと、無理承知。
がしかし、打電しておけば、その手、機会あれば、出て来るやろと。何かの、ついでに、でもと。

とかとか、何度でもの、この歳でして。
とりあえずは、1名、昨年、亡くなってもてねえ。メンバーが、減ったです。ヨシロウ君と、称するですが。この君ねえ。いつから、やろねえ。顔出しだしたが。
よくは、覚えてませんの、とりあえずは、奈良でして。の、シャープに勤めてて、ねえ。
参加し出してからは、毎年、顔出してたです。

まあなあ。
年賀状なら、ズと、往復してたですが。申せば、二浪でねえ。
二歳上になるですが。ではあっても、一番と、までは、言わんですが。姿消すとは、なと。

イヤイヤ、ヨシロウ君ねえ。
煙草は、吸うてたです。
結果、エイジ君、ヨシロウ君と、当方の3人が、喫煙者。
他の面々、吸わずでねえ。

とりあえず、当方、言うてるの、2021年9月26日から、止めたですが。
その原因の、理由の、一つには、この君、肺気腫と、言うててねえ。本当は、煙草止めた方がと、言いつつつの、吸うてたですが。
後年、5、6年前からかと。ICOSにし、出して、ねえ。
5、6年前なら、当方も、吸うてたですが。

亡くなったの原因なるは、肺気腫であると。へえと。
当方的には、止めて、正解と、思ててねえ。
いやねえ。
肺気腫ねえ。
大学の、ではないの、堀川高校の同窓生。マサノリ君からも、肺気腫云々聞いててねえ。イヤ、くれぐれもの、この君なら、生存してるですが。
それこその、ナメクジみたな、淡が出るですて。長ったらしい、淡が。
聞いて、ゲと。肺気腫は、恐いなと。

とかとか、当方的、煙草を止めたの原因、色々あるですが。
そらなあ。
一番手なるは、孫君4号誕生。
何度でも、言うの、五体満足、母子共健康でと。
は、叶ってるです。

まあなあ。
同窓会では、煙草の話は、出てませんです。皆、吸わへんし、ねえ。
むしろの、健康面の話やねえ。喫茶店では、自動車免許更新のための、認知機能検査の件。
オッとの、結果的、6人で、2人が、返納してるですて。へえと。
まあなあ。
言うたら、都会の子。爺さん。
むしろの、車は、邪魔になるです。さもありなんと。
(24/12/09)


NO.4660 立命館大学同期生、同窓会の話(4) 散髪屋の姉ちゃんの話

いやねえ。
本日<12月9日・月>、散髪に行ったです。
申せば、先週6日辺りが、候補的、適当なるの日。でしたが、言うてるの、大学の同窓会でして。大阪、梅田の、「がんこ」で。
ヒロシ君、何故か、何度も、強調の、ここの、「がんこ」は、「大阪本店」ですて。
で、何じゃの話の、要は、京都には、「京都本社」がある筈と。地域的、どこの都道府県になるのか、ないのか、知らんですが。

まあ、言うたら、「がんこ」も、方々に。しかし、関西が主と、思うですが。沢山出来てるです。
まあ、言うたら、所謂の、この手、料理屋、飲み屋の、チェーン店でして。この手、宴会なりには、持って、来い。
そらねえ。変な店に行って、ぼったくりに、遭遇するよりはと。とか、言うたって、この手、店では、騙されるは、ないと、思うですが。飲み屋や、あるまいにと。
まあなあ。
余計なるの話の、当方、下戸、ド下戸。かと、言うて、奈良漬けで、酔いはしませんですが。酒の臭い、酒粕で、二日酔いにも、成らんですが。

いやねえ。
ケンシン君なら、ノン・アルコールのビールを注文。当方ねえ。下戸ではあっても、諸般、飲みたいわと。
かと、言うて、他の面々の如くに、生中、2杯も、3杯もは、モ、結構の。さりとての、こんな場では、皆が飲むし、車でもあらへんし、ねえ。
がしかしの、下戸でして。
まあ、言うたら、生中、1杯は、一寸、モノ足らず。なれどの、調子に乗っての、2杯は、限度突破でねえ。イヤ、ほんと。

半分程度で、結構なる、けれどと。
てな事、言うたら、ケンイチ君、心配すなの、半分、飲んでやるでと。嗚呼、そかと。ならばの、1杯頼もかと。冗談でなくの、本気で、注文。
結果、元々の、空いたのジョッキに、半分入れて。注文のは、ケンイチ君に。
での、当方、このくらいが、丁度と、するのか、宜しくて。二次会では、喋りっ放し。それこその、ケンシン君なら、一次会で、喋りっ放しで、二次会では、何故か、大人しかったですが。その分、当方、呂律回って、ねえ。ビールが回って、ねえ。


オトトの、話、最初に戻すです。
散髪の話に。
基本、先週辺りにと、思いつつの、日が過ぎて、もてねえ。

いやねえ。
前回なら、10月10日に行ってるです。
<参考=「単なる雑談NO.424」NO.4601 tantoで、色々あるの日の話(1) 散髪屋に行くの話

申せば、本日、再度の、12月9日<月>でして。2箇月やねえ。前回から。
まあ、言うたら、当方的には、早くてねえ。基本、3箇月なれど、です。かと、言うて、これ以上、日が経って、年末になっては、なと。

そらなあ。
当方的、話簡単の、旧人類の、昔人間。であるは、自他共認めるです。
で、何じゃの話の、矢っ張り、正月迎えるに、頭は、散髪も、して、すっきり、させてと、思うがな。よて、当世、どか知らんの、年末になれば、なるの程に、大入り満員ではと、危惧してねえ。
言うは、まだ、空いてるの内にと。かと、言うて、当世、当方みたいに、考えるも、少数派、かも、なあと、思いつつの、午前中に済ませたいと、我が家なら、11時頃出たです。

オッとの、いやねえ。
前回、散髪してくれたの子。女の子でねえ。年齢全くの、なれどの、まあなあ。二十歳そこそこと、思てるです。
オトトの、いやねえ。
当方、再度の、旧人類、昔人間。
意味なるは、大体が、散髪屋では、世間話するが、通例でして。当方、したいの方でして。これは、基本、チェーン店ではなくの、独立店で、常連さんの場合の話やねえ。

チェーン店では、散髪してくれるの方、バラバラでして。
下手したら、毎回違うですが。行ってるの、店なら、チェーン店なれどの、大方なら、一緒の面々でして。但し、人が、替わって行ってねえ。何年保つかと。
イヤ、移動なりで、替わったり、辞めたりと、勝手に思てるですが。

いやねえ。
前回の子、女の子と、言うてるですが。何の話からかは、失念の。多分なら、車で、散髪屋では、方向的、店の駐車場には、駐め易いけれどの、出す。帰るに、反対方向やしねえ。出難いなあと。
そんな事から、この子、京都市内から、来てると。フウンの、当方、出生、市内やしねえ。どの辺りから、怪と、尋ねたならばの、右京の方と、言うし、ねえ。

フウンの、ならばの、イオンの、「ハナ」の辺り怪と、問えば、あのねえの、ハナは、昔の名前で、今は、「京都五条」なんですよと。
へえの、サヨかの、での、この子、その辺りからと、言うが故、あのなあの、その辺りなら、「ローム」があるやろなと。ありますねえの、返事故、当方、そこに、勤めてたんやと。

てな話から、話、盛り上がってねえ。
言うたら、彼女、元々は、銀閣寺の方なんですよ。と、言うし、ねえ。ならばの、一寸、離れてるけれどの、詩仙堂があるな。とか。
そらなあ、重々の承知してるです。その界隈。
狸谷不動さんが、あるし、まあなあ、平安神宮もあるし、ねえ。と、までは、言うてはないけれどや。

イヤイヤ、当方ねえ。
大きくは、四条大宮の方に居たと。まあなあ、四条の堀川でもええのやけれどと。申したならばの、堀川の方が、聞こえがええですよ。と、言うしで、何でと、問えば、道幅広いと。

フウンの、ついでになら、その堀川の、堀川高校が、母校やねえと。
ついでになら、これは、わからんと、思うけれどの、校名、違てるし、ねえ。大宮四条の、郁文中学校があって、ねえ。それも、出身なんやけれどの、少子化で、一旦廃校になって、ねえ。後刻、再開なれどの、校名替わって、ねえ。よ、覚えてえへんわと。
てな、話をしてねえ。

申せば、その子、ロームの近くのマンションでして。毎日、近くを通行してると。フウンの、さもありなんの。
何とか、言うたなあ。レクサスが出来た。スター・バックスが出来てると。フウンと。


オトトの、での、此度、居てるかなあと、思いの、入店したらの、うまい具合に、散髪してくれるの子、その子でねえ。
イヤイヤ、そのままに、言うたです。前、散髪してくれた、なあと。
申せば、ロームに行ったはったんですよ、ねえと、返事あって、ねえ。へえの、覚えてくれてたんやなあの、ありがとう。

再びの、話、盛り上がって、ねえ。イヤ、ほんと。
彼女、映画が好きで、過日、二条の映画館に行ったと。フウンの、当方的になら、イオン桂川が出来るまでは、そっちに、行ってたけれどの、イオン桂川には、映画館あるし、ねえ。車で、行って、駐車も出来るし、ねえ。
まあなあ。
二条の方なら、JRで行けば、楽やけれどと。
とか、言うても、コロナ以来、映画館には、行ってえへん、なあと。とか、言うても、大体は、精々が、年に、1回。よお、行って、2回哉と。
とかとか、結構、話の合うの子でねえ。結構なると。


オッとの、ドーソー会。
ボー年会の話が、飛んでもたけれどの、まあ、ええかと。
オトトの、まだまだ、話はあるです。
(24/12/10)