不可思議の世界NO.4
京都・亀岡の良く当たる占い師の話
<京都でよく当たる占い師は?>
注;URL<京都inet>
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目次
NO.70 従兄弟が逝きよった(3) 貴生川駅まで(2)
NO.69 従兄弟が逝きよった(2) 貴生川駅まで(1)
NO.68 従兄弟が逝きよった(1) 訃報届く
67.出雲大神宮夏越の大祓(4) 神仏以外に誰に頼めるのか
66.出雲大神宮夏越の大祓(3) 念じる事は数多有れど
65.出雲大神宮夏越の大祓(2) 茅の輪潜り
64.出雲大神宮夏越の大祓(1) 鳥居の横手
63.伯父貴が逝きよった(12) 事もあろおに火葬場の話(2)
62.伯父貴が逝きよった(11) 事もあろおに火葬場の話(1)
61.伯父貴が逝きよった(10) 聖護院のお坊様と山伏の読経
61.伯父貴が逝きよった(10) 聖護院のお坊様と山伏の読経
葬式なるもの、お町内にお隣さんご近所さんのご協力もアテ成立するのでありまして。
勿論ですが、其れなりに独自に出来ん事も無いのやけれど。
隣近所、町内会とのお釣り合いも考えなアカンのでして。
葬儀社でヤルのが増えて来たら、自分の処ダケが自宅でするワケにも往かへんし。
イヤイヤ、葬儀社でヤルにしてもお町内の皆様方にはお世話にならなんだらアカンのやけど。
斯くなる次第で、余程の事情でも無い限りは時代の流れ、周辺の状況にも合わせまして、家でやるなら家で。葬儀社なら其方でやらなしょおがない。
ならば、我が近隣では葬儀社故、其方かなと。
葬儀社のホウが親族一同、関係者一同の皆様にしても気楽は気楽。やけど、ハキリ云うて一抹の物足りなさもアテ、私はチと不服。
トリアエズ、伯父貴のはそれなりの弔問客も来てクレて一安心。などと喪主でも無い私が云うのもナンですが。
夜伽は特に取り上げて云々もナク、淡々と進行したものですが、お焼香も一通り終わりまして、お坊様、可成りお若いのですが、大学を卒業されて間ナシでないかと。
されど、読経も終了しまして、滞りなく完了。
喪主より、明くる葬式には親族一同、悪いのやけど、突然やけど、出来る事なら一時間前に集ってクレとナタ。
出来る事ならと曖昧にさせずに、来てクレと云え。
実は夜伽開始の直前ですが、葬儀社の案内係が信ちゃんにナニやら耳打ちしまして、喪主、突如眼の色が替わり、顔面紅潮、ニコニコして、
「タケオさん、タケオさん、エライ事になりました。」
私がタマタマ、喪主のソバに居ただけですが、表情からして佳い話とは察知してたけど。
聖護院のお坊様がお葬式には是非共、読経させて戴きたいと。申し出がアタのですて。
其れはソレは有り難い事です。私等みたいな俗人ではヤテ戴けん事です。
伯父貴が聖護院派の山伏として、長年修業して来た結果の一世一代、最期の最期、最高のご褒美でアルからにして。
そんな事で、親族一同早め、一時間ですが、集合、着席しまして。
聖護院とは正式名称、本山修験宗総本山聖護院門跡と申しましますが、簡単には山伏の大元締め聖護院のはどんなモノかと、イヤイヤ、ご立派なものでありました。
されど、来て戴いたお坊様の事は誰も知らんし、自己紹介されたワケでないので分からんのですが。
マサカ、マサカの門主様が来られる筈はないのですが、兎に角お坊様、三名。後方には山伏、装束は着てませんが、約二十名を従えての読経三十分。
中央のお坊様が読経し、アトが其れに付き従う。
人数が揃えば、其れはソレは、合唱団の如く迫力のある読経でありました。
お願いしましてのお坊様はお若くて、お一人様。其れで充分なんですが。
聖護院からお越しのお坊様三名様は其れなりの年齢でして、中年ですが、山伏はお年寄りとするのか爺さんバカリ。
年寄りが佳いとは云わんのですが、医者に坊主は若いよりは其れなりの歳を喰ってるほが安心感がある。
正直に云えば値打ちが有る。
私が或る程度の年齢、有り体には歳をチとだけ喰ってるセイもありますが、お若い坊さんに人生とは云々とお説教されても実感が沸かんやないか。
夜伽では読経のアトで、ホンの二三分ですが、人生とは。などとホントにやられたけれど、失礼乍ら内容に乏しいて、聞いて無かった。お声が小さかたセイもあるけれど。
伯父貴の後輩、山伏団の皆様、お経を諳んじる、とまでは怪しカタけれど、教本をチラリ、チラリと見乍ら首から垂らした長い数珠で念じつつ。
数珠は伯父貴の貴重品でもありましたが、大勢に読経して戴けるはホントに有り難く。
お坊様からは聖護院門跡の朱印のある短冊に名前、俗名ですが、書いて戴いたものを飾って戴きまして。
此のトキ初めてです。不覚にも胸が詰まり、ジンと来た。
思い掛けずも、聖護院からの三名のお坊様。そして、大勢の山伏仲間に読経されて、ナンの思いを残す事もなく。
伯父貴は生涯を通した気儘、道楽でもアテ、晴れ姿でもある山伏装束して。
あの世への旅に出発してしもた。
(03/05/15)
62.伯父貴が逝きよった(11) 事もあろおに火葬場の話(1)
五月十五日は雨天。
此の日は得体不明の白装束の集団、千乃裕子婆さん率いる処のパナウェーブ研究所が主張する世界破滅の日に相当。
やのに、委細構わず、京都では予定通りの葵祭りが挙行された。
雨が降ても槍が降ても、葵祭りは雨天順延致しませヌ。京都御所を出発、下鴨神社、上賀茂神社へと向かう。しかるに、葵祭りとは上賀茂神社、下鴨神社のお祭りや。
しかるに、しかるにですが、京都の三大祭り、祇園祭、葵祭り、時代祭りは決められた日時に決行。
三大祭りでなくとも、大抵のお祭りは決められた日時で雨天順延は無いけれどや。
朝のテレビでソか今日は葵祭りかと。学生アルバイトでやったがな。
ナニに扮したか。までは覚えてないけれど、アルバイトで佳い役なんかさせてもらえるかいな。
太刀持ちか、傘持ちか。単に歩いてるかダケの数のウチの賑わしやんか。シンドイ目はしてなかたから歩いてたダケ。
京都ではお祭りが多いのですが、お祭りのアルバイトは超人気。理由は簡単、拘束時間が短くて実入りが佳くて。当時一時間百円の相場で日当千円もらえるのやで。
葵祭りでは想い出がある。お祭りのアトで振る舞い酒を戴いた。
当時も今も私は下戸。当時のほがもっと下戸。
縁起物や。上賀茂神社の御神酒や。無病息災、家内安全、学業成就と世話役のオッサンに勧められ、呑まされたはお猪口に一杯。
呑んでスグに真っ赤となり。帰りの市電で真っ青にナタ。真っ青にナテ、頭はガンガン、吐き気はするわ。便をもよおすわ。
戴いたる折角の御神酒を吐くワケには往かん。無病息災、家内安全、学業成就、死守せにゃならぬ。
吐きもセズ、出しもセズ、グッと我慢してたけど。市電の中ではフラフラになて。立ってられずにしゃがみ込み。
四条西洞院の市電の駅から家まで、どないして辿り着いたかも覚えて無いけれど、吐かずに出さずに、無事やたのは覚えてる。
しかるに、地方から来てる学生ならお祭りに参加が出来るしなあ。私なんか小さい頃から見てたから、珍しくもないけど、アルバイトで三大祭りを総舐めしてしもたった。
やのに、以来、見た事がない。歩いて見に往ける距離でないのが原因かと。
こんな具合にお祭りの話。ならば、お目出度いし、賑わしですし、延々としても佳いけれど。
お葬式の話をヤリ続けるのもナンですが。此の際、ツイデででヤテまえと。
イヤイヤ、しかもの火葬場の話やで。
幾らナンでもツイデにしても。気が退けるのやけど、此処まで来てしもたら、ツイデやツイデのモ一発やと。
火葬場、京都なら五条通り、国道一号線を東山。
山科の手前のトンネルのウエですがな。トンネルの手前でサッと横路に逸れまして。ナン百メートルかを登って、ドンツキを左に往けば東山ドライブ・ウェーで将軍塚。
京都の夜景、今ならナンボか知らんけど、日本経済、相当なるデフレで目減りしてる。カモ分からんけれど、目減りする以前のン十年前からの評価額、変動してないならばです。
百万弗の夜景が見える筈。
やけど、其のン十年はご無沙汰で往ってないからどんなになてるか知らんのや。
昔なら、山の中、薄暗い場所でもナンの心配もしてなんだけれどです。もしかして、怖い場所になてるのでないかと心配してる。
左手の将軍塚ではなくて、右にハンドルを切れば、道ナリで火葬場や。正式には京都市中央斎場。三十年振りの訪問でして。祖母のトキ以来です。
当時は火葬場ラシキ情緒タプリの風情でありまして。要はモノ寂しい場所ヤタ。しかも、焼けるまでには数時間を要し、一旦家に帰ったがな。
他には天瀬ダムの火葬場。
母方の伯父、覚之祐オッサンの兄やけど。父方の叔父の葬式ヤタ。真新しくも近代的なる建物で設備であて。焼き上がるまで、ユクリとくつろげる場所もあったがな。
亀岡のは十年前。やのに往ってビクリしてしもた。三十年前の祖母のよりも旧式でして。云うたら悪いけど、流石に田舎やなと。
火葬場の担当者が一人だけで爺さんでして、気付け薬の目覚まし薬で且つ、鼻薬。
チとではなくて、大奮発してです。紙に包んでコソリと手渡し、宜しくお願い致しますと誠心誠意でモテ、懇願するのやでと。
葬儀社の担当者から念入りに耳打ちされたがな。さもなくば、御機嫌麗しく無くなて、場合に寄ればです。半焼きにされるからにしてヤテ。嘘やないです。ホンマにソ云われたから、ソしたがな。
云われなくとも、昔は鼻薬、とまでも云わんでも、チョッとだけでも紙に包んで渡すのが習わしヤタのです。
さもなくば、とまでは云わんけど、手加減、匙加減で焼かれ具合が左右されるラシイ。
とは悪い冗談の世界と想てたのに。ホントに云われたのにはビクリした。聞かされた相手が相手だけに、真実味があるやんか。
しかも、現場に着けば、気むずかしいソな、爺さん一人やったしなあ。
祖母の時代以来の京都市中央斎場、早い話が火葬場、チラリと見ただけで安心した。
綺麗な施設にナテまして。近代的建造物で設備で施設にナテまして。
知らんかたら、ナニかの談話室か集会所かと。佳く見て、もしかしての喪服趣味のカト。
其れ程に明るい雰囲気の火葬場になてるのや。
(03/05/16)
63.伯父貴が逝きよった(12) 事もあろおに火葬場の話(2)
いやまあ、ナンです。
チナミニ、事もあろおに、ナルホド納得の霊柩車は、「4444」番。
私と同乗してたヤツ、従兄弟ですが、九が三つやて。
其処まで来たら、四つにしてしもたらスッキリして佳かったのに。今時、料金支払えば好きなナンバー・プレートが戴ける。
カタや、住民基本台帳ネットワークで、住民票コードに四とか九が混ざると厭やから、替えてクレとの要請が有ったとか。
私のにそんな数字がアタのかどかまで覚えてないのですが、意図的に選択すれば別ですが、タマタマでこんな数字が幾つも並んだら怖いなあ。
等と気楽に無駄口叩いてましたら、京都市中央斎場に到着。
しても、右も左も分からへん。只、ヒタスラに葬儀社のお方、先導者の往かれる方向にくっついてくだけですが、誠に慌ただしい。
案内された部屋には伯父貴が待ってまして。
ご指示のままに親族一同、お焼香させて戴いて。終われば、部屋をササと移動。入った処が焼き場で、手回しの佳い事で、伯父貴は既に居てまして。
幾つあるのか、数えて無いけど、綺麗な部屋には電気炉がズラリ。
此処が火葬場と知らなんだら焼く炉であるとは分からん程の、誠に明るい雰囲気、落ち着いたる配色の施された部屋でして。
先導者から間違いないですネと念を押され。ナニを確認するのかと想えば俗名が書かれた名札だけ。
喪主が頷けば、先導者の合図で制服を着た炉の担当者は無言のまま炉に入れてしもて。
ボタンを押されて、問答無用、自動的に扉がピシャリと閉まる。
モ一度、デハと制服の担当者がお辞儀をされまして、ボタン一個です。押されて、モ一度お辞儀をされてお仕舞いです。
アア、此れで灰にされるのやな。等と感傷に耽てる間もナク、又移動で、誠に忙しない。
其処に居てましてもナニも見えへんし、分からへんし、ナニもする事も無いし、邪魔なだけ。
誰の葬式で、何処であったのか。
火葬場に往きましたら、お隣のご親族一同、打ち揃い延々と、「南無妙法蓮華教」の大合唱したはりましたが、私等はそんな場で、「南無阿弥陀仏」を唱和する習慣が無いものでして。
移動の前に各自適当に炉に向かって黙々と一礼、合掌してお仕舞いです。
さて、移動した先、狭くはないから広いのですが、待合室には喪服の人で一杯で。
喪服を除外したら、火葬場の雰囲気ではなくて、賑やかなる談話室。自動販売機は有るし、談笑の大声と熱気でムンムン。
全員のお顔、表情までは観察してないけれど、涙に暮れてる人が無い。暮れてる雰囲気の場で無いのか、皆様、ニコニコ顔で晴れやかで。
要は焼き上がるまで待機せにゃならぬのに、満員御礼状態で座る席、テーブルが無い。多少ならば、有るには有るけど、こんな場所で相席ではナ。
余所のご親族一同様の和気藹々の場に割り込んでの、ご愁傷様ですと挨拶するワケにもイカンがな。
そやから云うて、総勢十何名かがそこらで適当にバラバラで、時間を潰す。ワケにも往かず。
まごついてる間もナク、先導役に促されて、螺旋階段です。
上がる人、降りる人、交通整理が要る程の人の往来激しい螺旋階段を二階に上がれば喫茶室があるやんか。
やけど、此処も満員御礼。理由は簡単。
前日が友引のためもアテ、本日二日分の葬式ですよ。とは先導者がチラリと。ナルホドと納得した次第。
とは云うても、喫茶室から出る一団もありまして。先導役は彼処と此処と其処に座ってクレ。
そしたら、何処かの一団、アア空いたでと横入りで駆け込みされてモテ、アッと云う間もナク、占領されてモタ。
テーブル確保の争奪戦、確保も大変ですが、場所柄からしても、オイ、オマエなあと、喧嘩口論御法度、出来る場でナシ。先を越されたなと想てる間にも流動激しく全員座れてしもた。
喫茶室であるからにして、種々あるのですが、コーヒーが無難。すすり乍ら、親族一同、時間潰しの雑談、談笑させて戴きまして。
事程左様に、斎場も大いに改善されてまして、場に相応しく物悲しくも寂し気で、悲嘆に暮れての幽霊が出ても不思議でない程の昔の面影は微塵も無いのですが、此のほが余程佳いに決まってる。
そんな意味ならば、亀岡のはどんなになてるのか、なてないのか。生焼きの恐怖が待ち構えてるのか。
引っ越しの無い限りはトリアエズは亀岡で焼かれる運命故、大いに心配する処なれど、有り難い事に数年マエに近代化されたのです。
斎場での話は此れ以上は無意味故、割愛しまして、帰りしなです。
車は東大路通りを南下して、ナンとまあ、「空海と高野山展」を開催の京都国立博物館のソバを通過しての南ブライト・ホールに戻ったのです。
二日前には伯父貴を想いつつ、観に来ただけに、此れもナンかの縁やろかと。
(03/05/17)
64.出雲大神宮夏越の大祓(1) 鳥居の横手
諸般、諸々種々雑多の事柄数多有りまして。
見てくれ暢気者の私にも悩みは山程有るのやワイ。
家族の事、私自身の事。
指折り数えてたら、足の指まで折っても足らんのや。折れる物はナンでもです。
髪の毛、眉毛に睫毛に鼻毛。薄い髭から無い筈の胸毛と臑毛までの一本一本折っても足らんヤロ。私に限らず誰でもそやと想うけど、沢山有るみたいでも結局、百八つの煩悩でまとまるみたいです。
さりとて、実際にナニがあるかと、羅列の文字化でもしたら、出て来るのは知れてまして、十本の指でも余ったり。そんな筈無いとなるのが落ちでして。
トアル本、風水なれど。立ち読みではなくて、チャンと買おてますが。
九紫火星の御仁は六月三十日に神社に参拝してのお祓いを受けよ。さすれば夏以降、佳い事があるゾ。
夏とはもお夏やけど、暦には標しを付けてのどしょかと、本を買おたトキから悩んでました。早い話が半年前の年末からや。
九紫火星、六星占術、確率九分の一の日本列島の住人、九分の一もがそこらの神社にお参りしてたら大入り満員でお祓いも数珠繋ぎ。
と想いつつ佳く読めば、全ての星に適用やて。さすれば、お正月の初詣状態になるやんか。
やけど、平日であるからにして、そんな事にはならんし、知ってる人も極僅か。
イヨイヨ、当日の朝となて、往くなら朝一番にデモですが、邪魔臭い病と出不精病が頭を持ち上げて。
元々が持ち上げてますが、気が向けばと念のために標しをつけてたダケでして。
悩ましいのは、伯父貴の忌が四十九日間。既に明けてますが、一説では一周忌までとも云うてるし。三親等なら気にするなとも。
ドレを信用して佳いのやら。忌の期間は鳥居を潜るが不味いとかで。しからば、無難に鳥居の横手から侵入すれば佳いとも云われてる。
ついでに、お祓いをして戴けとナテますが、そんな大金出してまで。幾らか知りませんが、して戴いての効果がです。大いに疑問有りでアサリとお祓いは念頭から消えてます。
沈思黙考、小一時間も考えてたら日が高くなて諸般の事情で往てられん。往くなら往くで、辞めるなら辞めるで早めに決断せんとアカンのですが。
其処が柔弱不断の我が性格も災いしましてのギリギリ一杯のいつもの事なれど、悩みに悩んで、結局はチと往ってみるかと重い腰を上げるは珍しい。十の九までは想い巡らすだけの堂々巡りで邪魔臭いと辞めてまうか、其の事自体をスカリと忘れてます。
往くのは佳いけど、何処の神社にするかの大きな問題もありまして。
極近所、歩いて二十分、車で数分の大井神社でも佳いけれど。此の際、ついでなら千歳の出雲大神宮にお参りしてみるかとヨオヨオに決断。
決断したら気が急きまして。ソソクサとです。車で所要時間十数分やろか。
平日でもあるし、時間が時間。やのに、出足の早い屋台が一ツ、平日でも屋台が出るのか、準備中の小母さんはお店の前の掃き掃除に水まきに忙しく。
いやまあ、水まき、地べたがコンクリートにアスファルトになて以来の暫し見てなんだ。
京都に居た頃、アスファルトに舗装になても慣例、習慣、惰性でやてましたが、イツの間にやら辞めてもた。
そやけど、遠路遙々客人来る予定やたら、やらんとイカンよな気になてやてましたが、カンカン照りの日だけで、雨降りにやてたらキチガイや。
そんなこんなの朝の早い爺さんが三々五々。たったのお二人だけですが、ポリのタンクに名水、御神水を調達しに来たはったのですが、私は手ブラの此の身一つ。
当たり前ですが、車で来てるのやから、免許証持参。財布とお賽銭用の小銭入れも持って来てます。ついでに、携帯電話とハンカチ、ポケット・ティッシュ。
昔なら鼻紙としてたけど。其れすら忘れて、服の袖で拭いては鼻水でテカテカやた。今時そんな汚い餓鬼は居てません。ハキリと私は汚い餓鬼やった。皆が同じに汚なかた。
もっと云うたら、お年寄りはハンカチ、手拭いを鼻紙替わりに使たはた。自分の鼻糞を自分ので拭くのにナニが汚い。洗えば元通りで綺麗に使えるやんかと。
ナンでそんな話になってしもたか、原因不明。多分なら、日本全土豊になたし、綺麗になてると其れだけやけど、往きしなには国道九号線、前を走る車からは煙草の投げ捨ての白髪の爺め。そやから煙草の税金は上げられるし、同一視されて愛煙家が嫌われるし。私もこんな奴、大嫌い。
気が早いけど、帰路では姉ちゃんが紙コップをポイと捨てよっての誠に綺麗なお国柄となりましたのは我が身の外面だけ。
そして、そして、忘れてはナラヌ。モ一二ヶ月もしたら気にしやへんけれど、気は心の鳥居は横手からなれど、隙間がなあ。
境内境界線一杯イッパイに設置されてる柵との隙間が狭いのや。
北野さん、北野天満宮の事ですが、彼処なんかは隙間が一杯。横からでも縦、タツと発音して欲しいのですが、でも自由自在。其れだけ広いと云う事なれど。
正確なる表現すれば、出雲大神宮は小柄の私でも抜けるられるかどかが大問題。最近出気味のお腹を精一杯に引っ込めてまして、ホンマに無理矢理にです。
其れこそ着てる服を鳥居と柵に一杯、イパイ、擦らせてしもてのやっとこさです。下手に汚したり、破ってしもたら嫁はんに叱られる。
要するに、さりげなくは素通り出来ずにナンとか破らず、汚さずの無事に通過して。ナニやら冷視線を全身に放射されたのを感じたる方角、ハタと左手社務所を見遣れば、神官さんがチラリと見ぬフリして横目で見てやがる。
別段、真夜中の闖入でもあるまいにの朝っぱらの早朝やで。賽銭泥棒に来たワケでもナシのお賽銭は出しに来たったのや。
もっと広くしてクレてたらこんな不様な真似せんでも済んだんや。
されど、土日の昼間、人の多い時間帯ならよおやらん。恥ずかしいて絶対にや。
(03/07/01)
65.出雲大神宮夏越の大祓(2) 茅の輪潜り
七月一日より煙草一本一円の増税。
二男が云うに予約をしといたか。
予約ねえ。ナンで予約をせんならんのや。六月一杯までは前の値段のままやんか。
間際になたら、貯め買いする人が多いから、お店から煙草が消えてまう。よって、予約をしといて、六月末に買うとするのか、引き取るので。
成る程、増税は何度も経験してますが、其処まで気がつかんかた。私は一箱づつでなくて、一カートン単位で調達してるのです。
月末、出雲大神宮に往った日ですが、煙草屋に往けば二男の忠告どおり。
カートン単位で見えてるから張り込んでの二カートンをクレと注文したら、全部予約済みやて。
全部は語弊があるけれど、悪いけど、カートン単位では困るので、自動販売機で買おてくれ。
自動販売機で二十箱、出すのも大変やけど、出しても持って帰るのがモト大変やんか。
ズボンの両ポケットに、ポロシャツのポケット。いっその事、シャツのナカに放り込んだろかと考えたり。其れこそお腹が出っ張るから、物は試しと、ポリ袋を一つ頂戴なと請求したら、自動販売機から沢山出されたら補充が面倒と、コソリと一カートン、分けてクレた。
云うとくけど、強要はしてない。指示に従い自動販売機から出すつもりにしてた。
さて、前日の掲載文から想わぬ伏兵出現して。メール数発京都市内の十代の青年。
打ち水、土砂降りでやてたらキチガイは分かるけど、ナンでカンカン照りでまくのかと。
真夏の風情です。打ち水しとけば涼しいやんか。道行く人も涼しいしと心配り。向かい三軒両隣にも心配りして、其処まで越境して、まいとくのが近所つき合いや。
夏でなくとも普段からなれど、併せて掃き掃除しとくのも近所つき合いでして。お互い様にそしといたら、ウダル真夏、ナニかあても熱くならんで済むやんか。
されど、やてやてるのにやてクレへんかたら、逆効果。塵を向かい三軒両隣にペッペッと掃きチラしたらモと逆効果。
見て見んフリして、其処が京都人のチとイケズな処ですが、そんなお付き合いも陰潜めてるのがもっと、モと寂しい。
脱線、補足はそのクライにしといて。
鳥居を無事にと云うより無理矢理ですが、通過したら遠慮はご無用。
神官以外、人気、ヒトケとお読み戴きたいのですが、無き境内でマズは手とお口を清めましての名水、御神水をホンの一口戴きまして。
ハタと横手の案内板を見れば飲むなら煮沸してクレやて。名水、御神水を煮沸てかいな。
もお、飲んでしもたがな。
幸にして、現在唯今、お腹ピイピイとも鳴らずに無事生存してます。
しかるに、案内板やけど、何回も来てるのに気がつかなんだのですが、犠牲者が出たのか心配し過ぎか、何処からかの横槍かと。
出雲大神宮、社殿建立、和銅二年からの千三百年でさえも、腹を壊した奴が一杯居たら名水、御神水とは伝承されへんやないですか。
さて、イザです。
本殿に向かおとしましたら、本殿への石畳のど真ん中には茅で造った大輪の輪がドンと設えてありまして。イヤマア、ナンです。こんな物見るのは初めてなんや。
横手には案内板があります故、ナニかいなと、興味津々、読めばお祓い処か大祓ですて。
其れだけでは佳く分からんからチと解説。
当日六月三十日には出雲大神宮に於きましての古儀に随いての茅の輪、チのワとお読み戴きたいのですが、茅でこさえた輪を潜る神事がありまして。
参拝者が茅の輪をくぐり抜ける事に寄り、悪疫、諸災から免れ心身共に清らかなにならん。つまりは、大祓を受けた事となりまして。
チナミニ、茅の輪潜り、大祓ですが、年に二回執り行われ、六月の晦日が夏越の大祓。
十二月の大晦日は師走の大祓と称す。
なんやて。自慢やないけど、全然知らなんだけれど、夏越とはナゴシとお読み召され。
方法は極めて簡単。和歌を詠み乍ら茅の輪を潜って、左手に旋回。
再び茅の輪の正面に立ちて、モ一度和歌を詠み乍ら輪を潜りの右手に旋回。
再々度、茅の輪の正面に立って、和歌を詠み乍らの潜りて左手に旋回する。
都合三度の茅の輪潜りに寄りましての大祓いを受けた事になるのやて。
和歌とは、
「水無月の夏越の祓する人は千年の命延ぶといふなり(拾遺和歌集)」
としてありまして。
六月やから水無月でして、千年も長生きしたら妖怪なれど、百年も生きてるツモリも無いけれどです。寿命は自分で決められへんのが辛い。
しかるに、大金を支払う事も無く大祓までして戴けるのです。
輪の中央にはロープが上下二本を真横に張り付けてるから、邪魔なんや。マサカ、輪の中央、ロープとロープの間を空中突破はサーカスやあるまいに。輪の向こう側にはマットも敷いてあらへんのに。
爺さん、婆さんならジャンプして、着地で骨折するゾ。首の骨でも折れば、千年処か即刻の彼の世往き。
ロープの下しか術は無いのですが、相当に姿勢を屈めな潜り難いけど、迷う事なんか無いのです。
ご案内板のご指示どおりの和歌を黙読。
大声出しての朗読は周辺に誰も居てなくて、たったの一人と云えど恥ずかしいからですが。
兎に角、書いてあるとおりの方法で茅の輪を潜ってやれと。
早朝の出雲大神宮にて、我れ一人、神事、茅の輪潜りを鋭意決行。
(03/07/02)
66.出雲大神宮夏越の大祓(3) 念じる事は沢山
煙草の値上げでお小遣いを直撃されて、相当に応える。
値上げは何度も経験してるけど、デフレの時代の値上げやで。
デフレ打破、強制的インフレ政策も愛煙家と発泡酒で呑み助を狙い撃ち。実入りもインフレ傾向ならば容認するけれどです。
其方はデフレのせめてもの現状維持なら佳いけれど、益々深刻なるデフレの一段の加速故、この度の増税値上げは痛手も痛手。
一カートン十箱クライはスグですし。二男から予約の話を無視してた真相、真意。買い溜めするにも資金が枯渇してたのもありまして。
潤沢なら委細構わず、ドンと来い。有り金叩いてでも向こう三ヶ月分でも半年でも。
買い溜めするけど、あらへんがな。其のほが余程に得と分かってても、嫁はんにカクカク、シカジカでと告白のお小遣いの前借り、借金してまで買う気もあらへんし。正直に云うたら前借りなんか出来ますかいな。此の機会に辞めたらどやと返って来る言葉は分かってる。
イヤイヤ、云うとくけれど、お小遣いの前借りなんかした事ないゾ。口が裂けても頼まへん。
しかるにですが、煙草なる嗜好品は辞めとこと、四六時中とまでは申しませんが、嫁はんからは顔さえ会わせば毎日のよに云われてまして。
禁煙実行は過去四度あるのです。勿論ですが、挫折しての今日があるけれどです。
一度目は息子共が誕生した時期でして。二人やから二度ですが、長期に渡ってた。
三度目は過労かナンか知りませんが、倒れた事がありました。検査入院だけの二週間で退院したけれど、四度目は足を骨折したトキでして。
要は入院絡みで気がつけばナン日間かは煙草を吸てなかったのに気がついてです。出来れば、このまま続行したい。とは想たけれど、イツの間にやら元の黙阿弥、アカンなあ。
実際問題としてです。煙草さえ吸わへんかたら、我が少ないお小遣いでも相当なる余裕が出来まして。文庫本を単行本に切り替えたりが可能也。
されど、単行本では買おても置く場所が無いです。余程気に要ったのでない限り、文庫本でも保管場所が乏しいから放してるけど。
イヤイヤ、イキナリの禁煙は辛いけど、一大決心、マズは節煙からでも出発して、ジワジワと禁煙してしまおかと、決意ダケはしてます。但し、現在唯今はです。
さて、茅の輪に対峙しての輪潜り神事、大祓です。
潜る前の和歌を詠むマデにです。
諸般、諸々、雑念、諸行無常の梵鐘百と八つの煩悩。家族の事、自分の事。
マズは、煙草の値上げなんか気にセズにです。節煙、禁煙で悩まずに済むだけのお小遣いを戴ける身分になりたいナ。
ソラそおなんや。諸般と諸々、百でも八つでも殆どが此処に帰結する。此処とは我が家の財政の事也。
当然やけど、上を見れば切りないし。世界一周、金満旅行したいとは望んでないです。
出不精、邪魔臭い病もあるけれどです。先立つ物があればイツでも出来るけどやらんだけのと、考えるだけ無駄とは大違い。
芦屋に本宅、軽井沢の別荘、豪州に別荘なんか想いもしてないです。琵琶湖の畔のマンション一室も考えてないし。
出来るなら、台所のリフォームしたいなあ程度。嫁はんが望んでるのですが。
イヤ、金満旅行をしたり、別荘を持てる身分になれたらナ。したり、持ったはる人が羨ましいナとは想てます。
其処に至るまでには苦労がアタとも想うけど、運だけの人もあるやんか。
人生、お金やない。愛ある家庭と家族が一番大事。
勿論そおなんやで。異議なしの諸手を挙げての賛同ですが、先立つ物が限度を超して枯渇すれば、愛ある家庭も崩壊の危機に瀕する事もある。最低限の食べて生活出来ての事やんか。
其の前提維持のためにも一家眷属、健康であらねばナラヌ。
たとえ、生活が出来ても不健康。イヤ、煙害だけでナクてです。不眠に風邪引き、便秘に肩凝り、耳鳴り、頭痛に腰イタは日常茶飯事でして。
適当に羅列しただけでの一般論でありまして。私事なら、不眠は無関係で、風邪引きは前回がイツやたか忘れる程のご無沙汰でして。そお云うたら、痔がアタけれど、望むならば耳鳴り解消したいけど。
そんな我慢してガマン出来るものではなくて、如何なる不健康もナテしもたら我慢し、耐えねばならぬのですが、痴呆になたり、寝たきりになたりのその他諸々のナニしたらです。
家族も当人も大変やで。痴呆では当人分かりませんが、金銭に換え難き難渋となる。尚且つ金銭もなければどするのか。
現在唯今ならば、其の手の深刻なる問題が無いからです。こんな阿呆な冗談云うてられるけど、一歩間違おたらやてられへんで。
そんな問題はジワジワと押し寄せるだけのでなくて、不運、不幸は予告もなし。一気に押し寄せるのも存在する。
願わくば、一家眷属、天災地変、事件に交通事故には遭遇せぬよに。
遭遇しても物損ダケに留まってクレ。
不幸にして留まらんでも、当人の身の範囲で収まってクレ。他人様の身に断じて損傷及ぼす事無かれ。
当人の身の範囲に及んでも、願わくばカスリの傷程度で留まってクレ。
断じて、一生棒に振るよな目には遭おてくれるな。相手様にも遭わせるナ。
カスリの傷で留まらんでも、手か足の骨折程度の時間が薬の治るで収まってクレ。
其れ以上は断じて罷り成ラヌ。
順番も間違うは成ラヌ。順番とは彼の世に往く順番の事である。
しかるにですが、神仏に対峙し、念じるに事数多有れども、禁煙の話は一度も出した事無し。
(03/07/03)
67.出雲大神宮夏越の大祓(4) 神仏以外に誰に頼めるのか
今すぐにも、今日の明日のと。
差し迫ったるイザでないけど、イザのトキの神頼み。
種々雑多のお強請りしての万事宜しくお頼の申します。
天下布武、歴史上の人物を引き合いに出すのも烏滸がましいなれど、織田の信長公曰くに神仏は頼るものではなくて、尊ぶものなるぞ。
ソは云うても、織田家存亡の決死の一戦、桶狭間の戦では、熱田神宮にて戦勝祈願してるやないですか。
イヤイヤ、其れで佳いのです。立場、状況に寄て思想、考え方が変遷して当然。同じ処に留まってたら進歩が無い。
進歩の無い私の念ずるは、我が身、我が一家にまつわる私利私欲、欲深くの精一杯の山盛りでして。
人力によては如何ともし難い事柄でして、金運財力仕事運、家内安全健康運、危険未然防止祈願で神様、仏様。頼れる物ならナンでもでして、鰯の頭でも構いません。
ホカに誰に頼めと云うのやな。人様におすがりしてもご迷惑やろし。ご先祖様には始終お願いしてますし。息子共には気いつけやとしょっちゅう云うてるし。
過去は過去として置いといて、振り返れば現在唯今が最低なんか、マシなんか。
一寸先もマダ暗闇なんか、光明が待ち受けてるのか。分からんからの神頼み。
何分、平日の早朝故、閑散なる境内でして、茅の輪に対峙するは我れ一人。
前にも後にも並ぶ人は居てへんし、誰に遠慮も気兼ねも、気も急かされる事無くての念じる時間なら幾らでも。
と云う程の長くもやてませんが、案内板には潜る方法が図解までされてるのに、現物に張られてる二本のロープが描かれてない。
チと簡略したはるナ。とも想いつつ、仕方がナイから身を屈め。イザ、潜らんとしたトキです。通り掛かったる妙齢の美女。
日傘を差されてましての我が格好を横目にクスリと笑いやがて。単なる気のせいかも分かりませんが。ソのよに見えた。
妙齢の美女も茅の輪を潜るのか。潜るなら早くせんとナと身構えたけど、避けての横手を素通りの本殿に一直線。折角やからしたら佳いのですが、強要するワケにも往きません。
其れこそ出雲大神宮の神官からオイオイ、オッサンよ、佳い歳してナニを遊んでる。
とでも注意されん限りですが、案内板には茅の輪を潜るな、触るな、遊ぶな、危険注意とはしてないし。其のよにセヨと説明してあるし。
勿論ですが、壊したりしたら叱られるから、壊さんよにダケ注意して。
境内ど真ん中に設えられたる茅の輪。和歌を黙読、三度の潜りをしましたら当たり前ですが、元の位置。茅の輪の真正面に戻るだけ。
本殿は輪の先、前方にありまして、どしたら佳いのかと。
イヤ、輪を四度目潜って、直進すれば佳いのか、輪の右でも左でも適当にで佳いのか。如何なる経路で本殿に向かうかが大問題。
どでも佳いみたいやけれど、本殿に向かう石畳のド真ん中。茅の輪潜りが決め事ならば、決め事には此の先の決め事も有るのでないかと想ただけ。
丁度其処に、社務所でチラリ、チラリと鳥居を避けて境内に闖入のオッサン、私の事ですが、一瞥してた若き神官が目の前を通過。
元々、我が周辺をウロウロしたはったのです。
クレグレも私の挙動監視ではなくて、本殿前の舞台に寄ったり、アトはナニをしたはるのか知りませんが、兎に角其処等をウロウロと。
分からん事は専門家に聞くのが一番です。
「すみませんが、此処を三度潜らせて戴いたのですが、アト、どしたら佳いのですか。」
神官さん、意外な程にニコヤカに、私にニコリと黙礼されまして。
「茅の輪潜りですか。
本日、二時からなんです。」
ナンやいな。人が少ない。少な過ぎると想てたら、二時からかいな。
マダ早かったのか。早いも早いも相当に早いけど、其の一言で一抹の疑問も見事に氷解。
「神様には様々な取り決め、伝承、神事がありまして。
張ってますロープも二時になれば外します。」
「そしたら、潜ったらアカンかったのですか。」
「イヤ、構いません。
大祓、夏越の茅の輪潜りはどなたでもして戴けます。
潜る事に意味がありまして、必ずや大祓の効能をお授かりして戴けます。」
其れはそれは有り難いお言葉を頂戴仕りましての知らん程強いものはないなあと。
しかるに、本殿を目指すは四度目を潜ってか、横手かの質問に戻りますれば、どのよにしても佳いのですて。
「そですか。潜っても横手からでもどっちでも佳いのですね。」
「ハイ、お好きにしてください。」
四度目は避けて横手から、本殿に向かえば先刻の妙齢の美女、極めてご丁寧に会釈して戴きましての擦れ違い。
返礼をしまして、本殿に向かい、お賽銭をチャリン。
茅の輪潜りの際と同様の事柄、早口で捲し立て。勿論ですが、心のナカでです。
用件が完了すれば、ソソクサとお暇ですが、鳥居の正面通過してしもてから、シモタ。
往きしなは慎重に鳥居を潜るのを避けたのに返りしながねえ。
伯父貴よスマンなあ。忘れてしもてた。
(03/07/04)
NO.68 従兄弟が逝きよった(1) 訃報届く
何をどんな具合に表現して佳いのやら。
母方の従兄弟が逝ったです。国立甲賀病院に入院してた従兄弟です。見舞いに往って、十日後になるです。内蔵疾患に寄り、入退院を繰り返してたですが。
正直な処、スッカリ老け込んでしもて。歯抜けも一つの要因ではあるけれど。其れだけでも無くて、何時まで保つかと危惧してたです。
<参考=「パソコンあれこれNO.17」ID Managerの話>
モと正直には、お医者さんからは、三月一杯と云われてたです。
よて、母と一緒にお見舞いに往ったんですが。
今までは、連絡も無しの入退院してたです。この度については、其の弟から、入院したとの連絡を受けたのやけど。
前回での掲載上は、兄貴はどしてるかと、此方から聞いた体(てい)にしたですが。
当然乍ら、回復の可能性もあるし。彼はインターネットはしてへんですが、何かの間違いで、後日、我が掲載文を読まれる事があても、辻褄が合うよにしてたダケ。
まあ云うたら、入院も身内だけの話にしてたのに。従兄弟の私が母まで連れては、大層、大袈裟な事になるですし。
内臓疾患の中身は知らん事にして、歯抜けの話題に終始したが本音です。
云うても、当人も分かってると思うです。自分の体の事です。唯成らぬ状況を。です。
マダマダ元気。話も出来る間に会えて、ヨカッタなあと。
イヤ、水曜日真夜中。三時半頃に電話があて。
連れてってくれた、其の弟からやけど。時間的にもです。話を聞くまでもないです。
嗚呼、逝きよったナと、思たです。
「今、甲賀病院やけどなあ。一時間半前に逝きよった。とりあえず、連絡だけしとくしナ。」
彼も臨終には間に合わんかったんですて。
手は尽くすだけ尽くしてるし。最早、生命維持の処置はしなくて結構と。お医者さんには伝えてると聞いてたです。
よて、次回、何かがあったらお仕舞いやけど。苦しませるのも、可哀想やしと。
兎に角、死んだの連絡受理から先、我が家が大変でして。
明くる日には、従兄弟から日程の話も有ったですが。さて、どするかです。
母はお通夜も葬式も出てやりたい。よて、泊まり込みでと。従兄弟の家が遠い故です。
イヤ、希望、願望、云うだけなら結構なんですが。
前回のお見舞いでは、車で片道三時間。葬儀は自宅。甲賀病院から更に約十分との事やしなあ。
イヤイヤ、其の前に、母の体調が悪いです。悪い云うても便秘症状。転じて、下痢症状。薬を飲み過ぎただけやけど。
シンドイ、シンドイ。嗚呼、シンド。お医者さんに連れっててクレ。
原因は何であれ、シンドイ、シンドイ。お医者さんと、云うてるのが、泊まり込みで、大丈夫かいなと。先方さんに気を使わせるだけですやんか。
云うても聞かへんのです。年寄りは困るです。願望と、現実のバランスが取れて無いです。
云うたら悪いけど、私一人なら自他共に認める方向音痴故、道不案内故、電車で往くのが無難やけれど。
先方さん、死んだ従兄弟の嫁はんに電話で聞けば、電車のほが圧倒的に早いですよと。
一時間半と云うてるです。最寄りの駅から電話してクレ。即迎えに往くと。
処が、母は階段の登り降りが大変やし。車で往けへんのかと。
ホナラ、余裕を見て、ン時頃には出発やなと伝えれば。です。
電車にしよか。
好きにしてクレ。どにでも、決めてクレ。
電話で調整するのも大変でして。電話する度に出て来る相手が違うですし。話も違うです。
従兄弟は従兄弟で、泊まり込みで来てクレ。甲賀病院までやたら、分かってるやろな。其処から電話してクレたら、迎えに往くし。
ワシは酒呑んでるし。他のに往かせるけどナ。
他のルートもあるにはあるけど、狭い道やし、分かり難いし。名神高速で来るのが無難やで。
話途中で、モ一人の従兄弟、其の兄弟では無いですが。応援に往ってるのが電話に出て来て。ノブオです。
声で分かるですが。準備万端、葬儀の手配完了。しかるに、電車で来ましたよ。一番確実ですし、一時間半やしと。
従兄弟共は適当に酔っぱろおてるです。此の二人は呑み助なんです。
呑める奴は好きにしてクレ。
結局はお通夜には往かず。とするよりは、往けずの、電車で出発の、葬式のみの参列としたですが。
年寄り同伴は気を使うです。電車も佳いけど。座れるやろか。平日やから往きは大丈夫でも、帰りがなあ。
初七日もすると云うやろし。
とかやけど。一々経過を説明してたら、するだけでも日が暮れる程に大変なんやで。
其の年寄りも酒呑んで、とくの昔に寝てしもて。酒呑みは母方の血筋なんです。私は呑まんし、父方のです。
とりあえずは、明八日がお葬式となてます。
お休みやす。です。
(05/04/08)
NO.69 従兄弟が逝きよった(2) 貴生川駅まで(1)
兎に角、昨夜から大忙し。
お香典は準備したなあ。数珠はと。時刻表を調べて、乗り継ぎはどかと。
京都駅から、琵琶湖線なるのがあって。イヤ、簡単には、東海道本線なんですが。草津駅で降りて、草津線で貴生川(きぶがわ)駅まで往く事になるです。
確かに、所要時間一時間半。
乗り継ぎの時間も、二十五分と九分やし。母の足でも何とかなる筈ですが。兎に角、歳やし、席の確保が出来るかと。
一人だけの分で佳いですが。通勤時間帯でも無いですし、マシとは思うですが。
さて、最寄りの並河駅までは嫁はんに送ってもろて。
切符を買わんならんのやけど。二枚やし、窓口で駅員さんに直接頼む。
ツモリやったのに、居たはらへんのやなあ。
「ただいま、用事で席を離れてます。しばらくお待ちください。」やて。
張り紙してあるです。駅員さんは一人ダケなんです。
イヤ、或る程度の枚数の千円札を確保したかった。
ですのに、困ったなあ。
往きは昼間やし、何とかなるですが、帰りが何時になるのか分からへんし。貴生川駅がどんなんか知らんですが、都会で無いのは事実やし。切符の自動販売機では千円札しか使えへんし。買えへんかったら大変ですやんかと。結構、心配症なんです。
気の利いた駅なら両替機もあるですが。並河駅にも有らへんし。
その他、諸々何があるかも、分からへんやないですか。何かにつけて、大きなお金は不便が多いです。
居たはらへんから、切符は自動販売機で買い求めるしか無いです。
処が何を勘違いしたのか、早合点したか。元々が慌てん坊で、早トチリ。やけどです。
千円札しか受け付けてくれへんのやと、解釈してしもて。千百十円やから、あかんナと。
ならば、千円以内やたら、切りの佳い駅、草津までで、八百二十円ですやんか。着いた先、貴生川駅ででも、乗り越し分を支払おたら佳いのやしと。勝手な解釈してしもて。
十円、百円玉も入れられるのに。千円札でも、二枚、三枚と入れられるのに。です。
イヤ、駅員さんに一万円札で買う前提で居たですので。ツモリが狂うたら頭の中がグシャグシャの愚者になてしもて。
ナラバ、自動販売機で、千円以上の切符を買おた事が無いのかと。
問われれば、一年に一回程度。ではあるですが。学生時代の同窓会で、大阪駅まで、同額の千と百十円でチャンと買おてるですが。
用事のあるお方は呼び鈴を鳴らしてクレの、呼び鈴を何回鳴らしても応答無しやし。余計に焦ってしもたです。と、弁解しまして。
兎に角、そんなにユクリもしてられへんし。母には、改札口で待っててクレ。
云うても大した距離では無いですが。少しでも歩く距離を短く、余計な動作をさせへんがためですが。
実際、年寄りを伴おては気を使うです。
まずは、歩く速度は格段に違うです。階段の登り降りも大変やし。臨機応変の対応が出来ひんです。
当世、年寄りは多いけど。多い割には、核家族化でして。年寄りに慣れてないのが多くなてるです。
急いでるヤツがドンと体にブツカッたり、余所見してて、急な方向転換で、ブツカラレてしもたりで。こんなんが誠に多いですが。周辺に何の気配りもしてへんのです。
チとやソとなら、私等やたら、何とも無いですが。
年寄りは体に触れられただけでも転けてしもたり、蹌踉けたりするんです。僅かな段差もアカンのです。
転けたら、骨折の畏れがあるです。
電車が来るまでの間はあるですが。向かい側のホームなんです。何時もナラですが。
チョッとでも早くとです。余裕を持ってです。連絡橋を向かい側に渡ったら、階段の下から駅員さんが現れまして。
何やな。此処に居たはったんかいなは佳いですが。血相かいてです。
「ダメです。ダメです。」
何がアカンのかいなと。
そしたら、次ぎのにしてください。ドッち方面ですか。京都ですか、園部ですか。
ビクリするです。
イヤイヤ、何の事かとなれば、です。
鈍行が出る間際やったんです。其の次ぎの、快速に乗るツモリやったんですが、駅員さんは、駆け込み乗車はアカンです。次ぎの快速が速いですと云いたかったんです。
年寄り同伴では駆け込み乗車も出来ませんけど。無理を承知で強行敢行すると勘違いされたんかと。思うです。
「京都駅です。」
「次ぎの快速が速いです。一番ホームにスグ来ますから。」
「えっ、何ですて。
一番ホームですか。快速ですよ。替わったんですか。」
「いいえ、替わってません。此の時間のは一番ホームです。」
危なかったなあ。ホンマに危なかったなあ。
イヤ、切符を窓口で買う際に、安全確実にです。駅員さんにホームの確認も、するツモリもあったんですが。
居たはらへんし、何時ものホームなんやろと。勝手に判断したのは不味かったけど。ホンマに助かったです。
オオ、オオ、大間違いする処やったなあと、駅員さんに大感謝。
「そおですか。すみませんでした。有り難う御座います。」
母に、ヨカッタなあ。
次ぎの快速が来てからです。二番ホームから一番ホームに連絡橋を登り降りしてたら、間に合わへんですやんか。
私一人なら走るけどです。ほったらかしには出来ませんです。
列車の一つくらい、遅らさしても、どにでもなるですが。葬式にも充分に間に合うだけの余裕を持っての出発ですが。
乗り継ぎ時間も問題無くて、乗ってる時間も最短のをメモしてるのに。狂い出すと、次々に遅れて仕舞うしなあ。
最後の草津線なら、諸般の事情で、一つくらい見送っても、ドオと云う事も無いですが。
先方さんもバタバタしてるのに。到着が本番、葬式間際になてしもたら、ハタ迷惑やないですか。
とりあえず、一時半の葬式で、十一時には到着予定にしてるです。
まずは、快速電車に乗るのが第一歩の大前提なんです。
イヤマア、乗れたですが。
(05/04/09)
NO.70 従兄弟が逝きよった(3) 貴生川駅まで(2)
いやまあ、一番ホームに出戻りまして。
しかるべく、最前列で列車待ちしたです。最前列故、必ずや座れるヤロと。通勤ラッシュの時間帯は外してますし。
思いきや、甘かった。満員御礼。
とは、申しませんが、ガラガラでも無くて。「ガ」の一文字程度でありました。目敏く、適当にです。相席出来る場所を見つけて。ホとしたです。
斯くして、第一関門、突破です。
京都駅に到着。さて、米原、長浜方面行きは何処かいなと。
当たり前に見つけまして。ドちのホームかと。待ち時間が結構あるですが、京都駅は流石に人が多いです。
草津駅までの、快速電車が第二関門でして。予測では一番に厳しいです。厳しい云うても乗車時間、タタの十六分やけど。出来れば、とするよりも、絶対にです。母だけでも座らせてやりたいと。
余裕綽々の電光掲示板に表示されるまでにです。最前列で待つ事にしたです。
到着した快速電車は名実共に大入り満員ではあるですが。降りる人も多くて、何とかなりそな雰囲気でして。
此処は流石に母が俊敏。一箇所しか空いてなかた席に、いち早くです。彼処、アソコと、駆け込みましたです。
イヤ、乗車待ちの列は結構な長さになてますし。ウシロから押されんよに、母を保護しつつ。辛うじて空いてた席に誘導したです。
当たり前に私は立ちっぱなしではあるですが。多寡が十六分です。我慢出来るです。
難関の快速列車に母を座らしさえしたら、まあ云うたら、失礼乍らの、草津からの草津線はローカル。ですやんか。
乗車時間としては一番に長いけどです。
草津駅に着きましたら、草津線の列車は待ってましたし、乗り込めば、相席で充分に座れたです。
早い話が予定通りに到着出来ます。
やと、人心地がついて、景色を見る余裕も出来たです。
沿線、桜満開。
桜ねえ。
桜と云えば想い出すです。桜の咲く時期とするよりは、桜が散り出す時期に我が父方の叔母が他界したです。葬式の日は正しく、桜が散りました。イヤイヤ、見事なまでの桜吹雪の中での葬式やったです。
息子共が小学生時代です。十数年が経ちますが。
実は其の話こそが、「不可思議の世界」に相応しい話題なんです。
相応しくはあるけれど、掲載を迷てるです。迷いツツの母方の従兄弟、ヨウイチの話をしてるです。
何れにしても、この度は桜吹雪で無くて、桜満開の時期です。ドチにしても四月です。
実は明くる九日、土曜日には月参りの墓参をしました。
円山公園の先の東大谷さんやけど。桜の名所、枝垂れ桜で有名なる、円山公園の桜こそ、大満開。凄い人出でそこらで弁当やとか、缶ビールやとか。
さながら、四条河原町状態。
私も過去何回か、円山公園に桜見物には来てるです。
当時の町内会で来たし、家族でも来たし。近所の小母さん連中に連れられても来たし。社会人となり、会社の連中と、ブラジルからの実習生を伴おても来たし。
ブラジルの実習生も出身地は日本人なんですが。現地採用された人ですが、其れが円山公園での最後の花見やから、三十ン年前になるです。
クレグレも、茣蓙を敷き、弁当を喰たり、ビールを呑んだりしての、ドシリと陣取っての、宴会を伴う桜見物が。です。
兎に角、沿線の桜を見乍ら、見覚えのあるよな光景。
其の光景の先には、ヨウイチが入院してた病院があるのではなかろかと。見る角度が違うのやけど。
思てる間にも、ボチボチ、貴生川駅到着。
(05/04/11)