雑談<NO.435>

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3634 <漫画家・たつき諒>/<予知夢的=2025年7月<!>が危ない<?>> シバケン 25/05/18
雑談NO.434

NO.3634 <漫画家・たつき諒>/<予知夢的=2025年7月<!>が危ない<?>><起稿 シバケン>(25/05/18)


【シバケン】 2025/05/18 (Sun) 19:09

あくまでもの、この方<漫画家・たつき諒>の、夢の世界の話です。

この方、1954年12月2日生まれの、現在70歳の、ご婦人。
<竜樹諒>とも、<たつき諒>とも、されてまして。

での、昨日<5月17日>この本<漫画>を書店に行って、買い求めたです。
漫画、なれどの、記載されてるの文字、細かくての、ロー眼には、辛いのお。

イヤ、
当方も、結構夢見るですが。この手の、所謂の、予知夢なるは、見た事がなく。

但し、現実の世界で、不可思議なるの、現象呈する事、時偶には、あるです。
の、上で、諸般、現象なるは、当方の親族の事であったり、学友の事であったり、してるです。

の、上で、当方的には、諸般、その手、親族に見守られてるの感、してるです。


<画像1>
『私が見た未来』作者が明かした、東日本大震災を“予知”するまで「轟音とともに津波が迫り、逃げ惑う人々の中で…」



>1999年、ひとりの漫画家がひっそりと引退した。平成の奇書『私が見た未来』の作者・たつき諒さんその人だ。

>本書の表紙には「大災害は2011年3月」とある。出版から12年後に東日本大震災が発生し、「幻の予言漫画」として注目を集めることに。

>ここでは「文藝春秋」2022年4月号に掲載された、たつき諒さんのインタビューを抜粋して紹介する。「夢日記」を描き始めた理由とは――。

>夢日記としてちゃんと記録するようになったのは85年からです。母からまっさらなノートをもらったのがきっかけでした。

>誤解のないように言っておくと、変わった夢はさほど見ていません。他の人と同じく個人的な内容が大半を占めるので、マンガのネタになると考えていたわけでもありません。

>なぜ夢日記をつけていたかというと、深層心理の表れとして、夢判断の本と照らしながら「なるほど、私はこういう精神状態なんだ」と分析するのが面白かったからです。


>夢日記は「私的な記録」だった
>また、ごく稀にですが、夢で見た場所や顔と、現実で出くわすデジャヴ(既視感)のようなものを経験したことがあって、夢に興味が湧いたという面もあります。

>いずれにしても、夢日記は自分が楽しむ私的な記録だったのです。

<漫画2>
©たつき諒/飛鳥新社



>90年代には、怪談とか恐怖体験の雑誌に描くようになります。そういう話を面白がれたのは、私にスピリチュアルな能力がないからです。仮に霊能のようなものを自覚していたら、あまりに現実的すぎて描くのが怖くなるのではないでしょうか。ですから、マンガのネタは私自身ではなく、周囲の人たちから聞かせてもらった体験談ばかりでした。

>やがてそうしたネタも尽きてきました。義姉が看護師だったので、病院で起きた怖い話をよく提供してもらっていたのですが、既に雑誌で発表されたものとダブっていると描けないのです。


>若い頃に見た「津波の夢」
>苦肉の策として、自分の夢日記をめくってデジャヴ体験や不思議な夢をかき集め、2つのマンガを描きました。いくつかの夢の最後に気がかりな夢として、若い頃に見た津波の夢を取り上げました。

>夢の中の「その年」は春になっても気温が不安定で、小さな地震があちこちで起こっていました。ある夏の日、轟音とともに津波が迫り、逃げ惑う人々の叫び声の中で私は意識を失って……。目が覚めても映画のシーンのように忘れることができず、作品として発表しようと下書きはしていたのですが、寒気と吐き気に襲われて断念していたのです。

>編集者いわく、読者の体験談募集のコーナーにも「大津波の夢を見たからマンガにしてほしい」という投稿は多くあったそうです。そうした声の代表として私の見た夢を描いたら面白いんじゃない、と背中を押され、「私が見た未来」という作品として描き上げました。

<本3>
『私が見た未来 完全版』(たつき諒 著、飛鳥新社)



>引退前に「大災害」の夢を見た
>その後は結局、ネタ切れでマンガ家引退を決めました。担当だった編集長にその意思を伝えると「最後にうちで発表した作品をまとめて単行本にしよう」と言ってくれて、夢日記を元にしたマンガも収録されることになりました。

>単行本の表紙絵は、締切前日にはほとんど出来上がっていました。絵柄は女性の周りに数枚、白い紙を描き、そこに自分の夢日記の絵と文字を描き込んでいました。ただ1枚だけ空白のままだったんです。何を描こうかギリギリまで悩みました。

>その夜、奇妙な夢を見ました。映画のスクリーンのような真っ白なところに文字が表示されたのです。

>「大災害は2011年3月」

>目が覚めた時、「これを書いちゃおう」とひらめいて、空白だったところにこの文言を書きました。もしかしたらということもあり得るし、書かないで後悔するよりは、と思ったのです。それが引退前最後のペン入れとなり、『私が見た未来』の表紙絵が完成しました。


>編集者は「外れたらどうするの」と…
>ちょうど1999年7月のことで、同月中に人類滅亡の日が訪れるとされた『ノストラダムスの大予言』が話題になっていましたが、それは意識していませんでした。

>ただ、編集者は嫌がっていましたね。「なんでこんな未来予知みたいなことを描いちゃったの。外れたらどうするの」と。当時は2011年なんて10年以上先ですから、それまで覚えている人はいないはず、となだめましたが、ウーッと唸られてしまったのを覚えています。

<写真4>
たつきさんの夢日記



>マンガ家を引退した後は、コンピューターグラフィックや医療事務、建築関係など、だいたい1年単位でいろんな仕事をしてきました。デビュー時からマンガ家を一生続けることはないだろうと捉えていたので、「たつき諒」というペンネームを完全に離れた、本名での生活も悪くないなと思っていました。マンガ家時代の交友関係も自然と切れました。


>2020年に状況が変わった
>忙しい日々を送るうちに2011年3月を迎え、東日本大震災が発生しました。大きな揺れの中で「あの夢の年月どおりだ!」とは……全然思わなかったです。自分で書いたことさえ忘れていましたから。

>ですから、単行本の表紙の「的中」に最初に気づいたのは、私ではありません。震災からそれほど経っていない頃に「夢が当たっていたとインターネットに載っていたよ」とか「一部の人が騒いでいるみたいよ」と人から聞いて思い出しましたが、「ふーん、そうなんだ」と受け流しました。その時はすぐに沈静化したようでしたし、そのまま忘れられていくだろうと考えていたのです。


>状況が変わりはじめたのは、2020年のことでした。

<参考=「『私が見た未来』作者が明かした、東日本大震災を“予知”するまで「轟音とともに津波が迫り、逃げ惑う人々の中で… たつき諒さんインタビュー #1」(文春)>
<文藝春秋 2022年4月号>
(22/12/27)


【シバケン】 2025/05/19 (Mon) 00:44

副題=「本当の大災難は2025年7月にやってくる」東日本大震災の予言が的中…漫画家・たつき諒が語った“予知夢の意味” たつき諒さんインタビュー #2(文春)

再度の、あくまでもの、夢の世界での話。
尚、夢見た日は、2021年7月5日。と、されてるです。
それが、何故に、2025年かは、当方的、今一わからんです。

>1999年、ひとりの漫画家がひっそりと引退した。平成の奇書『私が見た未来』の作者・たつき諒さんその人だ。

>本書の表紙には「大災害は2011年3月」とある。出版から12年後、東日本大震災が発生し、「幻の予言漫画」として注目を集めることに。

>ここでは「文藝春秋」2022年4月号に掲載された、たつき諒さんのインタビューを抜粋して紹介する。「本当の大災難は2025年7月」という新たな“予言”を我々はどのように受け止めるべきなのか――。


>たつき諒の「なりすまし」が現れた
>私は「やりすぎ都市伝説」(テレビ東京系列)というテレビ番組が好きなのですが、その番組を観ていたら『私が見た未来』が映し出されたのです。表紙の予言が当たった、と紹介されました。表紙の一部が隠されてはいましたが、「私のマンガだ」とすぐにわかりましたし、予期せぬ出来事に衝撃を受けました。

>番組スタッフが私に事前連絡を取ろうとしても、連絡先はわからなかったと思います。本の発行元(朝日ソノラマ)は既になくなっていたからです。

>テレビの影響は絶大でした。放送後、甥や姪がスマホの画面を示して「こんなに騒がれているよ」と教えてくれました。彼らの子どもたちが中高生だったのですが、学校でも話題になっていたといいます。

>私は日頃からネットを使いません。パソコンは作画などに使用しているのですが、ネットには繋いでおらず、スマホもつい最近まで持っていませんでした。ネット上の情報が正しいとは限らないし、知りたいことがあれば図書館へ行って調べるようにしています。

<漫画1>
©たつき諒/飛鳥新社



>偽物の言動がエスカレートして…
>ところが、騒ぎに乗じて、たつき諒のなりすましが現れました。姪から「たつき諒を名乗ってデタラメなことを言っているやつがいるよ」と言われてネットを見てみると、私ならしないような発言を繰り返していました。2021年には、写真週刊誌やオカルト情報誌などのメディアにも登場するようになりました。

>最初こそ「悪いことを書いていなければ放っておいてもいいか」と静観していましたが、それをいいことに、なりすましの発言はエスカレートしていきました。阪神・淡路大震災も夢で見ていたとか、尾崎豊の死を予知していたとか、さらには富士山が8月に大噴火するという新たな予言まで……。

>偽者がまるで予言者のように振る舞うようになったのです。困ったと思いつつ、直接働きかけて個人情報を知られたら何をされるかわからない、と手を打てずにいました。

>その頃のことです。「奇跡体験! アンビリバボー」(フジテレビ系列)というテレビ番組を観ていると、飛鳥新社が出している不思議な体験のマンガが再現ドラマで紹介されていました。そういう分野に理解がある出版社があるなら連絡してみようかな、と思いつきました。偽者の言動が一線を超えたと感じたある日、同社へ電話をかけたところ、編集者の方でも私に連絡を取りたいと願っていたことがわかりました。

>偽者がいる以上、私が本人だという証明をしないといけません。ペンネームと本名の記載がある確定申告の書類と、生原稿をお見せして、納得してもらいました。この出会いから、『私が見た未来』の復刻が急ピッチで動き出したのです。


>「本当の大災難は2025年7月」という予知夢
>2021年7月、『私が見た未来 完全版』の締切前に、また夢を見ました。1999年の時と同じように、映画のスクリーンのようなところに黒文字でこう表示されたのです。

>「本当の大災難は2025年7月にやってくる」

>さらに今回は、震源地らしき海底がボコンと盛り上がる様子が夢に出てきました。この時、昔マンガに描いた夏の津波の夢は、実は東日本大震災ではなくこのことなのかな、と思いました。東日本大震災の3倍はあろうかという大津波でしたから。

>目覚めた瞬間、頭に残っていた言葉や情景を慌ててメモに殴り書きしました。そのメモを見返すと、他の人が書いたもののようで感心します(笑)。「『にげて下さい!』ではなく『にげろー!!』と叫べ」といった言葉は、東日本大震災を報じるニュースを見た時の記憶が蘇ったのかもしれません。「デュアラー」と書いてあるのは、都市と地方の二拠点生活を送る人のことで、コロナの影響で出てきた言葉かなと感じます。

>正直に言うと、私にもこの夢が何なのかという確証がないですし、元来は物事の原因が気になるタイプなので、あまり納得はしていないというのが本音です。

>ただ、東日本大震災の例があるので、100%起こらないとも言い切れません。


>美内すずえ先生にかけられた言葉
>つい先日、およそ30年ぶりに、かつてアシスタントをさせてもらっていた美内先生と再会しました。先に本をお送りしていたのですが、既に書店で目を留めて買ってくれていたそうです。

>再会した際には、「あなた、何か役割があるんじゃない?」という感想をいただきました。美内先生は人智を超えた力を持つような方々と交流があり、そうしたご本も出されていますが、東日本大震災の年月だけは誰も予知していなかったというのです。だからこそ、私が書いていたことに驚いた、とのことでした。

>美内先生の言葉から、私の役割というものを考えてみると、次のようなことが言えるかもしれません。

<漫画2>
©たつき諒/飛鳥新社



>何百年や何千年に一度という大災害は、自分の生きている間には起こらないと油断している人が大半だと思います。でも、逆に言えば何百年に1度だろうが可能性は必ずあるのだから、用心しておくべきです。

>東日本大震災もそうでした。昔、同じ場所で同じような災害が起きていて、過去の教訓を記した石碑なども残っていたのに、軽視していた人が多かった。その結果、あの震災が忘れた頃にやってきたわけです。

>でも、もし「大災害は2011年3月」にあるかもしれないから備えておこう、と多くの人が思っていたなら、人的被害はもっと少なくて済んだのではないでしょうか。

>残念ながら1999年時点では、自分も含めてこの年月を忘れないでおこうと思った人はいなかったでしょうし、その時を迎えるまで話題になることもありませんでした。


>予知夢をどのように解釈すべきか
>しかし、今は違います。私のマンガや言葉に、多くの人が目を向けてくれています。だとすれば、今後起こるかもしれない災害への警鐘を鳴らすことによって、被害を最小限に抑えることができると思うのです。

>私の防災意識も変わりました。自宅周辺のハザードマップを確認したところ、江戸中期の大津波を軽視していて、想定が甘いことがわかったのです。さらに調べると、その時の洪水で、今もある神社が1キロほど移動していたことも知りました。

>こうした事例は、日本全国にあるでしょう。皆さんには、自分の住んでいる地域の地形の特徴や過去の災害を自分で調べた上で、しっかり備えてほしいのです。想定を超える災害があれば自宅が埋まる、といった危機が潜んでいるかもしれません。また、熱海で昨年起きた伊豆山土砂災害のような人災も考えられます。

>いずれにしても、考えうる様々な災難に対して、備えておくに越したことはないはずです。いざという時「やっておいてよかった」と言うことはあっても、「やりすぎだ」と苦言を呈する人はいないですからね。

<参考=「「本当の大災難は2025年7月にやってくる」東日本大震災の予言が的中…漫画家・たつき諒が語った“予知夢の意味” たつき諒さんインタビュー #2」(文春)>
<文藝春秋 2022年4月号>
(22/12/27)