みんながパソコン大王
雑談<NO.70>

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表題一覧表

NO 表題 起稿 起稿日
雑談NO.71
990 インタビュー 青色LEDは“ベンチャー”から生まれた 中村修二氏(日経テクノロジー) 磯津千由紀 14/11/17
989 ウナギに続き、クロマグロも、絶滅危惧種に(毎日新聞) 磯津千由紀 14/11/17
988 バターがない! 五つの理由(毎日新聞) 磯津千由紀 14/11/13
987 低い断熱性なぜ放置、世界に遅れる「窓」後進国ニッポン (日本経済新聞) 磯津千由紀 14/11/13
986 今日のためしてガッテン「肝臓がん撲滅」 磯津千由紀 14/11/12
985 ローソンがAndroidからWindowsタブレットに替えた理由(ITmedia) 磯津千由紀 14/11/11
雑談NO.69

NO.985 ローソンがAndroidからWindowsタブレットに替えた理由(ITmedia)<起稿 磯津千由紀>(14/11/11)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/11 (Tue) 16:56

 こんにちは。


 タブレット(スレート・パソコン)でもWindowsのシェアが増えてるとは聞いてました。


> ローソンの売上増を担う重要職種「スーパーバイザー」。このキーパーソンに向け、同社はWindows搭載のコンバーチブル型タブレットに入れ替えた。その導入理由は何だったか。


> 大手コンビニエンスストア「ローソン」が、店舗拡大とともに急速にIT化、モバイルファースト化も進めている。

> コンビニ市場は、2003年度の約7.1兆円から、2013年度には年間10兆円(経済産業省「2013年度商業販売統計」より)に迫る規模があり、年々増加傾向にある。国内店舗数業界2位のローソンは、店舗数を全国1万1606店(2014年2月末時点)に拡充。海外でも中国やインドネシア、タイ、ハワイなどに出店し、意欲的に店舗数を伸ばしている。

> 昨今の人口動態や社会の変化に合わせ、コンビニの役割も変化している。これまでの中心ターゲットだった20代~30代の単身男性層に加え、女性やシニアといった客層までカバーし、これまで以上に地域別の需要に沿って店舗運営をしていく。コンビニを電気、ガス、水道と同等の“インフラ”として地域になくてはならない存在と位置付ける考え方だ。ローソンが2013年にキャッチコピーをマチのほっとステーションから「マチの健康ステーション」に変更したのもこの考え方の一貫だろう。

> より多様化するニーズ、激しくなる市場競争に対し、顧客への価値をより高めたい現場にどんな施策があるか。ローソンはこの一貫として「スーパーバイザーの生産性向上」のため1500台のコンバーチブル型Windowsタブレットを導入し、運用をはじめた。


> 経緯と課題:連絡手段と意識共有、社内システムにつながらない

> スーパーバイザーとは、フランチャイズ店舗の経営指導を中心に、本部と店舗のパイプ役を担う重要な現場担当者である。コンビニは本部とフランチャイズ加盟店で成り立っており、加盟店それぞれに独立したオーナーがいる。スーパーバイザーは実担当者として地域の各店を受け持つ。本部と店舗を行き来する外回りが主だ。

> 「彼ら(スーパーバイザー)の生産性をとにかく高めたい。ここは経営的な課題だった」。なお、その業務内容の詳細は、かつて大手コンビニの本部社員として活躍し、現在は店舗オーナーである、川乃もりや氏のBusiness Media 誠連載「ご一緒に“おでん”いかがですか」が、明るいのでぜひ参照願いたい。

> 具体的な課題は、

> •本部とスーパーバイザー間の情報や意識を共有できない(しにくい)
> •現場の状況を把握できない(しにくい)

> である。

> この課題解決のため、同社は2012年にAndroid搭載のタブレットを導入。メールなどが使える環境で現場と本部の状況を把握できるよう改革した。でも、思うほど効果は上がらなかった。

> なぜ効果が上がらなかったか。

> •ほかの業務に使えない
> •社内システムにつながらない
> •セキュリティの懸念

> が理由だった。


> 対策:社内業務管理システムと密に連携できる機器へ刷新

> スーパーバイザーからのニーズは、1台で

> •本部と、社内業務管理システムの情報を共有
> •紙ベースで集計していた各種報告リポートの電子化、事務処理時間の削減
> •店舗への経営指導業務の時間創出
> •新製品情報の確認
> •本部キャンペーン情報の確認
> •店舗施策計画の確認とアップデート
> •店舗巡回時のToDoリストを都度チェックして報告
> •自席ではキーボード付きのWindowsノートPCとして

> の業務をカバーすること。タブレットで先行した他プラットフォームのデバイスは、自社業務管理システムと連携性が悪く、結果として作業性はあまり高まらなかった。

> これをWindows搭載のコンバーチブルタブレットに入れ替えることで、社内業務管理システムと密に連携できるようになった。


> 成果:本部と店舗、それぞれより密で具体的な経営指導ができるように

> 業務システムと連携しやすいスーパーバイザー向けモバイル環境の再構築により、

> •本部とリアルタイムに情報と意識を共有できる体制になった
> •店舗オーナーとのコミュニケーションもよりうまく回るようになった

> という。

> 「別店舗からのフィードバックも即座に対応でき、リアルタイムに把握できる仕組みを整えたことで、業務効率は高まる。オーナーにもビジュアルで分かりやすく伝えられ、その場で業務管理システムにある別の情報を引き出しながら、より密で具体的な経営指導ができるようになる」。今後、売上高として数値に表れてくる部分と期待される。


<参考=「ローソンのキーパーソンが、「Windowsタブレット」に乗り換えた理由」(ITmedia)>


NO.986 今日のためしてガッテン「肝臓がん撲滅」<起稿 磯津千由紀>(14/11/12)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/12 (Wed) 22:10

 こんばんは。


 C型肝炎ウイルスをやっつける新薬が出来た由。
 B型肝炎ウイルスの活動を抑える新薬が出来たという。
 肝炎に感染してるかの検査は大半の自治体で無償とのこと。

 私事ですが、私の母は、C型肝炎ウイルスが発見される前の時代の手術の輸血が原因と思われますが、C型肝炎ウイルスに感染しています。
 当時は、今C型やD型と呼ばれてるものは、非A非B型と呼ばれていました。

<参考=「『3分で8割減! 肝臓がん撲滅SP』(PDF)」(NHKためしてガッテン)>
<消滅・17/04/06>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/12 (Wed) 23:25

 シバケン様、こんばんは。


 「情報」に分類されるかな~と思って投稿したら「雑談」になりました(笑)。
 「雑談」と「話題」と「情報」の、ときによっては「自説」と「助言」にも、どれに分類されるかの基準が、よく分からないですね~(笑×2)。


【シバケン】 2014/11/12 (Wed) 23:55

「分類」の話<汗>

イヤ、
正直には、時々に揺れてるです<大汗>
要は、ええ加減ですが。

概ねですが、パソコン関連、「情報」。
「話題」は、テレビ報道に連日取り上げられてるよな、時事問題や、政治的な事に成るですねえ。
「雑談」は、迷た時<!>

結果的、
「Thema」を設けまして。当投稿については、「医療」に加えてるです。


NO.987 低い断熱性なぜ放置、世界に遅れる「窓」後進国ニッポン (日本経済新聞)<起稿 磯津千由紀>(14/11/13)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/13 (Thu) 14:27

 こんにちは。


 気密性はC値で表わします。熱損出係数Q値と合わせて住宅の断熱性能を示す指標になっています。
 熱貫流率U値は個々の素材の断熱性能の指標となります。

 うちも知らずに、50年近く前(築150年前後)に、傷んだ窓を軒並みアルミサッシに替え雨戸も撤去してしまいました。


> 松尾和也 松尾設計室代表

> 日本の住宅の断熱性能が相対的に低いことをご存じだろうか。部位ごとにみれば窓の性能に大きな課題がある。窓の重要性について啓蒙活動を続ける松尾設計室の松尾和也代表は、「『窓』先進国の欧州に比べればもちろん、日本と気候が近い中国や韓国にも劣っている」と話す。松尾代表に、近年の傾向を踏まえて解説してもらう。


> 日本は世界から見て、「ものづくり先進国」「超一流の工業国」というイメージがあると思います。しかしながら窓に限っては全く逆で、日本の工業製品の中でほぼ唯一といっていいほど、レベルの低い状態が続いてきました。

> まずは、その証拠として世界各国の窓の断熱性に対する最低基準と日本の窓の実態を比較してみましょう。

> 窓の断熱性能は、「熱貫流率」という指標で比較します。U値とも言い、単位はW/m2(平方メートル)・Kです。1m2当たり、かつ1時間当たりに通す熱量を表し、小さいほど熱の出入りが少なく高性能であることを意味します。多くの国では窓の重要性がよく認識されており、U値に関して最低基準を設けています。その値をまとめたのが上の表です。

> 日本には非常に残念ながら、いまだに最低基準が存在しません。よくあるアルミニウム製の枠に一重(単板)のガラスを使った窓は、U値が6.5W/m2・Kと、とんでもなく低性能な値ですが、今もこうしたタイプの製品を販売することが許可されています。日本に5700万戸あるといわれる住宅の8割以上は、U値が6.5W/m2・Kというレベルでしかないといえます。


> ■1999年制定の基準が現役

> 既存住宅は仕方がないとしても、新築住宅においても売れ筋の7割が4.65W/m2・Kという低いレベルにとどまっています。国内では窓の性能は星の数で表しており、その評価は下記のようになっています。

> 冗談みたいな話ですが、次世代省エネ基準という1999年(平成11年)に定められた基準が、いまだ住宅業界では「あがり」としてあがめられる風潮があります。基準値は地域によって異なり、東京や大阪など大半の地域を含むエリア(旧・IV地域)については、あろうことか、窓性能の目安として4.65W/m2・K以下と書かれているのです。


> ■欧州だけが高基準にあらず

> 「欧州は省エネや断熱の基準が厳しすぎるから、それと比べるのは酷だ」。こんな意見がよく聞かれますが、それは欧州だけの話ではありません。お隣の韓国と比較してみましょう。

> 東京や大阪に該当する地域(図のSouth Zone)の戸建て住宅(同Detached house)に対する最低基準は2.7W/m2・K、推奨基準は1.6W/m2・Kです(60m2超)。これが意味するところは、同じくらいの温度域での比較では、今の日本の最高基準(2.33W/m2・K)が韓国の最低基準程度でしかないことを表しています。

> さらに、日本では最近まで、断熱性能に有利な樹脂製の枠と三重(トリプル)のガラスを使った製品は、ほとんど販売されていませんでした。その状況下では、日本の最高レベルのサッシが韓国の推奨基準に達することができなかったのです。

> では、中国と比較してみましょう。

> この資料は2012年に作成されたものですが、既に東京や大阪と同じ温度域においては最低基準が2.5W/m2・Kとされており、韓国と同等の厳しさとなっています。

> さらに、2015年をめどにこの基準が2.0W/m2・Kまで厳格化されることが検討されています。

> こうしてみると、いかに日本の窓が世界的に遅れているのかが分かります。日本メーカーなのに、中国に向けては日本国内向けよりも性能の高い窓を出荷している会社があるほどです。


> ■暑さの7割、寒さの6割は窓が原因

> なぜ、世界各国がこのように窓の高性能化を厳格に進めているのか。もちろん、理由があります。

> 日本建材・住宅設備産業協会の調べによれば、住宅で生じる熱の損失を部位ごとに相対化してみると興味深いことが分かります。窓などの開口部を通して、冬に暖房の熱が逃げる割合は58%、夏の冷房中に入ってくる割合は73%にも及びます。暑さの原因の7割、寒さの原因の6割が窓とみなせます。

> もちろん、家の断熱性能や形状などによって異なります。国によっても異なります。しかし、どの国でも暖房にかかるエネルギーはかなり大きな比率を占めており、窓はその原因の半分以上を占める部位なのですから、規制を厳しくするのは極めて合理的なわけです。

> 日本の住宅の冷房エネルギーについては、年間を通せば暖房の10分の1程度しか使われません。しかしながら、最も暑いとされる8月15日の14時頃は、1年で最も電力需要の高い時期でもあります。発電所の設備はこの時期の需要量をベースに計画されているので、暑さの原因の7割を占める窓を高性能化することは、やはり大きな意義があります。


> ■アルミの枠は熱が逃げやすい

> 窓は枠とガラスで構成されています。このうちガラスの方はそれほど諸外国に比べて劣っているわけではありません。ペアガラス(複層=二重)やLow-Eペアガラス(低放射)といったガラスは、かなり一般化してきました。

> 問題は枠にあります。断熱性能が低い窓枠は、あたかも隙間風が吹き込むかのようです。日本のサッシの大半は、枠がアルミでできています。理由はアルミが加工しやすい、工場のラインがアルミ向けであるといったことにあります。しかし物理的に考えれば、枠にアルミを使うことはあり得ません。断熱性能の目安となる熱伝導率で各材料を比較してみれば明らかです。

> 熱伝導率は、アルミかそうでないかで約1000倍も異なるのです。だから世界的にはサッシの樹脂化や木質化は当たり前になってきています。

> 米国では全50州のうち24州でアルミサッシが禁止されています。日本で売られている4.65W/m2・Kレベルのサッシは大半がアルミでできていて、アングルと呼ばれる室内側の部位だけが樹脂でできている「樹脂アングルサッシ」と呼ばれるものです。これが売れ筋の7割を占めます。

> 大手住宅メーカーの大半が採用しているのはU値2.9W/m2・K(Low-Eペアガラス利用時)もしくは3.5W/m2・K(普通ペアガラス利用時)で内枠が樹脂、外枠がアルミでできた樹脂アルミサッシというものです。なかには、これを「樹脂サッシ」と呼ぶ人も存在します。


> ■ペアガラスでも結露の恐れ

> サッシに比べるとガラスはマシと言いましたが、2点ほど指摘しておきます。

> まずは複層ガラスを構成する部材「スペーサー」についてです。ガラスを2枚重ねる場合、間に空気層を設けます。空気はガラスよりも熱を伝えにくく、空気があることで窓全体の断熱性能が向上します。その空気層を設けるため、ガラスの周囲に挟み込む部材がスペーサーです。

> 日本製の複層ガラスのスペーサーは、ほぼ100%がアルミでできています。これも物理的に考えるとあり得ない話です。そもそも断熱性能を上げるためにスペーサーを使っているはずなのに、その部材が熱を通しやすい材料で作ってあるわけです。いま欧米では、樹脂とステンレスを複合して作っている樹脂スペーサー(ウォームエッジともいう)と呼ばれる部材が徐々に拡大しています。

> スペーサーの断熱性能を上げることは窓全体の性能向上につながりますが、それ以上に結露を防ぐという面で大きな意味を持ちます。

> どんな窓でも最も結露する可能性が高いのは、下枠とガラスが接する近辺です。人間の健康に理想的な冬の室内環境は、室温が20℃で相対湿度が50%程度とされており、この状況では外気温が低いと、すべての樹脂アルミサッシで結露が発生します。

> 結露が発生するか否かは、まず枠が樹脂か木なのか、それ以外なのかでほぼ決まります。枠とガラスの断熱性能を比較した場合、一般的には枠の方が低いので、結露が生じるかどうかは枠の性能に引っ張られます。上記の室内環境で外気温が0℃であれば、結露が始まる温度(露点)は9.3℃です。アルミの枠では多くのケースで結露してしまいます。


> ■樹脂スペーサーで表面温度2℃上がる

> では、樹脂の枠でありさえすれば絶対に結露しないのかといえば、そんなことはありません。普及レベルで最高性能の樹脂枠、16mm(アルゴンガス注入)の空気層を持つLow-Eペアガラスというサッシについて、実際にほかの条件を変えて比較してみました。

> アルゴンガスの有無と樹脂スペーサーの有無の計4パターンで下枠の温度を比較したグラフを示します。アルゴンガスは窒素と酸素で構成する空気に比べて熱伝導率が低いため、断熱性能を高めた複層ガラスの空気層に使われることがあります。

> このグラフを見れば分かると思いますが、アルゴンか否かによる下枠表面温度の差はせいぜい0.2~0.3℃程度しかありません。しかし、スペーサーが樹脂なのかアルミなのかによって、2℃程度も違うのです。しかもこの2℃の間には、結露が発生するかどうかの境目である9.3℃というラインが含まれています。樹脂スペーサーであれば、空気層がアルゴンでなくても結露しないことが分かります。

> 「たかが結露くらい」と言われる方がいらっしゃるかもしれません。しかし、過去に日経アーキテクチュアが住宅の不満について住まい手1万1000人を対象に実施したアンケートでは、結露が不満ランキングの3位に堂々入っています。


> ■「結露は瑕疵」の欧米

> 先の日本建材・住宅設備産業協会の調べによれば、窓など開口部からの熱損失は、少ない方の冬でさえ58%であり、次点の外壁15%と換気15%と比較しても圧倒的に大きくなっています。窓の設計が最優先かつ最大の課題であるのは、このためです。

> 窓の性能で最も重要なのはU値ですが、日本ではこのU値の表示方法に課題があります。

> 諸外国では枠とガラスを別々に計算します。同じ製品でも開き方や面積が違うと1枚ごとにU値を別々に表示するのが一般的です。我が国ではそうなっていません。窓からの熱損失は最も大きな割合を占めるにも関わらず、その窓のU値がかなり概略の表示になっています。

> 例えば2.33W/m2・K以下という表示であっても、実際には1.7W/m2・Kのものがあったり、ひどい場合は2.33W/m2・Kを超えるものも存在するのが実態です。その結果、正確な情報が分かりにくくなっています。

> ドイツやオーストリアでは窓の結露はもちろんのこと、壁体内の結露においても徹底的に抑制が図られます。「建築物理上、結露を引き起こすのは誤った設計であり、人の健康を害するから瑕疵である」という考え方が根底にあります。事の重さを痛感します。

> オーストリアでは鉄筋コンクリート(RC)造マンションなどは、コンクリートの水分がほぼ抜けるまでの2~3年は家賃が低く貸し出されるということも聞いています。そもそも欧州のマンションは外断熱工法なので、結露は日本に比べてはるかに少ないのですが、そのうえでの話です。

> 一方、日本なら築後2~3年は賃料が最も高く取れる時期です。それどころか日本ではほぼ全てのマンションで、北側の部屋が結露に悩まされています。マンション販売会社によっては、「加湿器を止めてください」にとどまらず、引き渡し時に除湿機をセットにして渡している会社さえあります。

> 居住者の健康に対して国や建築関係者がどう考えるか、「健康で文化的な生活を送る」に当たって温度や湿度といった重要条件をどう考えているのかがよく分かる一例です。少なくとも、欧米の大半の国ではこうしたことを「基本的人権」と捉えて重要視しています。


> ■2014年は「窓改革元年」

> 欧州ではこれまで20年以上かけて、地道に、まずは断熱強化に取り組んで来ました。一定の成果が見えてきたということで、ようやく一次エネルギー基準に取り組み出しています。

> 一方、日本の政策は、断熱性能の低い状況を放置しながら設備機器によって一次エネルギーさえ減らせれば良いと考えている節があります。エネルギー輸入量、光熱費、CO2(二酸化炭素)排出量を減らすことが目的で、住む人の快適性や健康といったことは二の次になっています。家を建てるお金を払うのも、そこに数十年住み続けるのも住人であるのに、その住人のことが第一に考えられておらず、窓メーカーも法律や基準も現状に甘んじています。

> とはいえ、2014年に入ってから日本の窓メーカーに、この状況を改善していこうという気運が生じています。現在は各社がU値1W/m2・K前後と世界レベルのサッシを発表しています。北海道や東北、日本海側の地域ではこのレベルが必須といえます。東京や大阪の近辺でも、U値1.5W/m2・K程度の窓が、健康で快適でありながらトータルコストを安く抑えるのに必須のアイテムです。

> 2014年は、こういった窓が普及し始める「窓改革元年」です。メーカー側がこうした窓を発売したからには、次は設計者や工務店が使う番です。

> 窓を製造する側の事情に基づいて作られた基準をベースに設計を行うことは、全く意味がありません。設計者、工務店は誰の家を作っているのかをきちんと考えれば、不十分な基準に基づいて自社仕様を決めることは絶対にあり得ないはずです。


> 松尾和也(まつお・かずや) 松尾設計室代表、パッシブハウスジャパン理事。1975年兵庫県生まれ、1998年九州大学建築学科卒業(熱環境工学専攻)。日本建築家協会(JIA)登録建築家、一級建築士、APECアーキテクト


> [ケンプラッツ2014年9月25日付記事を基に再構成]

<参考=「低い断熱性なぜ放置、世界に遅れる「窓」後進国ニッポン」 (日本経済新聞)>


NO.988 バターがない! 五つの理由(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(14/11/13)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/13 (Thu) 19:25

 こんばんは。


 当方でも、スーパーマーケットにバターがなく、訝っておりました。


> グラタンを作ろうと冷蔵庫を開けたらバターが切れていた。近所のスーパーを3軒はしごしたが、ない、ない、ない! あるのはホテル仕様の高級商品だけ。聞けば全国的に「バター不足」という。なぜバターは消えたのか。そこから見えてくるのはなにか。【小国綾子】


> 「一足違いで売り切れました」。東京都練馬区のスーパー「アキダイ」で秋葉弘道社長は申し訳なさそうに言う。「今月初めに国産メーカーのバターを入荷したが10日ともたず売れてしまいました。不足は深刻で月1回の入荷が精いっぱい。11月中の再入荷はもう無理です」。バターの棚は空っぽだ。

> クリスマスを前に洋菓子業界も深刻だ。「安いバターは普段の倍、高級バターも3割くらい値上がりしている」と全日本洋菓子工業会の副理事長で、東京都千代田区の老舗洋菓子店「ゴンドラ」の細内進社長。「うちの店は春先から不足を予想し、地下の大型冷蔵庫に在庫を確保したが、業界ではマーガリンやショートニングに切り替えた店もあるようだ。円安でチョコレートやアーモンドなど輸入品も値上がりしダブルパンチです」

> 牛乳やチーズの棚はいっぱいなのに、なぜバターだけが不足するのか。


>  ◇1 需給調整役

> 農水省牛乳乳製品課の担当者は「原因は国内の生乳生産量の減少」という。2013年度の国内生乳生産量は約745万トンで前年比2・1%減。14年度上期(4〜9月)は前年同期比2・5%減だった。

> 「国内で生産された生乳の半分は牛乳となる。牛乳は保存性がなく、国民に不可欠な飲料なので最優先で確保する。牛乳需要を満たしてから生クリーム、チーズに割り当て、最も保存の利くバターや脱脂粉乳は後回し。生乳の需給調整役なのです」(同課)

> つまり生乳生産量が減ると真っ先にバターが消える。実際、14年4〜9月、バターと脱脂粉乳に回された生乳は前年同期より8・8%減った。ではなぜ生乳が減ったのか。

>  ◇2 昨夏の猛暑

> 農水省は直接の引き金を、昨夏の猛暑、それも北海道の気温の高さと見る。「暑さで乳牛の体力や免疫力が落ち、多くの牛が乳房炎にかかった。抗生物質を投与するため、回復後もしばらく生乳を出荷できない。体力の落ちた牛は種付けもうまくいかず、猛暑の影響はその後1年以上引きずることが多い」という。

> 北海道の生産量は昨夏から今春の多くの月で前年より3、4%も減っている。牛はデリケートな生き物なのだ。ところが「猛暑? そんな一時的な問題じゃない」という声が酪農家から聞こえてくる。

>  ◇3 酪農家の減少

> 「問題の根は深い。北海道では毎年200戸の酪農家が消えている。しかも若い人、経営力のある人からやめていく」と指摘するのは、北海道新得町で乳牛600頭を飼育する有限会社「友夢(ゆうむ)牧場」社長、湯浅佳春さんだ。このままでは離農は止まらず、生乳生産量は減少し続ける恐れがあるという。

> 離農の原因は高齢化や後継者不足などさまざま。しかし「最大の原因は経営が大変だから。円安で餌が昨年、今年と1割ずつ値上がりしている。ところが乳価(生乳販売価格)はほとんど上がらない。せめて乳価をもっと上げてくれないと、酪農家は頑張る意味を見いだせなくなっている」。

> 乳価は各地の農協連合会などの生産者団体と乳業メーカーとの交渉で決まる。「1キロ90円で生乳を売るんですよ。ミネラルウオーターより安いのか、とがっかりします」と湯浅さん。

> 内外の酪農政策に詳しい鈴木宣弘・東大教授は「日本は生産者団体に比べ、買い手側の交渉力が強く、乳価がなかなか上がらない。最近は大手スーパーや量販店が価格決定の主導権を握り、牛乳を安売りの目玉商品とするため、値崩れしやすいことが背景にある」と指摘する。

> 酪農家はこの10年で約1万戸減り、13年、とうとう2万戸を割り込んだ。湯浅さんは「酪農家の経営はもうギリギリ。今は肉の方が高く売れるため、乳牛ではなく和牛を種付けする酪農家も増えている。ますます乳牛頭数は減り、生産量が減る恐れがある」と打ち明ける。

> 酪農家が後継者確保や設備投資をためらうのにはもう一つ理由がある。日本の酪農の将来が見えないのだ。

>  ◇4 TPPの行方

> 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の重要5項目の一つが「乳製品」。日本乳業協会の試算によると、TPP参加でバターが自由化されれば、国内市場839億円のうち85%程度が輸入品に置き換わり、国内製品のみの市場規模は126億円に縮小するという。酪農家の受ける打撃は計り知れない。

> 消費者にとっては「バターが安く買える」わけだが、鈴木教授は警鐘を鳴らす。「中国などを中心に需要が増えた結果、世界的に乳製品は品薄で高騰している。子供を育てるのに不可欠な乳製品を輸入ばかりに頼っては、食の安全保障は守れない。バター不足だけで消費者がこれほど困るのだから、牛乳が手に入らないとなればどうなりますか」。バターが足りないなら輸入すればいい、という単純な話ではないのだ。

>  ◇5 輸入のさじ加減

> 現在、国は国内の酪農家を保護するため、バターや脱脂粉乳に高い関税をかけ、農畜産業振興機構に独占輸入させることで、輸入量を管理してきた。ところがこのさじ加減が難しい。

> 今年は不足を見込んで、5月にバター7000トンを緊急輸入。さらに9月、バター3000トンと脱脂粉乳1万トンを追加輸入した。年に2度の緊急輸入は異例中の異例だ。08年の緊急輸入では翌年の在庫のだぶつきを招いた。需給バランスが崩れれば、生産調整につながりかねない。

> 鈴木教授は「米国では、生産コストと市場価格との差額を政府が補填(ほてん)する制度がある。カナダでは酪農家の生産コストをカバーできる水準の買い上げ価格を政府機関が提示する。そうやって酪農家の経営を支えている。一方日本では、飲用牛乳には生産コストが膨らんでも収入がカバーされる保障がない。このままではバターばかりか日本の牛乳は守れません」と言い切る。

> 「消えたバター」は、日本の酪農政策からTPPにまでつながっている。


<参考=「特集ワイド:バターがない! 五つの理由」(毎日新聞)>
(閲覧には無料の読者登録が必要)
<消滅・削除・15/11/18>


NO.989 ウナギに続き、クロマグロも、絶滅危惧種に(毎日新聞)<起稿 磯津千由紀>(14/11/17)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/17 (Mon) 16:05

 こんにちは。


 脂が乗った鮪の刺身までなくなるのか<!>。
 近大鮪の発展に期待。


> ◇カラスフグとアメリカウナギも

> 国際自然保護連合(IUCN)は17日、絶滅の恐れのある生き物を掲載した最新のレッドリストを公表し、すしなどに使われる太平洋クロマグロを絶滅危惧種に指定した。漁獲禁止などの法的拘束力はないものの、世界最大の消費国である日本は保護策の強化を迫られそうだ。日本人の食と関係が深いカラスフグとアメリカウナギも絶滅危惧種に分類された。

> IUCNは、これまで太平洋クロマグロを絶滅の恐れが小さい「軽度懸念」に分類していたが、再評価の結果、絶滅危惧種の中で3番目にリスクが高い「絶滅危惧2類」に引き上げた。背景として「アジアに集中するすしや刺し身のための漁業」を挙げ、未成魚で捕獲されて繁殖の機会が奪われたことによって、過去22年で19〜33%も減ったと推定した。ブルース・コレット・マグロ類専門家グループ部会長は発表文で「(日本が主な漁場とする)中西部太平洋で保護を進めなければ、短期的な状況の改善は望めない」と警告した。

> 水産庁によると、太平洋クロマグロの親魚(4歳以上)の資源量は1961年に推定14万トンあったが、2012年は同2.6万トンに減り、過去最低だった84年の1.9万トンに近付いている。漁獲量の約9割は30キロ未満の未成魚で、このうち日本が6割、メキシコが3割、韓国が1割を占める。

> レッドリストは絶滅の恐れのある野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約の対象種を決める判断材料となる。16年に南アフリカで開かれる同条約締約国会議で、これらの種を規制対象とすべきか議論される可能性がある。

> IUCNはさらに、高級魚トラフグの代用として国内の専門店などで流通するカラスフグを「乱獲により過去40年で99.99%減った」として、絶滅リスクが最も高い「絶滅危惧1A類」に指定した。また、6月に初めて絶滅危惧種入りしたニホンウナギの代用として日本に輸入されているアメリカウナギも、ニホンウナギと同じ「絶滅危惧1B類」に分類した。いずれも日本人の食生活や日本向け漁業の影響が大きいと考えられる。【阿部周一】


> ◇国際自然保護連合(IUCN)のレッドリスト

> 絶滅の危機にひんする動植物の一覧。専門家が複数で評価し、保護の必要性に応じて、既に絶滅した種、絶滅危惧種、準絶滅危惧種、軽度懸念、情報不足に分類する。絶滅危惧種は、リスクの高い順に▽1A類(ごく近い将来に野生での絶滅の危険性が極めて高い)▽1B類(近い将来に野生での絶滅の危険性が高い)▽2類(絶滅の危険が増大している)−−に分かれる。最新レッドリストでは、これまで評価した7万6199種の29%に当たる2万2413種が絶滅危惧種として掲載された。


<参考=「絶滅危惧種:太平洋クロマグロを指定 IUCN」(毎日新聞)>
<消滅・削除・15/12/10>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/17 (Mon) 16:13

副題=クロマグロ:「食べられなくなるの!」絶滅危惧種指定(毎日新聞)

 こんにちは。


 庶民は食べられなくなる訳ではなさそうです。


> ◇法的拘束力ないが、日本は資源回復に本腰入れる

> すしネタや刺し身に欠かせない太平洋クロマグロが絶滅危惧種に指定されたが、指定に法的拘束力はなく、取引が規制されて食べられなくなるわけではない。とはいえ、今後は太平洋クロマグロがワシントン条約で輸出入の規制対象となる恐れもあり、世界最大の消費国である日本は資源回復に向けて主導的な役割を果たしていくことが求められそうだ。

> 絶滅危惧種の指定により太平洋クロマグロの価格は上がる可能性もあるが、国内で流通しているのは他にも大西洋クロマグロ、ミナミマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガがあり、マグロ全体の価格への影響は限定的とみられる。

> 水産庁によると、太平洋クロマグロは乱獲などが原因で減少し、2012年の親魚の量は約2.6万トンと、過去最低だった1984年の約1.9万トンの水準に近い。一方、大西洋クロマグロは漁獲を規制した結果、資源が回復傾向にある。

> 資源管理では、太平洋クロマグロを扱う「中西部太平洋マグロ類委員会」の小委員会が9月、重さ30キロ未満の未成魚の漁獲量を02〜04年平均から半減することで合意。2015年から適用され、日本などは資源回復のために本腰を入れる。

> ワシントン条約の会合では10年に大西洋クロマグロの国際取引の全面禁止を提案されたことがある。この時は否決されたが、今後の会合で太平洋クロマグロが同様の提案をされる可能性もあり、日本は関係国と協力して資源回復を急ぐ必要がある。【田口雅士】


<参考=「クロマグロ:「食べられなくなるの!」絶滅危惧種指定」(毎日新聞)>
<消滅・削除・14/12/18>


NO.990 インタビュー 青色LEDは“ベンチャー”から生まれた 中村修二氏(日経テクノロジー)<起稿 磯津千由紀>(14/11/17)


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/17 (Mon) 18:22

 こんばんは。


 中村修二氏のインタビューです。長いです。

 技術の話がメインではなく、技術者待遇の話や技術者の仕事スタイルの話が多いです。
 これが本当なら、技術立国日本は凋落したことも、頷けます。


**** 以下引用 ****


インタビュー
青色LEDは“ベンチャー”から生まれた
中村 修二氏
米University of California Santa Barbara校(UCSB) 教授


この記事は日経エレクトロニクス Digital会員限定ですが、
2014年12月31日までは特別に誰でも閲覧できるようにしています。


2014年のノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏のインタビューの詳細版をお届けする。現在の研究テーマ、ベンチャー企業設立の経験から感じた日米の起業環境の違い、青色LED開発を成功させた要因などについて、思う存分、語ってもらった。2時間半にわたったインタビューの全貌を掲載する。(取材班)


― まずは、おめでとうございます。

中村 ありがとうございます。

― 実際、今年ぐらいに受賞しそうだという感じはあったのですか。

中村 過去の状況を見てみると、ノーベル物理学賞は分野ごとに順番で受賞しているんです。LEDといった固体物性での成果は、4年置きに受賞しています。その順番からいえば、今年はちょうど固体物性が受賞する年。ですから「ひょっとしたら」という感じはありました。周囲の様子からも、何となくそういった兆候を感じていました。なので、ノーベル賞の発表がある日はなかなか眠れなくて。明け方に電話がかかってきて、「ああ来たか」と。

― ある程度は受賞する覚悟があったということですね。

中村 今年でなければ、次は4年後ということになります。ただ、今年受賞できなければ、もう青色LEDでノーベル賞を受賞するのは難しいのかなと思っていました。青色LED製品を発表したのが1993年で、もう21年もたっていますから。

― ちなみに、受賞を知らせる 電話はどんなふうにかかってくるんですか。

中村 いきなり英語で「You got a Nobel Prize in Physics with professor Akasaki and Amano」。そんな感じです。


世の中に役立ったことが認められた

― ノーベル物理学賞は、対象が基礎理論を対象にすることが多いですね。青色LEDの実用化という「ものづくり」が受賞したことについて、どう思われましたか。

中村 先にもお話ししましたけど、もし今年もらえなかったらもう無理だと思っていました。やはり、ものづくりではもらえないんだと。

 例えば、4年前に固体物性分野で受賞したのは「グラフェン」です。ご存じでしょう、グラフェンの本格的な応用はまだ先です。基礎理論を固めて、「将来、あんなことやこんなことに使える」と言っている段階です。つまり、応用ではなく理論で受賞というのが、ノーベル賞のこれまでの傾向ですよね。実際に製品まで作った「ものづくり」に対するノーベル賞の授与はめずらしい。ゼロではないですけれど、これまではほとんど全部、基礎理論での受賞でした。

― ただ、受賞をされたということは、青色LEDを基にした白色LEDの登場で、世の中に大きなインパクトを与えたと認められたわけですよね。

中村 そうですね。たぶん省エネに大きく貢献したということが認められたのでしょう。世の中にいかに役に立ったかが重要なのだと思います。

― 赤崎さんや天野さんとの共同受賞は、想定されていたのですか。

中村 同時受賞できれば光栄だと思っていました。ただ、米国での予想は違っていましたね。ニック・ホロニアックさんをご存じですか。最初に赤色LEDを作った人です。日本では、「日本国際賞」を受賞しています。米国での予想は、「中村やニック・ホロニアックなどが受賞するのでは」というものでした。あくまでそれは米国でのことで、日本の専門家の方はみなさん赤崎先生を推していたと思います。

― ノーベル賞を取って、これから中村さんの周りとか、中村さんご自身が変わるところはありますか。

中村 私が変わることはないと思います。いろいろもらった賞のうちの1つということです。

― 米国はどうですか。やはりノーベル賞を取った、取らないで変わるのですか、周りの目とか。

中村 変わらないですよ。米国でそのことが報道されるのは、ノーベル賞の発表日、当日だけですから。あとはもうゼロです。

― 向こうのテレビとかには出られたのですか。

中村 ええ、テレビには出ました。でも、その日だけです。

― 中村さんはベンチャーをやられていると思いますが、ベンチャーキャピタルの見方も、あまり変わらないのですか。

中村 そこはちょっと変わりましたね。やはりノーベル賞をもらった人間がいるというので。

― キャピタリスト受けは良くなるわけですね。

中村 いいですね。実際、あるベンチャーキャピタルなどは、私がノーベル賞をもらったその日に入金してくれましたから(笑)。

― ほかの企業などから誘われたりはしないですか。ベンチャーを作るときに、ちょっとアドバイザーで入ってほしいとか。

中村 ありますね、もうメールで何件か来ていますよ。


半導体レーザーで革新再び

― 現在のお仕事について教えてください。今でも、まだCree社と仕事をされているのですか。

中村 いえ、ほとんど関わっていません。もしCree社が裁判に巻き込まれたら、知的財産権関係で手伝うだけです。技術的なコンサルティングはもうやっていません。

― 企業ですと、どこと仕事をされていますか。

中村 例えば、韓国のSeoul Semiconductor(ソウル半導体)社の技術コンサルタントをやっています。あと、米Soraa(ソラ)社というベンチャー企業のファウンダーの一人です。これとは別のベンチャー企業にもファウンダーとして関与しています。

― 「別のベンチャー企業」とは、何を手がける会社でしょう?

中村 レーザーダイオード(半導体レーザー)です。

― 日本企業との連携はないのですか。

中村 ないです。UCSBには、SSLEC(Solid-State Lighting and Energy Center:固体照明エネルギーセンター)があり、企業と共同研究しています。以前は、参加している約12社のうち6社ぐらいは日本企業でしたが、去年(2013年)から「資金がない」との理由で多くの日本企業が撤収しました。今でも残っている日本企業は三菱化学など2社です。

― なるほど。では、中村さんの研究室にはあまり日本人はおられないのですね。

中村 そうですね。2社から社会人が来ているだけで、学生はもう何年も前からいないです。

― 手がけられている半導体レーザーですが、用途は何を想定されているのでしょうか。

中村 まずはレーザープロジェクターです。このプロジェクターを使えば、床や天井など、あらゆる場所に映像を投影できるようになります。しかも、安価に大画面を実現できる。100インチを30万~50万円で実現できる。液晶テレビであれば200万~300万円くらいするのではないでしょうか。

― プロジェクターだと、暗い部屋でしかきれいに見えず、明るい部屋ではよく見えないのではないですか。

中村 高出力のレーザーを光源にすれば、プロジェクターでも今の液晶ディスプレーと遜色なく表示できます。この高出力レーザーは、InGaNを使えば実現できる。現状の出力は、製品レベルで3Wほどでしょう。これが今後どんどんと上がりますよ。効率がどんどん上がってますから。

― そもそもなぜレーザーのベンチャーを立ち上げたのですか。

中村 そうですね。企業秘密になるのであまり詳しく言えませんが、青色LEDの発光効率向上には限界があります。「ドループ(droop)」という現象です。発光強度を高めるために、駆動電流の密度を上げすぎると、発光効率が低下してくる現象です。つまり、途中からリニアに光出力が上がらなくなります。これは、物性的なものが原因なので、どうしようもない。今のところ解決の方法はありません。

 だから、レーザーなのです。レーザーにはドループ現象がありません。電流がしきい値を超えれば、レーザー発振します。レーザー発振したら、理論的には効率は100%になります。

 最近は、ドイツBMW社の「i8」など、自動車のヘッドランプにもレーザー照明が利用されています。レーザーを利用すれば、照射距離が伸びます。従来のランプだと100mだったものがLEDで300m、レーザーにすると700mまで延びます。コヒーレント性が高く、指向性も高い。ただし、目にレーザー光が直接当たると危険です。そのため、各種規制があるので、それをクリアする必要があります。レーザー光を散乱させるなど、解決手段はあります。

― 100%近い発光効率の発光体がもう見えているということですか。

中村 いや。まあ、そういうものを狙ってやっていますというだけで。

― レーザーは米Soraa社でやられているのですか。

中村 Soraa社はLED照明の企業です。レーザーは別のベンチャーでやっています。

― 社名は?

中村 まだ秘密ということで。まだ、ウェブサイトも出ていないんですよ。

― そこで、中村さんはどういった役割を担っているのですか。

中村 コ・ファウンダーで、コンサルティングをしている感じです。私がやることは大きな方向性を指示することです。細かいことはみんなほかの人がやります。

― 方向性を出すと、それに基づいて、どういう方法でやったら実現できるのかを、実際のエンジニア、研究者とかがやるということですか。

中村 そうです。

― いわゆる技術指導ですね。

中村 そうです。CTOといった役割です。実際、CTOという肩書で私の名前が載っていますから。

― Soraa社では何を作られているのでしょうか。

中村 紫色LEDを作り、それを使って白色LEDを作っています。この方法がたぶんLED照明の本命になる。というのは、例えば色。白いワイシャツには蛍光物質が入っています。電球や太陽光に含まれる紫外線でその蛍光物質が反応し、白く見えるようにするためです。

 ところが、青色LEDを基にした従来型の白色LEDだと、紫外線が含まれていない。だから、ワイシャツの蛍光物質を励起できない。なので、黄色っぽく見えてしまう。色が変わってしまうんです。いろいろな衣服などに蛍光物質が入っています。ですから、従来型の白色LEDは照明に使いにくい。最近、それが分かってきました。

 しかも、基板にはGaNを使う。競合他社の多くはサファイア基板です。


GaN基板の製造にも力

― かつて、「アモノサーマル法」といった液相法を利用して大きなGaN結晶を作る研究を手がけられていましたが、そちらは今も続けていらっしゃるのですか。

中村 やっています。

― 研究は、今どういった段階ですか。

中村 この分野で一番進んでいるのは三菱化学さんでしょう。以前はポーランドのAmmono(アンモノ)社がトップだったのですけれど、今は三菱化学が断トツで1番になっています。三菱化学さんのアモノサーマル法の成長速度が、Ammono社より1ケタ~2ケタも速くなって、しかも大きい結晶もできているみたいです。

 おそらく将来的には、アモノサーマル法がGaNの基板を作る主流になるでしょう。大きい上に無転位ですから。結晶欠陥がない。ですからアモノサーマル法が本命です。成長速度が速いほど、コストが下がります。まだもう少しコストを下げないといけないですが、さらにもう少しコストを下げたら、アモノサーマル法で決まりでしょうね。

― 三菱化学さんと中村さんは一緒に研究されているのですか。

中村 UCSBでやっています。

― 3年くらい前に研究室に伺ったときに、アモノサーマル法の炉ができていたと思いますが。

中村 ええ、あれからやっています。UCSBでは、もっと違った成長方法もいろいろやっていますが。

― 今、Soraa社の紫色LEDはGaN基板上にGaN系半導体を形成する「GaN on GaN」だと思うんですけれど、そのGaN基板は、アモノサーマル法で作ったものを利用しているのでしょうか。

中村 まだそこまでは行っていません。外部から購入していると思います。Soraa社は自分たちでアモノサーマル法をやっているので、最終的にはそれを使うと思います。まだ先のことですけどね。

― アモノサーマル法で無転位の結晶を作り、その上にGaN結晶を積層し、GaNデバイスを作るということですね。

中村 アモノサーマル法の現状の課題は、コストがまだ高いことです。現在販売されているGaN基板は、HVPE法という気相法で作られたものが主流です。この基板はコストが案外安い。ですからまずはアモノサーマル法で高品質な種結晶(基板の基になる結晶)を作り、その上にHVPE法で結晶成長させる、というのが現在の考えです。

 将来的に成長速度が高まりアモノサーマル法のコストが下がれば、全部アモノサーマル法でいいと思います。

― 空・海・陸の「カイ」から名前を取った、Kaai社というベンチャーをやられていましたが。

中村 それはレーザーの会社でした。2008年に、レーザーをKaai社で、LEDをSoraa社で始めたんです。ただ、その後、Soraaと一緒にしました。同じようなことをやって、同じ設備を使っていたので。ところがその後、LED照明に特化してLEDで売り出すことになったので、レーザー部隊がどんどん縮小して、この分野の人たちから不平不満が出てきた。だから、また分けることにしたんです。それで新しくレーザーのベンチャーを立ち上げました。それが1年ほど前のことです。

― リク(陸)という会社はあるのですか?

中村 リクは、アモノサーマル法で大型GaN結晶を作る企業にする予定でした。ただ、3つ同時にベンチャーを起こすと、ぐちゃぐちゃになって分からなくなってしまうからやめようと言ってやめました。


ベンチャーは小さくするに限る

― そういう意味では、今までベンチャーをいくつか立ち上げられてきていて、とてもうまくいったなというところと、失敗していい糧になったという2つを教えていただけますか。

中村 Soraa社は、前のCEOが、売り上げが見込めないうちから従業員を増やし、投資も増やしました。それが大失敗の原因になりました。

 この経験から、人数はなるべく少なくして、小さく保ってやることが重要だと痛感しました。人数を増やしたら維持費が高くなりすぎる。ベンチャーは小さいのがベストです。人数を小さくして、なるべく外部に頼んでやってもらう。20~30人がベストでしょう。

 だから、Soraaからレーザーのベンチャーがスピンアウトしたと言いましたが、Soraaで失敗したから絶対小さくしたほうがいいと言っています。絶対たくさんの人は入れないって。

― Soraa社のLEDがどんどんと売れるようになると、自社で製造設備を持つようになるのですか。

中村 いえ、製造設備は持ちません。全部外部委託で、アジア企業に作ってもらいます。要は、知財だけ持つようなかたちです。

― 新たに市場を切り開くというより、すでにある市場で勝負するということでしょうか。

 米国のベンチャーキャピタルがまず見るのは市場なんです。LEDの市場がどんどん大きくなっている今、新しいLEDをつくると言ったら、市場性では100点満点なんです。

 これが、例えばパワーデバイスだとしたら、市場がないからベンチャーキャピタルはダメと言うんですよ。すでに大きな市場がみえているということが重要なんです。「その市場を全部、お前のベンチャーが取るようなアイデアだったらやれ」と。

― 最近、GaNはパワーデバイスの材料として期待されているので、今のお話は意外でした。

中村 最近は少し変わってきました。少し反応がよくなってきたようです。GaNのパワーデバイスは、Si基板を利用するGaN on Siが現在主流ですが、GaN基板を用いたGaN on GaNで作った方がいい。

 例えば、米Intel社がつい最近、GaN on GaN技術でパワーデバイスを作っている米国のベンチャーであるAvogy(アボジー)社に4000万米ドル(約40億円)投資しました。

 GaN on Siは欠陥が多い。信頼性のあるデバイスはなかなかできないです。ですからIntel社は先見の明がありますよね。

― ノーベル賞を受賞されてから、GaNという材料に対しての反応は。材料に対する期待とかも変わっていますか。

中村 そう、みんな期待しています。パワーデバイスの人なんかは喜んでいますよ。SiC(シリコンカーバイド)と競争しているでしょう。

― そうですね。特に競合はSiCですね。

中村 日本はほとんど全部SiCで、これで日本でもGaNに力を入れてくれるようになるって、それは喜んでいます。特にパワーデバイスの人は。


資金調達でアピールする3つのポイント

― ベンチャーの運営はなかなか大変ではありませんか。例えば、Soraa社でも、100億円ほどをベンチャーキャピタルから調達されていますが、こうした資金調達に苦労されているのではないのですか。

中村 そりゃ、もう大変です。一番苦労するところです。私が一番力を入れているところで、資金調達はメインの仕事と言ってもいいほどです。

― 資金を調達するときに、投資家を説得するポイントは何ですか。

中村 まず投資家にアピールするのは、「これは世の中にない製品であって、大きなマーケットがある」ということです。そして、優秀な人材がいるということをアピールする。これら3点が重要です。

 投資家が納得すれば、プレゼンしたその場で出資が決まる。1時間ぐらいです。私は日本の銀行や証券会社といった投資家にもコンタクトしたことがあります。そこでプレゼンをすると、相手は「興味があります」と言ってくれます。そこで、「投資を決断してくれるのですか」とたずねると、「一度、社に持ち帰って検討させていただいてから、またご返事します」と言う。そうこうしているうちに、時間が経過する。投資を決断するのは、早くて数カ月です。数カ月待っても「Yes」ならまだいいのですが、「No」と言われることの方が多いですね。米国とは全然違うのです。

― そもそも、ベンチャーは電話会議ですぐに決めてしまうと聞いています。

中村 ええ。即決です。ベンチャーですから。ベンチャーが一番いいのは何でも電話で即決できることです。経営陣はみんな出張で忙しいから、会議はほとんど電話です。もちろん、出ない人もいます。参加しなかった人は、(議題に対して)オーケーだ、ということになります。

― 以前、青色LEDの研究開発に没頭されていたときは、電話も出ないし、会議も出ないと中村さんがおっしゃっていたのですけれど、今は電話に出るのですか。

中村 あのころは1人でしたから。米国は、CEOやCTO、CFOといった重要人物は必ず会議に参加し、重要な決断を行います。日本と違うところは、会議をしたらそこで全部決めるのです。会議時間も10~30分ほどです。

 米国は、日本と違って「書類フリー」です。日本は書類をたくさん作るでしょう。米国は書類を回さずに、会議で全部即決です。その場で説明して了解を得るのです。米国で必要な書類は、(極論すれば)契約書くらいです。

電話一本で人材が集まる
― 日本でベンチャーをやるよりも、米国でやったほうがお金も集まるし、優秀な人材も集まる。

中村 そうですね。人材は全然違います。米国ではベンチャーを立ち上げると言うと、どんな人材もすぐに来ます。例えば、LEDだったら通信に使えるでしょう。その際、「我々はLEDを作っているからから通信分野も研究開発したい」と考えれば、通信の専門家をどこかの会社から連れてくるわけです。「おまえ、来ないか」と言ったら、電話1本ですぐに来ますよ。

 みんなベンチャーに行きたいのです。だから、大手の通信会社に勤めている人物でも、誘えばベンチャーに喜んで来ます。IPOなどチャンスがあるでしょう。だから、もうみんながベンチャーに来るのです。

 そういう人材の流動性は、日本と大きく違う。何かやろうとしたら、電話を1本するだけで、人が集まる。資金はベンチャーキャピタルがぽんと出す。それが簡単にできるのです。

 日本でそれをやろうと思ったら、絶対に人は集まりません。仮に2、3人でベンチャー企業を起こすとします。そこで例えば、大手メーカーの中央研究所の所長に、ベンチャーに来ませんか、と誘うと「おまえ、ばかにしているのか。私は、◯◯社の研究所長だぞ。なんで、そんな潰れそうな会社に行かなきゃなんないんだ」と、きっと逆に怒られます。

 それが海外だと、大研究所の所長だろうが、「ベンチャーを立ち上げるから来てくれ」と誘えばすぐに来ます。むしろ、ベンチャーを始めるときは、そうした研究所の所長クラスの人が、頭を下げて「入れてくれ」と向こうから来ます。優秀な人材はみんな、新しいことを始めるベンチャーに来たいのです。

 人材の流動性が乏しいことは日本の大きな問題だと思います。2、3人の会社に行くというのが、何というのかな、つぶれかかっているような会社に行くイメージでしょう。米国とは全然反応が違いますね。

― 10年以上前の対談だったでしょうか。日本の大企業のサラリーマンは奴隷だ、ロボットだ、とおっしゃっていました。だから、いつまで経っても革新が起きないのではないかと。当時、産業として残るのは自動車ぐらいじゃないかとはっきりおっしゃっていました。そうしたら案の定、日本の大手電機メーカーは相当苦戦している。少し上向いたところもありますが。これはやはり、新しいイノベーションを起こせるような環境にないことが原因でしょうか。

中村 そうです。私も一緒に仕事をしたことがあるので分かりますが、日本の大手企業の研究所の研究者や有名大学のドクターなどはすごく優秀です。特に化学の分野はすごい。だからそうした優秀な研究者に、「研究所や大学を辞めてベンチャーでも立ち上げたらどうですか」と言うと、「いやいや、とんでもない」と言うのです。そして、そうした優秀な人が定年で辞めてしまうのです。すごく優秀なのにですよ。

― もったいないですね。

中村 すごくもったいない。本当に優秀なのに。でも、ベンチャーをやる度胸がない。最近、知り合いの研究者が定年でどんどん辞めています。で、彼らに辞めてどうしているかと尋ねたら、「家庭菜園をやっている」と。これまでの専門性が生かされていないのです。非常にもったいない。

 やはり日本でベンチャーの良いシステムがないことが、こうした問題の要因だと思います。


投資家と起業家は「フィフティ・フィフティ」

― 度胸がないというのは、「もし失敗したら、自宅や貯金などの自分の財産を全部取られてしまうのではないか」という心配もあるのかもしれませんね。

中村 そうですね。あまり知られていないかもしれませんが、米国のベンチャーで、科学者は1円も自己資金は出しません。ベンチャーキャピタルが全部出すのです。

 ベンチャーを始めたとき、1人の投資家が10億円を出すとします。それでその投資家は、「50%の株は私のものだが、残りの50%はあなたたち従業員のもの」とします。従業員は資金を1円も出していないのにですよ。私は資金を出し、あなたたちは頭を使ってアイデアを出す。お互いに持っているものを出しあうわけだからフィフティ・フィフティ、株式も半分ずつというわけです。その後、会社にどんどん資金が入ってくると、ダイリューション(希薄化)で株式比率は変わっていきますが、発足時は今話したような感じになります。

 日本でベンチャーをやっている人に聞いたことがあるのですけれど、株をもらったら、自分がお金を出して投資をしないと駄目らしいのです。それはおかしい。科学者は頭脳を提供するわけですから、1円もお金を出さなくても株をもらう権利があるのです。投資家は頭脳を一切出さずにお金を出すから株をもらっているのですから。米国はそういう雰囲気で、日本はそれがないように思う。うがった言い方をすれば、日本の投資家は、科学者の頭脳を一切認めていないことになる。

 米国では、科学者は会社にお金を1円も出していないので、潰れても損をすることはない。借金もない。だから、潰れたらまた次の企業に行く。ベンチャーを始めてもいいし、大手企業に行ってもいい。だから、ベンチャーをつぶしてしまっても、全然マイナスがないのです。

― 優秀な技術者は、自分を活かしてくれるところに行く。その間に成功したら相当お金も入るし、失敗してもまた別のところに行って自分の才能を生かす、ということですね。

中村 そうです。米国には「ベンチャー慣れ」した人が多くいます。例えば、ベンチャーを渡り歩きながらCEOを専門にやっている人とか。ベンチャーでは、ストックオプションを5年に分けてくれるのです。例えば、スタートアップの会社で5年間CEOをするでしょう。5年したら、スパッと辞めてしまう。「そろそろ私も新しいことにチャレンジしたいんで」と言って。

 辞めるときの台詞は決まってるんですよね。みな「新しいことにチャレンジしたい」と言う。それから、また次のベンチャーに入って、CEOをやるんです。これを5年ごとに繰り返します。こうしたCEO慣れした人だけでなく、普通の従業員も、ベンチャー慣れしている人は、大体みんな5年で辞めます。

 5年ごとに1つベンチャーを立ち上げるとすると、20年したら4つになる。4つぐらいやっていたら、どれか「当たる」のです。当たると相当なお金が入ってくる。だから、5年でみんな辞める。

― なるほど。いくつもの種類の、4つ、5つのストックオプションを持っていれば、どれか当たると。

中村 そんな感覚ですね。ハズれたって、ちゃんと普通に給料はもらっているわけだし、投資はしていないから潰れたところで失うものはない。でも、当たればデカい。数打てば当たる確率も高くなるわけだから、どんどん勤め先を変えるわけです。


創業者がすべてリスクを負ってくれた

― 米国のベンチャーでなくても、中村さんは日亜化学にいたときにそれに匹敵するようなすごい仕事をされた。青色LEDの材料としては当時不人気だったGaNを選択して。成功すればすごいけど、失敗する可能性も大きいわけではないですか。それがなぜできたのでしょう。普通の技術者だと、そういうことは怖くてできないと思うんです。

中村 今振り返ると、日亜化学工業の創業者である小川信雄さんが、まさしくベンチャーキャピタリストだったということでしょう。青色LEDに関しては、私がベンチャーを起こしたようなものです。それに、小川信雄さんがぽんと投資してくれた。お金を出すだけで、一切何も言ってこなかった。お金は出すけれども好き放題しろと。それで、当時はまだ訳も分からないGaNをたまたま選んで、やったらできたという感じです。非常にいいベンチャーキャピタルがいてくれたおかげで青色LEDはできた、ということになります。

― リスクは中村さんが取ったわけではなくて、キャピタリスト側である小川信雄さんが取ってくれたわけですね。

中村 そうです。最初にお金を出してくれたのは小川信雄さんでした。創業者で当時は社長でしたから、ぽんとお金を出してくれた。すべてのリスクを負って。すごい方でした。

― 小川さんは一切何も言わなかったということですが、ある程度、期限みたいなものもあったのではないでしょうか。

中村 米国では先ほど言ったように、区切りは5年です。ストックオプションなどの関係から5年単位で考えなくてはならない。5年でものにならなかったら、ベンチャーキャピタルは怒ってきますよね。もうダメだ、これ以上は(資金を)出さん、とか。結局のところ、会社は潰せとかになりますよね。5年で何かが出ないと大変なことになります

 私の場合も、日亜に在籍したときは、大体4、5年単位で製品化していました。ですから、5年というのが、この分野では1つの区切りになるのではないでしょうか。

― 中村さんがベンチャーを立ち上げる際、これがものになるという確証を持ってから始めるのですか。

中村 ええ、マーケティングなどありとあらゆる手段を通じて、いろいろ調べて、かなり確証を持ってやります。ただ、大きな違いは「どこにもない」ということで、できるかどうかは分からない。50%の確率じゃないですか。それぐらいです。ただ、投資家にプレゼンをするときは「100%できる」と言いますけどね。言っている本人としては50%かなという感じです。

博士号のためにGaNを選んだ
― GaNで青色LEDを始められたときも、そのような感じだったのですか。

中村 いえ、そのときはもうほとんどゼロ。まあ1%ぐらいかな。できるとは思っていなかったですよ、実は。GaNで青色LEDを作ろうと思ったのは、博士号を取るためでした。フロリダ大学に1年間留学した経験があるのですが、博士号を持っていないと、米国で一人前の研究者として扱われない。その経験からです。

 当時青色LEDの主流だったZnSeでは、新しい論文を書けると思わなかった。すでに論文がたくさんありますから。当時GaNの青色LEDを研究していたのは赤崎先生のグループぐらいで、論文はZnSeに比べてはるかに少なかった。GaNの青色LEDであれば、どんな結果が出ても、まあ論文くらいは書けると思ったのです。論文を5件くらい書けたら、論文博士が取れると思って。それでGaNを選んだ。あんな青色LEDができるなんて、思ってもいませんでしたよ。だって当時は、お金もない、人もない、何もない状態でしたから。

― 当時は、事業化よりも、論文のほうをメインに考えていたのですね。

中村 そうなんです。創業者の小川信雄さんには悪いんですけど。

― 小川信雄さんは、事業化を期待していたのではないですか。

中村 そうですね。青色LEDの研究を始める前、過去10年間は赤外LEDと赤色LEDの材料になる結晶や、それらLEDなどを作ってきた。私も大体10年で3つの製品を作りました。製品化したとはいえ、それらは、全部月100万円から200万円ぐらいの売り上げでした。要は、事業としては失敗だったのです。ただ、私は当時知りませんでしたが、小川信雄さんは事務所で私のことを、「中村はおおぼら吹きだけれども、ちゃんとものはつくる」と自慢をしていたらしいのです。

 日亜化学では、私が入社する10年前に開発課を作った。それで、日亜の中でも優秀な人物を入れて、(当時日亜の主軸事業だった)蛍光体に代わる新しい製品を開発させていたらしいのです。でも、誰も製品化したことがないと聞きました。一方で、私は10年で3つは製品化した。それを褒めてくれていたらしいのです。売り上げや利益にはぜんぜん貢献はしていないけれども、ものをつくると。

 だから、青色LEDの研究を始めるとき、私が半ばやけくそで言いに行ったときも、「もしかしたらものを作ってくれるかもしれない」ということで、小川信雄さんは投資してくれたらしいのです。この話は、青色LEDができてから聞きました。当時、私は知らなかったのですけれど。

― やはり、それぐらい長い目で見ていかないと、それこそ先ほどおっしゃっていた4つやって1つ当たるぐらいの確率で考えていないとダメだということですかね。

中村 だから、ベンチャーキャピタリストの「見る目」ではないですか。私らが今米国でやっているベンチャーの投資家の1人であるVinod Khosla(ビノッド・コースラ)さん。彼は常時、50くらいのベンチャーに投資しています。彼は大体、7、8割の確率で当たるらしいのです。米Google社もその1社です。

 彼はすごく目がいいんでしょうね。彼は大学時代、物理を専攻していたと言っていた。物理が分かるのです。

― 中村さんの場合、当時GaNはそこまで期待されていたわけではないし、どういった部分を見極めて、小川信雄さんは投資したのでしょうか。

中村 先ほど言いましたが、10年間で3つ製品化したという実績だと思います。小川信雄さんは専門が薬学ですから、青色LEDのことは詳しくない。ただ、「中村が言うんだから何か作るのではないか」と思ってくれたということでしょう。

― ある意味、中村さんという人を信頼して投資した、ということですね。

中村 そうですね。

― 技術力というよりも、本当にものにする力というか。

中村 はい。製品にする力です。


青色LED、「いける」と思った瞬間

― ただ、当初は論文を書くのが目的でした。いつごろから、青色LEDの製品化を意識するようになったのですか。

中村 青色LEDの開発ではいろいろとブレークスルーがありました。最初は「ツーフローMOCVD」です。研究を始めてから約1年後(1990年)に実現しました。ツーフローMOCVDができるまで、いいGaN結晶はできませんでした。1年かけて毎日装置を改造して、できたのがツーフローです。それでGaNを作ったら、移動度が200と、当時としては最高の値が出ました。

― いきなりという感じですか。

中村 いえいえ、1年半かけて出た値です。この結果で論文を書ける、当時はまずそう思いました。そう喜んだだけで、青色LEDができるとは全然思わなかった。

 次が、バッファ層というものです。当時、赤崎先生らの研究グループが、既にAlNという材料でバッファ層を作り、品質のいいGaNを成長させる技術を開発していた。私は、材料を変えてGaNをバッファ層にしました。GaNのバッファ層の上にGaN結晶をツーフローMOCVDで成長させたところ、移動度が600という、当時世界最高の値が出た。このときも、また論文が書けると喜びました。

 続いて、p型GaNです。赤崎先生らの研究グループは、当時すでにp型GaNを実現していました。Mgを不純物として加え、電子線を照射する方法です。私たちのチームは、ツーフローMOCVDで同じくMgを不純物を加え、電子線ではなく熱処理でp型GaNを作った。そうしたら、赤崎先生らのグループを超える、非常にいい結果が出た。それで、pn接合型の青色LEDを試作した。しかし、とても商品にできるようなものではなかったですね。ぜんぜん暗くて。出力でいうと0.01mWくらいでしょうか。この時点で商品として通用する青色LEDができるなんてまだ考えていませんでした。これでまた論文が書けるってよろこんではいましたけど。

 そして、次に導入したのが、GaNにInを加えたInGaNという材料です。これを発光層に使う研究です。同じ研究は他のグループもやっていましたが、どこも成功していませんでした。室温ではぜんぜん光らない。

 ところが、私たちのところでInGaNをつくったら、室温で明るい青色や緑色の発光が確認できた。ツーフローMOCVDを使ったら、意外なほどあっけなく高品質のInGaNができたんです。

 これはいけると思いましたね。この結果を受けて、InGaNを発光層に使うLEDの開発を始めました。InGaNをAlGaNという材料で挟み込んだ、いわゆる「ダブルヘテロ構造」というものです。そうしたらこれがむちゃくちゃ光ったんですよ。1992年末か、1993年初めくらいのころです。これは製品化できると思ったのはそのときです。

― それまでは論文を中心に考えていた。

中村 むしろ論文だけですよ。pn接合型の青色LEDを作ったときも、論文は書けるけど、青色LEDを製品化できるとは思わなかった。その後に成功したInGaNの発光層がキーです。青色や青紫色で発光する半導体レーザーだって、InGaNが不可欠です。

 高品質になったとはいえ、今でもサファイア基板上に形成したGaNは欠陥(転位)がやたらに多い。欠陥だらけなんです。それでもよく光るのはInGaNのおかげです。むちゃくちゃ光るのはInGaNだけです。ただ、なぜInGaNだと結晶欠陥が多くてもなぜこれほど光るのか、それはまだ完全には解明されていません。今でも継続して研究されています。


大企業の中でベンチャーはできない

― 今の日本企業の枠組みの中で、中村さんのようなかたちでイノベーションを起こそうと思ったら、社内でもある程度好き勝手をやらせる環境をつくっていくことが大事だということですか。

中村 そうです。でも、それはできないですよ。私は、会社の指示を全部無視しました。でも普通の企業でこんなことをしたらクビでしょう。私の場合は、小川信雄さんがいてくれたからできた。だから、小川信雄さんが経営に関与できなくなったとき、会社を辞める決心をしました。理由はそれだけではなかったけど、それも大きな理由です。私を擁護してくれる方がもういなくなったわけですから。要するに、私は企業に勤めてはいましたが、極めて特殊な環境にいたわけです。同じような環境を普通の会社で作るのは非常に難しいと思います。

 私がベンチャーの必要性を説いてきたのはそのためです。実際に、米国のベンチャーでは、私が成果を出せたときのような環境があります。ベンチャーキャピタルとか、社長のクラスの人物が投資して、5年ぐらいは自由にやらせてくれるのです。だから、ベンチャーなんです。日本にもこのような制度を導入しないと、本当に革新的なことはできないと思うのです。

 そのうえで、シンガポールや香港のように、世界中からいろいろな人材が集まって来るような環境にしないと。英語で呼びかけて世界中から優秀な人材を集め、英語で話して標準化しないといけません。日本人だけでベンチャーを立ち上げてもいいですが、最低英語が話せないといけない。

― ベンチャーで開発していくと、資金がどんどん減っていくわけじゃないですか。プレッシャーも大きいし、それに最終的にものにならなかったときは大変なのではないですか。

中村 うちの同僚の教授などもそうですが、米国ではみんな失敗を経験していますよ。失敗ばかりの人もいる。ある教授は、レーザーの会社を3つ作り、全部つぶしました。でも、失敗するごとに2億円の豪邸を建てました。

― それはどういう理屈なのですか。

中村 失敗したら会社の資産、例えば製造装置などをどこかに売ります。例えば10億円で。そのとき、創業者である教授が10%の株を持っていたとする。そうなると、1億円手に入ります。つまり、失敗しても資産を売ってお金が入る。

 損をするのはベンチャーキャピタルです。例えば100億円投資して、それが10億になるわけだから、90億の損ですよ。でも、科学者は1円も出していない。米国の科学者、技術者のいいところはここです。失敗しても金銭的なマイナスはない。だから、次に挑戦できる。まあ、あまり失敗ばかりだと投資してくれる人がいなくなるということはあるでしょうが。

― 日本でも、大企業のなかには社内ベンチャー制度を導入したところもありますが。

中村 あれは失敗だらけと聞いています。全然ベンチャーではないですよ。かたちだけです。なにしろ、やっている本人が株をもらえていないんです。インセンティブがない。しかも、決して自由にやらせてもらえる、ということでもないようですし。

 もう一つ、人材の違いもあるでしょうね。米国のベンチャーには世界中から人材が集まります。世界中の専門家をリストアップして、この人こそという人に声を掛けます。インセンティブが大きいですから、かなりのポジションの方から若手まで、「来てほしい」と言ったらすぐに駆けつけてくれます。いいアイデアさえあればね。それはすごい人材の流通ですよ。いいアイデアがあれば、ぱあっと人が集まり、チームができてしまう。だから、会社ができて4、5年でもう製品ができてしまう。


必死のチャレンジが自分を伸ばす

― アイデアを持っている人は、社内のベンチャーに応募するのではなくて、米国に行くべきだと。

中村 そうですね。ベンチャーを起業したいと、日本人もたくさん米国に来ています。「ベンチャーキャピタルは日本で見つからないし、大手企業は技術を盗むだけ」とか言って。

― 以前、米国の新聞記者に、「日本でベンチャーを起こすにはどうしたらいいか」と聞いたら、まずは米国のシリコンバレーに行くべきだという話になりました。

中村 例えば、米国に留学していた孫正義さんがいい例です。これが成功パターンです。みんな米国に5年ぐらいいて、米国のシステムを学んで、大企業ではなくベンチャーを選択する。

 日本で成功されている方には、米国に5年間くらいいた方が多いと誰かに聞いたことがあります。それくらいいると、覚醒できるんでしょうね。日本の常識から解き放たれるんです。日本にいたら、大企業に行くのが夢になります。永遠のサラリーマンになるわけです。でも、海外へ5年以上行ったら、こうした考えから解き放されるようです。

― ただ、大企業には日本人の優秀なエンジニアがいると思うのですけれども、やはり怖いんだと思うんです。大企業の中にいればある程度地位も保証されるし、給料も保証される。なかなか踏みきることができないのではないでしょうか。そういう人たちにどうアドバイスしますか。

中村 大企業にいたら自分の能力が伸びにくいのではないでしょうか。新しいものにチャレンジするとゼロからやり直しですから、自分の能力が伸びるんです。必死になって勉強しますから。だから、そういう意味で、同じ会社にずっといたらダメだと思うんです。

 ベンチャーを5年置きに立ち上げていたら、5年ごとに環境が大きく変わります。むしろ、自分の能力を磨くために、5年置きぐらいに会社を替えるべきです。

― 怖くはないですか。

中村 米国に行く前は、私もそうでした。でも、行ったら、もう吹っ切れました。もちろん最初は苦労しますよ。でも、自分の能力が上がっていくのが分かります。日本にいたらぼけるなと思っていましたね。ある程度のポジションになったら、何もしなくても部下がやってくれるわけだから。極論すれば、書類にサインするだけでしょう。新しいところで再スタートして必死になって生き延びないと沈んでしまいます。

― 中村さんが現場で青色LEDの研究開発をしていたころは、寝食を忘れて没頭できる環境があったと聞いています。そうした環境を、日本の企業の中でも提供してもらえると思うのですが。対して、米国に行き、例えば資金の調達に走り回らなければならないみたいなことを嫌がる技術者の方がいると思うんです。そこは、ある意味、日本のほうが恵まれているような気がします。

中村 サラリーマンとしての給与だけあればいいと思うのなら、それでいいのではないでしょうか。ただ、IPOをして、何十億、何百億相当の株式を手にすることを夢見るのであれば、ベンチャーをやったほうがいいと思います。


優秀な技術者には相応の報酬を

― モチベーションを上げるためにも。

中村 これを言うと誤解を受けるんですけど、やはり仕事の対価は報酬だと思うのです。野球選手もいい成績を挙げれば報酬が上がるでしょう。ある意味、とてもフェアなことだと思います。サラリーマンだって、いい仕事をして成績を上げれば、相応の報酬を受けるべきたと思います。日本の技術者は優秀なんですから。

― ただ、技術者の人には、お金よりも成果、という人もいると思うんですけれども。

中村 僕はそれは信じない。そんな野球選手がいますか。すごい成績を挙げながら「いや報酬は据え置きでいいですから」などと言った選手をみたことはありません。米国だけではありません。日本の野球選手だって、がんばって、がんばったら給料が上がる。だからもっとがんばれる。彼らは正直だと思うんですよ。もちろん、同じ仕事量、同じ成果だったら同じ給料でいいですよ。でも、倍の仕事をして、倍の成果を上げて給料は同じ。それでみな満足なんでしょうか。「私は仕事が趣味なんで、給料の多寡は気にしません」という方がゼロではないとは思いますけど。

 正直に言わないと、技術者の待遇は良くなりません。「給料なんて」という人も、5年間米国にいたら私みたいになりますよ。

― 特に技術者はそうですね。

中村 日本にいたら、やはり皆さん、慣らされてしまうんだと思います。日本だけでなく、どの国も「自分の国は平和だ、安全だ、技術が進んでいる」と宣伝します。でも、海外に5年いて外から母国を見ると覚醒するんですよ。そのへんのことは、いくら聞いてもダメで、自身で体験するしかないと思いますが。

― 先ほど、日本の技術者は優秀だという話がありましたけれども、普通に大手企業でばりばり働いている方であれば、通用するんですか。

中村 日本の技術者は真面目で優秀です。本当に優秀。問題なのは、ベンチャーのシステムというか、ベンチャーに対して知識が不足していることです。そういう教育をしていないから。そこは教育の問題でしょう。

 米国では、小さいときから自立するための教育をやっています。ベンチャーとか、ファイナンスです。小学生のころからそういう勉強をさせていますからね。

 日本で私が教わってきたのは、クイズ番組の問題のようなものに解答する試験勉強ばかり。それでいきなりベンチャーをやれと言ったってできるわけないですよね。何も知らない。ゼロ。大学生になっても、ベンチャーのベの字も知らないから、大手企業に入って永遠のサラリーマンになる。

 米国では、小さいときから自立して利益を得る手法を教えるから、あまり大手企業に行こうなどとは思わないようです。まずは自分でベンチャーを起こせないか考える。


大企業優先の環境でベンチャーは育たない

― 米国のような環境を日本につくることは難しい。それこそ、明治維新のような革命が起きない限り無理だと以前おっしゃっていましたね。

中村 そうそう。典型的なのは司法の仕組みでしょう。これは、私自身の特許裁判で痛感したことです。

 米国でベンチャーをやるためによく日本人が来ています。その何人かと会い、話す機会がありました。「なんで、米国に来たの」と聞くと、「私は日本でベンチャーをスタートした。そうしたら、大手企業が全部技術を盗んで、コピーしてそのまま使ってしまった」と言うんです。「訴えればいい」と言っても、「訴えることはできない」と。

 日本では、ベンチャーや中小企業などが大企業と訴訟で争ったら、大企業がほぼ100%勝つ。それは、「利益衡量」という考え方があるからです。どちらを勝たせたらどれだけ多くの人が利益を受けるかを考えて判決を出すのが、利益衡量の考え方です。中小企業では5、6人でしょう。大企業だと何万人。だから大企業が勝つ。これはLEDの(裁判の)前からある仕組みです。常に大企業が勝つ環境でベンチャーが育つわけがない。

 ところが、米国だと全く逆です。米国は陪審制でしょう。中小企業と大企業が裁判をしたら、中小企業が勝つケースが多い。陪審員は「正義」か「悪」かで判断する傾向が強いからです。どっちが「正義か」と考えて、中小企業と大企業の双方の言い分が同じくらいだったら、大企業は「悪」となり、負けるケースが多いようです。こうした司法環境があるので、大企業がベンチャーの技術を盗むなどということはあまりありません。

― 中村さん自身も特許裁判を戦い、そして和解しました。なぜ和解したのですか?

中村 しょうがないからです。顧問弁護士だった升永さんもあのときは落ち込んでいました。あのときサラリーマンの生涯賃金の3倍、という試算から約6億円の和解金が提示されました。サラリーマンの生涯賃金は2億円で、3倍で6億円。これが過去の判例で一番多い損害賠償らしいんです。これを超えたことはないらしい。

 だから、升永弁護士は、「日本は判例主義だからこれを超えることは絶対ない」と言っていた。最高裁判所へ行っても変わらないだろうと。私は、頭にきて、最高裁まで行きましょうと言ったんですけれど、升永弁護士がもう飲め飲めと言うからしょうがないなと。


部下の協力なしには成し遂げられなかった

― 特許裁判のとき、中村さんは「自分が1人でやりました」と主張され、それがかえって反感をかっていたという印象がありましたが。

中村 それはまったくの勘違いです。特許裁判で争ったのは、「404特許」と呼ばれるツーフローMOCVDの特許です。ツーフローMOCVDは全部私がやった。だから、それを言っただけです。

 特に開発が軌道に乗ってからは、多くのスタッフが入って来て一緒に仕事をしていました。そこでは多くの人に貢献があり、実際にいろいろなアイデアが生まれています。でもそれはLEDの開発から量産化までの全般のことであって、裁判の争点である404特許のことではない。

 それを知ってか知らずか、一部メディアは「中村はLEDの開発は全部自分一人でやったと主張している」みたいに書きましたし、そのように主張していると間違って理解された方もおられるのではないでしょうか。それは完全な勘違いだと思います。

 ではなぜこの特許だけで争ったのか。それは、升永弁護士が「1件だけでも(判決が確定するまで)何年かかるか分からん。あなたの特許の数は300件か400件か知らないが、全部といったら数千年かかる。それをやっていたら判決が出る前に死んでしまう」と言ったから。それで、1つの特許だけに絞って争うことになったのです。

― 404特許については、全部自分でやったと。

中村 そうです。それは、相手の日亜化学も認めています。裁判の陳述書で。その404特許の発明は中村氏だけの貢献だと。

― なるほど、ちょっと混線しているのですね。

中村 そうそう。知らない間にこんがらがってしまう。なぜでしょうね。日亜化学工業の創業者である小川信雄氏と、私の当時の部下たちには感謝しています。青色LEDの実現は、彼らなしには成し遂げられなかったわけですから。

― 結晶成長ぐらいまでは、ほとんど1人でやられていたのですか。

中村 そうですね。バッファ層やp型GaN層を実現するあたりです。

― InGaNを作るころになってくると、チームで開発していたわけですか。

中村 そうですね。p型GaNあたりまでは、私がずっとしていたのですけれども、InGaNあたりからチームができたのです。そんな感じですね。

― 昔一緒にやられていたチームの方とも、あまり交流はないのですか。

中村 ないですね。米国の裁判には「ディスカバリープロセス」がある。誰と接触したかを全部公にします。だから、お互い接触するのは無理なのです。寂しいことですけど。


社会が変わらず特許制度が変わるのはおかしい

― 日本では、特許の報酬制度が今再び議論の的になっています。今までは、中村さんの裁判もあって、社員に報いる方向の話が出ていました。ところが、最近また風向きが変わってきています。

中村 そうです、私としてはショックです。私の裁判を通じて、日本の技術者の待遇はよい方向に向かっていると思っていた。このまま維持してほしい。そうでないと、サラリーマンはかわいそうですよ。日本の技術者はかわいそう。

 米国に比べれば、日本では人材の流動性が本当に低い。技術者は今のところ、「永遠のサラリーマン」になる以外、選択肢はほとんどないんですから。その状況が変わらないのに、特許権もすべて企業に帰属するようにするという。かわいそうです。

― ただ、日本の企業だと、たくさんの技術者がいる中で1人だけ優遇していいのか、という議論が起きやすい。チームで成果を出したときには、その中でも一番貢献した人というのは分かってくるものなのですか。

中村 それは、仕事量などで判断します。よく仕事をした人が、より多くの報酬を得る。例えば、大学関係者5名の連名で特許を出すとします。そのとき、ライセンス料が入ったら5人で均等に分けます。それは、特許を出す段階で、連名にする人を厳正に決めているからです。

― 特許出願時に判断するわけですね。

中村 はい。大学ですから均等に、教員だろうが学生だろうが、入ってきたものは均等に出すだけです。


とにかく英語が大切

― ここまでお話を伺うと、このままだと日本は本当にまずいことになる。そう思ってしまいます。

中村 まずいですよ。一番問題なのは英語でしょうね。だって、日本の企業が失敗したのは、グローバリゼーションをうまくできなかったからです。代表例が携帯電話機や太陽電池です。いいものを作っていたにもかかわらず、グローバリゼーションで後れを取った。

 政治の場でもそうです。英語ができないから外国人と会話できない。これは日本企業も全く一緒。学会だろうが、技術の世界に行っても全く同じです。CES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に行っても、そんな感じです。いろいろな外国人と雑談するようなことはしない。仮にいいものを作っても大きな国際会議に行って、「我々の技術を標準化しろ」とうまく交渉できない。

 言葉が最大の問題です。シンガポールとか、香港に行ってください。もうすごいですよ。シンガポールは人種のるつぼでしょう。いろいろな人が来ている。香港も経済がいいでしょう。

― ご自身は、英語は?

中村 実はダメなんです。45歳からでは、やはりムリですね。若いころからやらないと英語はどうしようもないです。今でも英語に苦労しています。

― 先ほど電話会議で、10分とか20分で意思決定をしなければいけない、とおっしゃっていましたので、だいぶ慣れておられるのだと思いました。

中村 そんなわけはないですよ。今でも分からないことはいっぱいあります。


ベンチャーマインドが米国の活力

― 米国ではベンチャーだけでなく、例えばGeneral Electric(GE)社とか、Procter & Gamble(P&G)社とか、そういう既存の大企業も結構新しいことをやろうという機運があると思います。また、Google社がビックデータ活用でも革新的なことに取り組んでいます。それに比べて日本企業は、ビックデータに関してもそんなに積極的ではありません。こうした米国企業の新しいものや革新的なものをやろうという姿勢について、中村さんはどう見られていますか。

中村 GEについてはあまりくわしく知りませんが、Googleは活発に会社を買収していますよね。ロボット分野や人工知能分野で。

 Google社の場


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/17 (Mon) 18:30

副題=長すぎたのかFC2に途中で切られてしまいましたので、続きです


ベンチャーマインドが米国の活力

― 米国ではベンチャーだけでなく、例えばGeneral Electric(GE)社とか、Procter & Gamble(P&G)社とか、そういう既存の大企業も結構新しいことをやろうという機運があると思います。また、Google社がビックデータ活用でも革新的なことに取り組んでいます。それに比べて日本企業は、ビックデータに関してもそんなに積極的ではありません。こうした米国企業の新しいものや革新的なものをやろうという姿勢について、中村さんはどう見られていますか。

中村 GEについてはあまりくわしく知りませんが、Googleは活発に会社を買収していますよね。ロボット分野や人工知能分野で。

 Google社の場合は、ベンチャーの創業者がまだいます。だから、大企業になったとはいえ、ベンチャーマインドでやっていると思います。創業者が代わったら、そういうものがなくなって沈没していくのだと思うのです。Apple社もMicrosoft社もそうでしょう。だから、創業者がいるころは、伸びますよ。成功した秘訣を持っていますから。2代目になったらそうはいかないでしょうが。

― ベンチャーマインドというのは、それを因数分解すると、革新的なこととか、今までにないものをやっていかないといけないというようなことですか。

中村 そうですね。成功した人はその秘訣が分かっているので、どんどん行く。そういうことだと思います。その創業者がいる限りは、ずっと伸びていくのではないですか。ただ、初代だけでしょう。2代目以降はどうなるか分からない。これから世代交代が起こる韓国Samsung Electronics社も同様です。

― Google社の話題が出ましたけれど、Google以外に注目されているベンチャーで大きくなったところは、中村さんから見ればどういったところがありますか。

中村 Facebook社でしょうか。創業者であるZuckerberg(ザッカーバーグ)氏がまだいて、何でも自分でコントロールできるので、買収でも何でもやりやすいと思います。2代目になると、やはりそこまで権力はないですよね。サラリーマン社長になってしまうと、買収しようにも自分だけでは決められなくなるから、会議を開いてみんなのオーケーを待つことになる。

 初代だったら、自分でぽんとやってしまうでしょう。はい、買収って。だからスピードが全然違いますよね。

― 米国から日本を見たときに、中村さんが注目している日本企業はありますか。

中村 いろいろありますが、例えば産業用ロボットを手掛けている安川電機でしょうか。

― 日本の自動車メーカーに関してはどういうふうにみていらっしゃいますか。

中村 長い目で見たら厳しくなると思います。米国では自動運転などの新しい技術にものすごい力を入れていますよね。そういったことを日本の自動車メーカーからはあまり聞かないですから。

 詳しくはいえませんが、海外企業の自動車メーカーは、例えばヘッドランプに使うレーザーで、いろいろなことをやっているんですよ。もっと知能的なことを。こういう話は日本ではあまり聞きません。

― 日本の自動車メーカーも自動運転とかを研究しています。

中村 当然そうでしょうね。でも、問題はスピードだと思います。米国だったら、これが商売になると思ったら、買収でも何でもして、世界中から人材を集めてやります。このスピードと投資の規模に対抗できるかどうかですね。現状では、日本の自動車メーカーは何だかのんびりしているような感じがしています。


世界を相手に売れない日本企業

― 中村さんが日亜化学工業で青色LEDを研究開発していたころは、日本でもスピード感があった。液晶とかDRAMとか、新しいものをどんどん出してきましたよね。古くは「ウォークマン」。そういう革新的なものが日本から出てきたのですけれど、それがいつの間にか、シリコンバレーだったり、韓国のメーカーだったり、そんなところに出し抜かれてしまっている。

中村 その一番の原因は、日本メーカーが積極的に世界に売ってこなかったことではないでしょうか。例えば、シリコンの半導体の人たちに聞いたら、当時のDRAMの主たる売り先は日本の大手企業だったという。テレビもメインは日本市場。国内で売って儲かるものだから、何としても世界市場で勝ち抜かなければという意欲に欠けていたのではと思うのです。だから、ガラパゴス化して、世界の市場の多くは、韓国とか、台湾とかにとられてしまった。

― 以前お会いしたときも同じようなことをおっしゃっていましたが、Samsung Electronics社は、最初から世界を相手にものを売るためのいろいろな計画を立てていたのだけれど、日本の企業は日本しか見ていなかった。そうすると、大企業にアドバイスするとしたら、最初から世界を見た上でものを作ったほうがいいということですか?

中村 そうです。グローバル化で、世界相手に売らないとダメでしょう。

 日本はいい製品を作るんです。ただ、これを、最終的にでっかい商売にしようとしたときに、海外企業がやり始めたら全部取られちゃう。これはLEDでも一緒です。すでに日本企業が1番という時代は終わりつつあります。そのうちLEDも海外企業に取られてしまいます。時間の問題ですよ。

― これはすごく昔の話ですが、ソニーの創業者である盛田昭夫さんがソニーブランドのラジオでまず米国で売ったとか、そういうような方が必要だということですか。

中村 昔のことは知らないですけれど、そうだと思います。LEDの場合は、米国ですと、今エネルギー省(Department of Energy)が標準化に向けて動いている。米国ですから、世界を相手に動いているわけです。一方日本では、日本で標準化してから世界を目指す。これではガラパゴス化する。このままでは、LED照明でも日本は標準化できないでしょう。

― 中村さんが参加されている学会でも、日本人の発言とかは全くないですか

中村 日本人の多くは、緊張して発表して、後は観光旅行ですよ。米国人は、観光旅行はほぼゼロです。みんな学会はビジネスの場だと思っていますから。学会に参加したら、「お前のベンチャーはどうなんだ」とかね。新しい社員を探す場でもあります。極論すると、ビジネスが重要で、発表はむしろどうでもいい。日本は、学会は観光旅行という感じでしょう。

― そうすると、技術者や研究者も、常にビジネスとして大きくしていくにはどうしたらいいのかを考えていく。世界レベルでいろいろなものを普及させていく、そういうことを最初から考えて行動しなければいけない。
 そのためにはどういう人材が必要なのかとなると、英語を話せることが前提で、交渉能力もあり、積極的にいろいろな人をまとめることができるような人である、と。それは技術に限らず、マーケティングも含めて実行できる人材。そうじゃないと世界標準は取れない。

中村 そうですね。だから、いろいろな人種が必要です。例えば中国に売るときは、中国人の仕事になる。欧州も一緒ですよ。フランスにはフランス人でという感じです。

 日本企業の場合、せっかく外国人を雇っても、日本人だけが偉くなって外国人は偉くなれないとか、そういう壁があるとよく聞きます。外国人が日本の企業で働いていて一番大きな問題と感じるのは、権限の部分です。米国の企業だったら、日本でいう課長になったら、その仕事の全責任を彼に与える。彼が決断する権限を持っているんですよ。

 日本企業で課長クラスになっても、権限は全然与えられていないので、外国人は頭にくるんですよ。何かしようとしても、上司のオーケーをもらわなければいけない。その上司もまたその上に判断を仰ぐ。だから結局永遠に自分で決断できない。米国人が日本に対して一番文句を言っているところですよ。いくら偉くなっても、全部上の了承が要るから。

 米国であれば、すぐに自分で決められるようになる。そこが大きな違いですね。

― まずは決める権利を与えて、うまくできなかったり、能力がないと判断されたら、別の人に変えると。

中村 そうです。合わないと、辞めていく。


米国人はものづくりが苦手

― これまで米国の良さを話されてきましたが、米国にも課題があると思います。それは何だと思いますか。

中村 米国の課題は、ものづくりが苦手なことです。個性を伸ばす教育で、みんな違う人間を作る。日本はみんな同じような人間を大量につくる教育ですから、グループで品質のいいものを作るのは得意です。一方、米国人はもうグループで仕事は全然できない。

 大学で半導体レーザーの研究をやっているでしょう。半導体レーザーを作っています。例えば、作製するプロセスごとに人を割り当てて、5人で作れば速く作れる。日本ではそうです。

 で、米国でも、学生を5人呼んできて、「きみたちはこれからチームでこの1つのレーザーを作ってほしい」と言う。あなたはこのプロセス、君はこのプロセスと指示までして。私の前ではみんなイエスと返事する。でも、やった試しがないんですよ。みんなが違うレーザーを1人ずつ作るんです。グループで何かをやり遂げるという教育をほとんど受けていないからできないんです。

 ものづくりをグループで実行できないから、現在はほとんどをアジアに委託している。アジアの中でも日本が一番うまいと米国人は思っています。だから、米国人はものづくりに関しては、日本と一番コンビを組んでやりたいんですよ。日本人は一番真面目ですからね。

― そういうコラボレーションで、日本はなんとか生き長らえるんじゃないんですか。

中村 それは他のアジアの国がどこまで台頭してくるかですよね。今でも日本人が一番真面目でちゃんとものを作ると思いますけどね。ただ、中国も昔に比べたらだいぶよくなっているでしょう。韓国もそう。でも、私は相変わらず日本人が一番真面目で優秀だと思っています。


米国に定年はない。「行けるまで」です

― 中村さん自身も、今年(2014年)に還暦をお迎えになられたと思うのですけれど、今後の人生設計をどうされる予定でしょうか。例えば先ほどのレーザーの仕事で、あと何年ぐらいで結果を出すとか。先ほど話題に出た、5年というのが1つのタームだと思うのですけれど、何歳まで現役で仕事をされていくのですか。

中村 米国では定年はないですからね。定年は年齢差別になりますから、やってはいけないんです。だから行けるまで、です。

 研究は、今はもう学生や会社の若い人に任せています。私は方向性を決める。方向性、体制が一番大事なんですよ。方向が違ったらいくらやっても結果は出ないですからね。

 特に会社の従業員は優秀なので、方向性を示せば、後はほとんど任せっきりです。今は取りあえずレーザーです。これも成果が出るまでに、あまり時間はかからないと思います。それでかなりいろいろなことが変わるんじゃないかと思っています。

― 以前は休みなく、毎日のように実験していましたよね。今はどうですか。

中村 今はそんなことはないです。米国式で、土日は一応休んでいます。

― それじゃ、昔に比べて、割と趣味の時間とか、自分の時間に割いているのですか。

中村 趣味はないですね。日本人に知っていてほしいことは、米国人は月曜日から金曜日までの仕事の密度が濃いということ。これは相当に違います。昼食もなしで仕事です。携帯電話機やスマートフォンを使いどこに行っても仕事。みんな歩きながら携帯電話機でビジネスの話をしているでしょう。あの密度はすごいですね。うちのベンチャーのCFOは月曜から金曜はフルで仕事ですよ。

 米国人は仕事をしないと言われて日本人はだまされていると思います。トータルで考えたら、米国人のほうが絶対に仕事をやっていますよ。日本人はそんなに濃い密度で仕事をやっていないですよね。遅くまで会社にはいますけれど、あんなに密にはやっていない。

 それで、米国人はバケーションで休むのですけれど、休み中も電話で、スマートフォンで、メールで仕事をしているんです。子どもを世話しながら電話しながら。休んでいないんですよ、実は。休日中も仕事している。特にCTO、CEO、CFOという肩書きを持つ人は仕事している。ベンチャーの主要メンバーは、基本的に365日休みなしです。

 だから、本当は日本人は休みを取り過ぎだと思っています。

― 意志決定をどんどん速くするために、先ほどの電話会議ではないのですが、電話がかかってきて決めることはたくさんあるということですね。

中村 そう。

― どんどん決めるから、物事がどんどん進む。

中村 早いですよ。日本は必ず書類、レポートを書いて上のはんこをもらって。あれがゼロですよ。米国は書類フリーじゃないですか。ほとんどパワーポイントでプレゼンして、後はみんなでオーケー、イエスです。それだけですよ。書類なんていらない。

― それは、中村さん自身が、最初は戸惑ったんじゃないですか。

中村 私はもともと書類を書かないほうでしたから、楽でした。

― 中村さん自身は、土日はどういうことをやられているのですか。

中村 家でのんびりしています。

― 電話はかかってくるのですか、やっぱり。

中村 ええ。電話はかかってきますよ。

― 電話は必ず取るようにして。

中村 そうですね。会社のはね。

― これまで仕事のお話を聞いてきたのですけれど、プライベートで、今後10年、20年で何かやってみたいことはありますか。

中村 うーん、ないですねぇ。私は特にないです。周りをちょっと散歩するぐらいですかね。

― 特に趣味とか、そういうのはないのですか。

中村 ないですね。散歩ぐらい。ビーチ沿いを散歩するくらいのことですね。

<参考=「インタビュー 青色LEDは“ベンチャー”から生まれた 中村 修二氏」(日経エレクトロニクス)>
<消滅・削除・15/08/26>


【磯津(寫眞機廢人)@ThinkPad R61一号機(Win 7)】 2014/11/20 (Thu) 06:53

 おはようございます。


 長いので全部に目を通してない方も多いでしょう。
 下記部分が、面白いと思いますよ。


**** 以下引用 ****

 Google社の場合は、ベンチャーの創業者がまだいます。だから、大企業になったとはいえ、ベンチャーマインドでやっていると思います。創業者が代わったら、そういうものがなくなって沈没していくのだと思うのです。Apple社もMicrosoft社もそうでしょう。だから、創業者がいるころは、伸びますよ。成功した秘訣を持っていますから。2代目になったらそうはいかないでしょうが。

― ベンチャーマインドというのは、それを因数分解すると、革新的なこととか、今までにないものをやっていかないといけないというようなことですか。

中村 そうですね。成功した人はその秘訣が分かっているので、どんどん行く。そういうことだと思います。その創業者がいる限りは、ずっと伸びていくのではないですか。ただ、初代だけでしょう。2代目以降はどうなるか分からない。これから世代交代が起こる韓国Samsung Electronics社も同様です。

― Google社の話題が出ましたけれど、Google以外に注目されているベンチャーで大きくなったところは、中村さんから見ればどういったところがありますか。

中村 Facebook社でしょうか。創業者であるZuckerberg(ザッカーバーグ)氏がまだいて、何でも自分でコントロールできるので、買収でも何でもやりやすいと思います。2代目になると、やはりそこまで権力はないですよね。サラリーマン社長になってしまうと、買収しようにも自分だけでは決められなくなるから、会議を開いてみんなのオーケーを待つことになる。

 初代だったら、自分でぽんとやってしまうでしょう。はい、買収って。だからスピードが全然違いますよね。


【?】 2014/11/20 (Thu) 11:22

 Nakamura氏は、大した人の様です。それは疑えません。今回の投稿でも、その確信は増強されました。
 しかし、ノーベル氏の遺志と異なり、ノーベル賞は遅れる相場です。

 キュリーさんやアインシュタインさんから、1世紀後に、これですか。エジソンは、ノーベル賞無縁です。ましてや、ノーベル存命以前にはありませんでした。
 決して中村氏を軽んずる物でありません。ダイソーで蛍光ボールの販売を止めたのが、象徴的で驚きました。あれは、かなり最優秀でした。


 磯津さんは、「シバケンの天国」の宝です。そう言う私が何者かご存知でしょう。
 あなたの発言は、そのままに価値を持ちます。あんまり他所のに乗らないでください。あなた自身の発言に期待しますし、不満に感じたら抗議しますよ。シバケンさんワールドを逸脱してください。及ばなかったら済みませんが、ギリギリそれまでは黙りたいです。