シバケンの単なる雑談NO.466


NO.461 NO.462 NO.463 NO.464 NO.465
NO.456 NO.457 NO.458 NO.459 NO.460

NO.460
NO.410 NO.420 NO.430 NO.440 NO.450

NO.300 NO.350 NO.400 NO.450
NO.50 NO.100 NO.150 NO.200 NO.250
題目一覧表

目次

雑談NO.467

NO.5030 大晦日から、正月の話(5) 年賀状の話

NO.5029 大晦日から、正月の話(4)

NO.5028 大晦日から、正月の話(3)

NO.5027 大晦日から、正月の話(2)

NO.5026 大晦日から、正月の話(1)

NO.5025 大晦日の話

NO.5024 ハタと、気ぃ付けばの、今年も、残僅かの話(2) やっとで、年賀状出来たの話

NO.5023 ハタと、気ぃ付けばの、今年も、残僅かの話(1)

NO.5022 二度目の伊勢旅行の話(2)

NO.5021 二度目の伊勢旅行の話(1)

雑談NO.465


NO.5021 二度目の伊勢旅行の話(1)

いやねえ。
真向かいの話。
動き止まって、モノ足らんの、感もするですが。
そらねえ。2009年から、やしねえ。あの件が。

即には、真向かいの、とは、わからんかった、ですが。そこまで、注視してたら、まあ、言うたら、殴り込みやねえ。来た時、一発、わかるですが。
その当時には、意識外。
町内会、違うし、町名も違うしねえ。言うてるの、余程でないと、出先で、会おても、そとは、わからんです。イヤ、ジョーカー野郎に限らずの、そちの方々に対しの話。

申せば、何軒か、何人かは、わかってるです。どちから、とは、なくの、会釈し、声掛けたりもしてたの方、あって。
まあ、言うたら、お婆さん。母年代よりも、若干、若かったか、なあと。
気さくな方で。当方も、年寄りには、慣れてるし。まあ、言うたら、派手めの方での、紫色であったかの、毛を染めてはって、ねえ。
やからの、一発、わかるわと。の、お婆さんも、亡くなって、10年は経つのか、なあと。

オトトの、その話でなくての、基本、朝には、雨戸を開けて。晩には、閉めて。
の時、嫌でも、真正面見るです。何でか、そのジョーカー野郎、家の真ん前で、煙草を吸うてやがって、からにの、見えるです。
まあ、言うたら、こちも、時間的、多少はズラすのけれどの、そはなあ。概ねの時間帯、決まってましての、あいつこそ、煙草吸うの時、替えたらと。イヤ、ほんと。

且つは、当方的、諸般の用事、野暮用で、外出の際、当然の家、出るですが。出たら、いやがって、ねえ。真ん前に。アホかと。
オマエなんか、見とないわと。消え失せよと。
が、遂に、実現したになるなあと。おめでとうの、1件、1人、落着、決着。
言うてるの、モ一匹、1枚のジョーカーが居てるです。これも、何とか、ならんかと。

イヤ、精進、精進、さえ、してくれたならばの、どて事、あらへんわと。
言うは、極普通に、しなさいと。当方に。やのに、兎角に、一生懸命、無理して、意図的、無視しやがって、ねえ。重々の承知してるです。こちは。
と、当方に、わかるよに、してるやろと。

まあ、言うたら、情けないヤツでして。挨拶1つ、出来ぬヤツ。当方には。
まあなあ。
噂の範疇、その手、アイツの苦手なのが、何人か、居てるのみたいでねえ。共通点なら、当方的、性格に似てるかと。どちかと、なればの、はっきりしてるの面々。


オットの、そんな事で、本題をと。
いやねえ。
その前に、腰が痛あてねえ。とするのか、辛あてねえ。動くと、ピリリと、来る事も。
かと、言うて、常に、ではなくての、時偶でして。が、困るんや、なあと。

一度、カイロプラクティックに。近所の。過去、何回か、行ってるの先なれどの、年末やしねえ。
やってるのやろ怪と。思てるの間にも、日だけ、経って、ねえ。
とするのか、行って、治るのかと。この辺り、ビミョーでねえ。
とかとか、ウダウダしてるです。強いてなら、これ、この1週間の間やねえ。違和感、覚えてるは。覚えても、どもないの日、時も、あって、ねえ。偶々の、今日、夕方からか、なあ。酷いなあと。

まあなあ。
どちにしろ、近々にでも、電話一発、やってるならと。施術をと。言うてみるかと。


とっとの、この話をするのつもりでなくての、ええ加減に、先月、11月の、19日、20日の件、話やねえ。
堀川高校の同窓生と、三重、伊勢行きの話。一泊で。
まあなあ。
三重ねえ。伊勢ねえ。二度目やねえ。この面々とは。

前回なるは、2017年の話やねえ。ンの、70歳の時や、ねえ。
10月25日、26日と、宿は、その時と、一緒でねえ。まあ、言うたら、伊勢エビ三昧、鮑三昧でして。
まあ、言うたら、良心的なるの、宿、民宿やねえ。海女さんの。
イヤ、そこの、女将も、若嫁はんも、海女さんですて。

オトトの、その時には、千葉在住の、コウジ君も、参加したですが。以来、ご無沙汰になてもてねえ。
での、その時には、ミノル君、1日だけ、つきあいの、宿泊せずに、帰ったです。理由、お母さんの、まあ、言うたら、介護。
よっく、わかるの、何がと、言うではなくの、諸般、ほっとけ、へんのやねえ。

そのお母さんも、2年前に亡くなった、ねえ。
結構、長生きされたと、思うです。
イヤイヤ、仏光寺時代には、家、近くでもありの、何度かは、行ってるです。お母さんねえ。何度かは、お会いしてるです。

まあなあ。
そんな意味では、京都組の、3人。マサノリ君、ミノル君のなら、お母さんも、承知してるですが。そ、言うたら、マサノリ君の、ねえ。
寝た切りになられたの頃、ミノル君と、一緒に、家の方に、お見舞いに、行った、なあと。お見舞いには、行った、けれどの、話等々、出来るの状態でなくて。

話ねえ。
申せば、学生時代以来やねえ。そもそもがの、家に行くは。
オトトの、余計なるの話の、昔々の話やしねえ。現在では、その家、売って、桂坂の方に住んでるです。
くれぐれもの、お母さん云々の話、なるは、ミノル君、当方、ローム時代。

で、何じゃねえ。
とりあえずは、堀川高校時代、3年9組時代の、ドーソー生でして。まあ、言うたら、おつきあいは、長いねえ。
かと、言うて、就職しての、現役時代なるは、会おてませんですが。

皆、それぞれに、退職してから、やねえ。
それ、言うたら、立命館大学のは、現役時代でも、結構、会おてたねえ。これは、幹事の、エイジ君が、マメでして。
結果的、大阪が主で、当方的、たーいへん。
でしたです。

オトトの、話、逸れっ放し。
元に戻すの、三重、伊勢方面行きについては、幹事、アツオ君。名張在住の。
まあ、なあ。
余計なるの話の、この君、大阪大学、理学部でして。その三重の、シャープに勤めたのか、なあと。そして、レーザーをやってると。
とは、聞いてたです。

シャープねえ。三重ねえ。
オットの、違うなと。
過年、亡くなったの、ヨシロウ君。シャープであった、ですが。こいつ、こっちは、奈良やねえ。
ヨシロウ君は、立命館大学のドーソ生。で、2浪。よて、一番の、年配者なれどの、同期やしねえ。呼び捨て。
イヤイヤ、彼、最初っから、2浪、2浪と、宣伝してたです。宣伝され、2浪と、知って、さん付けには、出来ず。基本、同期故、一緒の扱いでして。

反って、上から、落ちて来たの、所謂の、留年については、先輩やねえ。がしかしの、留年は、あかんねえ。卒業が。
知ってるの範囲では、まともには、卒業出来ておらず。の、以降については、知らんわと。一緒の卒業してへんし。同期でもないし、連絡取ってえへんし、ねえ。


とまあ、余計なるの話ばかりしてるですが。
その当日、11月19日やねえ。
には、京都組の3人。マサノリ君、ミノル君と、当方なるは、近鉄京都駅の、改札口で、待ち合わせしたです。
そらねえ、3人一緒にと。特急で、宇治山田までと。
そこで、東京から、浜松に引っ越したの、アキラ君。そして、三重、名張在住の、アツオ君と、合流するの予定でねえ。
と、するのか、アツオ君なら、名張で、我々の乗ってるの、特急にと。の、予定かと、思ててねえ。

がしかしの、言うて、もたらの、この、1泊旅行ねえ。
最初っから、ばーら、ばら。

イヤ、京都組の三人なら、一緒の列車やしねえ。
がしかしの、浜松からの、アキラ君、信号の故障で、電車停止で、何時着くか、わからんと。
アツオ君ねえ。
何を勘違いか、乗るの列車、我々の、とは、ズレて、ねえ。
1つ、遅れての、宇治山田に到着。
とかとか、色々、あった、なあと。
まあなあ、
がしかしの、無事に終えたです。ヨカツタねえ。
(25/12/28)


NO.5022 二度目の伊勢旅行の話(2)

いやねえ。
腰云々ねえ。
言うたら、右の膝の関節辺りにも、違和感あって。少々、歩き辛く。あくまでもの、少々であって、歩いてるですが。歩けん程なら、様子見なんか、しておらずの、即の、カイロプラクティックにでも、行ってるですが。

いやねえ。
ここで、整形外科と、言わずに、何故に、カイロプラクティックかと、なればの、以前、膝の件で、町医者なれどの、行けば、膝の軟骨がすり減ってと、言われてねえ。
要は、治らんと。
との事で、痛み止めの、何やったかの、ソキソニン軟膏を処方して戴いて、ねえ。

がしかしの、当方的には、所謂の、筋違い。とは、筋が、ズレたりしての、不具合かと、思ててねえ。
いやねえ。
結構、時間、日数、月数、年数掛かったですが。解消したです。
申せば、膝関節の、軟骨の、すり減りには、間違いないにしても、精進、精進、歩け、歩けで、何ちゅうかの、次第、次第に、軽症に感じての、遂には、治ってもたです。

言うは、整形外科医院の先生が、足の、関節をば、チョイチョイと、触ってか、動かしてか、さあ、どやと。歩いてみて、頂戴なで、へえと、治った、なあと。
てな具合に、思てたですが。軟骨の、すり減りが原因でありの、治らんと、塗り薬ではなあと。

での、今度は、腰、右側ので、行って、何を言われるの、やろねえ。電気治療やったり、してねえ。てな事、当方的、期待しておらず。
かと、言うて、大病院で、MRIなり、取られて、そんなに痛む程のと、湿布薬、貼り薬やねえ。処方では、なと。
イヤ、それでも、結構、効くは、効くのけれどや。膝関節の時には、嫁はん、所有の残薬、サロンパスやねえ。で、結構、気持ちよかった、なあと。

いやねえ。
過年、膝の件でも、近在の、カイロプラクティックに通てるです。まあなあ。
結果的、効果あったか、なかったかと、なればの、悩ましいけれどの、どなんやろなあの、実際には、モっと、回数通えば、回復するの、かも、なれどの、結構、高いしねえ。料金が。施術の。1回4千円。
当方的、辛くてねえ。行くの時には、鋭意決断の上、でして。イヤ、ほんと。


オットの、での、本日<12月28日・日>、電話一発、したですが。留守電。間置き、二発目、三発目も、留守電。
いやねえ。HPは、開いてるし、過日、10月やねえ。16日の、大井神社の、御神輿の日。
イヤイヤ、言うは、この方、カイロプラクティックの方、参加してたです。やあやあと。イヤ、ほんと。
で、あるからと、現在唯今、どかは、わからんの、明日<29日・月>にでも、電話してみるかと。腰の、膝の調子に寄るですが。
オットの、ここで、言うてるの、膝ねえ。過年の、膝の話とは、違うです。ど、違うかと、問われて、説明困るですが。前回程の、酷さではないです。

まあなあ。
どちにしろ、腰の方、これも、酷かったり、どもなかったりで、困るですが。年末やしねえ。行って、しまうかと。
その年末故、あちらさんも、諸般、あるのか、なあと。
尚、休みが、どの、このの、記載はないです。HPには。料金も、以前のままの、まあ、言うたら、更新も、されておらずでねえ。
余計なるの話の、前回、何であったか、矢っ張りの、膝であったかで、行ったの時。
家、間違おて、ねえ。隣家に入ってもた、ですが。
は、結構の、当然の、結果的、到達してるですの、嗚呼の、くっつき虫で、往生したですが。その時、余談的、その方に、HPの、更新しんと、なあと。チラと、申したですが。そのまんま。


トトトの、そんな次第の、斯くなるでの。
先月、19日、20日の、三重行きの話。堀川高校の同窓生、5人やねえ。
変な話の、元々は、千葉のコウジ君、加えての、6人。で、3年9組であったが故、「369会」てな、名称、銘々したけれどの、実質「359会」やねえ。まあなあ、今更の、どて事、あらへんですが。
とりあえず、現在なら、ダアレも、亡くならずに、そのまんま。
やし、基本、動けて、会うが出来るの状態でして。

いやねえ。
再度の、立命館大学の、ドーソー会でも、似たよな、話出てねえ。
会えるの内にと。

これ、今後、益々の、実感、痛感、するのやろ、なあと。
この、会うが出来るの間。ねえ。
この歳になったが故、思いの、口にし出してるです。事実故。

何度でもの、健康年齢、72歳。ここは、軽くの過ぎたです。過ぎてるです。次ぎ、平均寿命なるは、82歳。
には、まだ、間はあるのけれどの、当方、早行きでも、年明けたら、79歳になるです。話簡単、80歳に、超の接近。
で、何じゃと、なればの、80歳の声、重くてねえ。非常に重いです。

現在、何ちゅうても、70代でして。80歳に達するまでは。
この、70代の、響きと、80代、80歳では、感覚的、まるきりの違うです。
簡単に申せば、平均寿命の事、ありの、まあ、言うたら、70歳代で、亡くなったら、早いねえ。若いのにと、言うてもらえるですが。80歳、80代ねえ。微妙やねえ。

強いてなら、オマケ的、一寸、若かった、か、なあと。可哀想にと、相成って。
まあ、言うたら、亡くなっても、不思議でないわと。まあ、言うたら、その手、年齢でして。
更になら、当世、90歳、100歳でも、沢山、生存してるですが。それは、それ。申せば、90代と、聞けば、生きたはっても、不思議でなくて。されどの、100歳なら、へえの、今時でも、矢っ張りの、よお、生きてと。それで、ボケてなければ、立派、立派の、ご立派の、要は、ボケてなく、自力で、動けて、余所様、家族に、その手、福祉施設の、お世話にも、なって、おらずなら、理想的や、ねえ。

そんな事で、まあ、言うたら、京都組ねえ。3人ねえ。
近鉄、京都駅の改札口で、会いの、ミノル君、先に、切符、指定席と、特急券、買おててねえ。
マサノリ君も、買うと。での、当方もと。

これねえ。バラバラに買うが正解でしたです。
意味的、乗客数、知れててねえ。京都から、三重方面は。
話では、浜松からと、大阪からが、多いですて。京都からのは、4両編成。浜松は、6両で。大阪、8両ですて。へえと。
とは、諸般、どこであったかの、タクシーの運ちゃんが言うてたかと。
イヤ、民宿の、女将か、なあと。
もしかしての、その両方やったり、してねえ。
(25/12/29)


NO.5023 ハタと、気ぃ付けばの、今年も、残僅かの話(1)

いやねえ。
そらねえ。
12月も、末。年末であるは、承知してるですが。
ハタと、気ぃ付けばの、本日<12月29日・月>ですて。
とは、重々の、承知は、してるですが。年内、今年も、後、僅かの、残、30日と、31日だけ。要は、2日間しか、ないのやなあと。

とは、わかっては、いたですが。
今更の、ゲと。
何も、と、までは、申さんですが。殆ど、何も、出来てえへんなあと。
最大の課題、年賀状が、まだ。まだ、以前の、デザインさえ、考えておらずの、トトトの、年賀状、そのもの、調達も、しておらず、で、ねえ。ゲゲゲの、ゲと。

そらねえ。
例年なら、例年でも、遅いは、遅かったのけれどの、30日や、31日には、出すべきのは、出来てたです。投函が、30日であったり、31日の事もあるですが。
大方なら、30日には、投函出来てたのが、何と、まの、デザインが、さえ、まだ、着手さえ、しておらずの、デザイン集だけなら、調達してるです。過日、何時であったか、宮脇書店やねえ。亀岡の。で、買おててねえ。買いは、してても、中身、見ておらずの、買おた時と、するのか、どのデザイン集にするかの、選定で、見たのだけで、ほったらかし。

とか、言うてるの場合でないです。
早急に、年賀状も、調達して、デザインも、考えて、印刷してしまわんとと。日がないぞと。

いやねえ。
今年は、色々、あって、ねえ。食洗機が、壊れたり。シャワーを上等のに、交換したり。
モと、言うたら、当方自身、年末になって、腰がと。痛あてねえ。

オットの、そ、言うたら、本日も、カイロプラクチック屋はんに、電話、1発、2発と、したですが。留守電で、ねえ。へえと。
まあなあ。
何故か、本日には、マシでして。腰の具合が。
では、あるのけれどの、完璧と、するのか、何にもない。では、あらへんでして。鋭意決断の、電話したですが。へえの、先様、どしてるの哉と。
何分の、見たは、見てるですが、10月の、16日の、大井神社の、御神輿の時、日やし、ねえ。2箇月経ってるです。

まあなあ。
何があるか、わからんでして。とりあえずは、明日ねえ。電話ねえ。どしょかと。
と、言うは、何分の、やるべき、幾つも、あって、ねえ。
最大は、年賀状のデザイン考え、所定枚数、印刷するの事。更には、デザインに加えての、メモと、するのか、最近では、近況報告的、記載してましての、これねえ、先様により、若干の替えてるです。

オトトの、そんな話も、あるし、ねえ。
実は、息子共家も、何ちゅうかの、バラバラやねえ。
まあ、言うたら、例年なら、大晦日の日には、全員集合してるですが。此度ねえ。1日でして。集まるは。
それも、長男家は、孫娘は、家。とは、神戸に止まって、ねえ。理由、いよいよの、大学受験。

まあなあ。
1日なら、どて事、ないと、思うですが。気持ちや、気持ちの世界でもあって。
結果、長男家は、4人が来て、ねえ。泊まらずに、帰宅。なれどの、孫君1号、2号は、そのままに1泊してねえ。話では、次男家の、孫君と、云々と。

まあなあ。
孫君の方、1号、高校1年生坊主でねえ。2号、中学の、2年生坊主。
次男家の、孫君3号、中学1年生坊主で、孫君4号なら、2021年生まれやしなあ。何歳や。4歳か。
次男家の方、4人共に、1泊かと。その辺り、よくは、聞いてはない、なあと。
更には、お米が云々の話、あって、ねえ。

お米とは、玄米の話の、長男家は、2袋<60kg>を持ち帰ると。次男家は、20kg<10kgx2袋>と、言うてるの、みたいでねえ。
オトトの、当家、農家ではないです。
お米ねえ。
嫁はんの、知り合いの、農家から、基本的、調達してるです。
更には、別途の、農家から、調達したり、してねえ。イヤ、全て、嫁はんの知り合いでして。当方には、その手、知り合いはないです。

いやねえ。
長男家の場合、精米は、神戸ですると。よて、10kg単位にわけて、手渡すになるですが。孫君、沢山、居てるが故、おまえ等で、やれと。イヤ、分割の事。

次男家ねえ。
探せば、どこかにあると。とは、思うのけれどの、今、探すも、なと。
要は、この分だけ、2袋<20kg>は、こちで、精米をしといたらんとと。とかとか、思たり。
お陰様で、当家に、米の袋、沢山あって、ねえ。

とりあえず、手渡すは、1日、2日の話。
精米は、早めにしとかんと。とかとか、諸般、あるなあと。
とりあえずは、ハタと、気がつけばの、年内、後、わすかで、ゲゲゲの、ゲと。
(25/12/30)


NO.5024 ハタと、気ぃ付けばの、今年も、残僅かの話(2) やっとで、年賀状出来たの話

いやねえ。
結論的、結果的には、年賀状は、調達して。デザインも、出来て。
言うて、もたらの、印刷も、出来たです。
但し、先刻の、ン時間前での、その段階で、郵便ポストに投函するも、なと。それは、明日にと。

まあ、言うたら、この件、最大の事柄でして。
出来てもたらの、一安心。但し、投函したらの話やねえ。し忘れたら、その分、遅れるです。
まあなあ。
今更の、どちみちの、正月元旦、1日に、届くは、無理難題。やろ、なあと。

そらねえ。
京都市内の頃。届け先も、京都市内なら。ンの、投函するの、時間にも、寄るですが。31日の、午前中なら、ばの、明くる日の、正月元旦に届いたの、記憶あるです。
がしかしの、ここ、亀岡では、逆立ちしても、無理やねえ。当世、2日は、休みやしねえ。3日ねえ。土曜日やねえ。こんな場合、どするのやろなあと。

通常なら、日曜日も配達せずで、月曜日の、5日になるのか、なあと。イヤ、わからん、知らん。
まあなあ。
最早の、元旦、元日は、無理と。とりあえずは、少々、間あっても、届けばの、結構なると。まあ、言うたら、一週間も、二週間もは、掛からんです。
受け取った方からしたらの、おそらくは、年末、ギリギリに出さはったんやろなあと。想定、想像、されるかと。で、正解の、その通りの、明日、31日の投函でして。

いやねえ。
他ねえ。
お正月の、お餅をば、屋号「塩武」と、称するの、和菓子屋はんやねえ。に、注文してましての、13時頃やねえ。取りに参じたです。
日が、日でねえ。モノが、モノやしねえ。まあ、言うたら、引取手の面々、結構、重なって、ねえ。

とか、言うても、先客1名様。
二番手で、某ですと。2升ですと、伝えまして。
の、直後には、3組程が、到着してねえ。
イヤ、当方なら、既に、伝えてるが故、お先に、どぞと。イヤ、当方なら、店内狭いしねえ。伝えてから、外で、待ったです。

まあなあ。
ここさんなら、入れ物準備で、持参しませんと、手間取るです。一番最初は、段ボール箱に、入れてくれたのか、なあと。
まあ、言うたら、以降、ここに注文で、受取には、入れ物、タッパー持参してるです。
まあ、言うたら、ここさんに、引取に来るの方々、基本、常連さんみたいでねえ。何か、しらの、入れ物持参してるです。

オットの、毎年、毎年の事やしねえ。
只、店の方、何人かは、知らぬの方。そらねえ、最早の、ここに、取りに来て、何年や。ン十年かと。かと、言うても、原則、年1回。
但し、孫が、1歳の時の、一升餅の儀の、餅も、ここに注文してて、ねえ。それで、5回来てるになるなあと。

とかとか、思いの、回顧し乍らやねえ。待ち時間で。イヤ、結構、掛かるです。注文者、結構多く。何分の、餅やしねえ。ここのは、これ又、結構、大きくて。市販の、倍は、あるやろなあと。


オットの、それは、それとしての、所謂の、正月準備やねえ。
と、するのか、とりあえずは、掘り炬燵は、仕舞いの、ホット・カーペットやねえ。切り替えて。とは、簡単に、言うても、正直、面倒。
まあ、言うたら、最近では、先に来たの方、大抵なら、長男家でして。来たら、手伝えと。

がしかしの、今回なるは、皆、1日着みたいでねえ。ダアレも、手伝えず。
申せば、大晦日の当家、行事も、結果的、嫁はんと、2人で、やねえ。初水取りの儀の事。
更に、申せば、長男家、昼になるのみたいやしねえ。
ならばの、何ちゅうかの、正月元旦の挨拶なりは、先にしてしまうかと。次男家は、9時頃に、着くみたいでねえ。

とかとか、例年なら、大晦日には、結び昆布の準備をしたり、してるですが。皆が来てからなら、遅いしねえ。
果たしての、此度が、異例か。これからは、この手、バラバラが、定例化するのか、なあと。よ、わからんわと。
そらねえ。
孫共も、当然の、年々、成長して、今でして。これから、益々の、成長で、就職したり、何したり。
爺婆なんか、益々の、遠いの存在になるの、やろ、なあと。

まあ、言うたら、当方の時代とは、全然の違うしねえ。
まあ、言うたら、寂しいの時代になるのかと。これから、益々のと。とは、覚悟しとかんとと。イヤ、ほんと。

まあ、言うたら、年賀状ねえ。
書きの、作成し乍らの、そんな事、をば、しみじみと、感じて、ねえ。
言うは、柴田の、叔父、叔母ねえ。母方の、伯父、伯母ねえ。
どんどんと、疎遠になるなあと。

大体が、従兄弟達ねえ。仏光寺時代を含めて、当家に、来てくれた。家に上がって、くれたの、なんか、何人かと。
イヤ、赤ちゃん時代は、別の話やでと。
現在、関東の、従兄弟なら、そこの、長男やねえ。一番に、年齢近いも、あるし、ここのは、泊まりも、してくれて。
まあ、言うたら、叔母の実家やし、ねえ。それ、言うたら、叔父達ねえ。上の叔父の、長女なら、3度上がってくれたのか、なあと。重々の、記憶してるです。がしかしの、下の叔父家の従兄弟ねえ。来た事、ないのと、違うか、なあと。年齢も離れては、いるけれどや。

イヤイヤ、会えば、皆、ええヤツでして。
がしかしの、ハタと、当家に、来た事、ないのではと。
イヤイヤ、年賀状ねえ。出すの先、選定し乍らの、諸般の、親世代が、亡くなったらの、話の、これは、益々の、疎遠になるなあと。
従兄弟達は、なあと。


トトトの、カイロプラクティックの件ねえ。
結果的、本日には、電話せず。
そらねえ。
諸般、しても、行けるかと。野暮用、結構あるし、ねえ。
これは、来年の話やねえ。幸いにして、現時点、少々、落ち着いてるです。
(25/12/31)


NO.5025 大晦日の話

さての、大晦日。
なるは、何故か、気忙しく。

そらなあ。
年内と、限定なら、この日、一日、ダケでして。この日も、零時丁度になればの、年明け、新年の、令和8年元旦。
西暦では、2026年やねえ。フウンと。
当方、1月生まれ故、尚、気忙しくの、早々、言うても、11日。なれどの、又、1歳、歳喰うなあと。

オットの、そんな事で、年齢重ねるは、めでたくも、あり、めでたくも、なく。
とは、誰が言うたの哉と、検索、探索したなら、ばの、一休さんですて。へえと。

「正月は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」<一休禅師>

てな、事は、結構の、言うてるの、お米の件ねえ。
2袋<60kg>を、長男家、持ち帰ると、してて、ねえ。諸般、孫君1号に、やらせてるですが。最早の、十分に出来るの歳、高校1年生やしねえ。
ンの、4月には、2年生なんやねえ。はっやいねえ。今更の、ビクリの仰天するです。

オトトの、いやねえ。
言うは、2袋<60kg>を、さあ、持って帰れも、ねえ。秤があって、袋を調達してと、相成って。
まあなあ、袋なら、コーナンなり、その手、店で、売ってるですが。
まあなあ、それも、面倒やし、勿体ないしと。

いやねえ。
昨日かなあ。次男家の分、ここは、2袋も、小分けしたの、2袋で、20kgの意でねえ。
言うてるの、コーナンみたいな、ホーム・センターでなら、精米も、してると、思うですが。実際には、長く日数、置くなら、玄米で、保管の方がと、思うですが。
まあなあ、この季節やしねえ。とは、寒いの時期でして。劣化も、なと。

てな事、どでも、結構の、それは、昨日やったかなあ。モっと、前やったか、なあ。忘れたですが。とりあえずは、小分けは、以前にしてまして。昨日やねえ。
精米しといたです。

での、長男家の分やねえ。
言うてるの、正月元旦の昼頃、こちに到着で、何時かは、知らんの、晩飯喰たら、神戸に帰るの、みたいでねえ。孫娘のみ、残ってるもあるですが。受験生やし、なあと。

どちにしろ、その時、持ち帰るになるし、ねえ。
まあ、言うたら、それまでには、小分けしておかんとと。
言うたら、正月元旦早々に、孫君1号に、小分けせえと、言うも、なと。
がしかしの、正直言うたら、30kgの、2袋を10kgに小分けねえ。結構、大変。まあなあ、若手の、孫君なら、どて事、あらへんですが。
まあなあと。年内、言うたら、今日やねえ。やっておくかと。イヤ、ほんと。

まあなあ。
とかとか、折角やしねえ。
どら焼きでもと。再度の、三笠とも、言うですが。これを、調達しておくかと。折角とは、基本、次男家孫君3号好物らしくてねえ。基本、以前より、時間あればと、調達してるですが。
まあなあと。間なら、あるです。行くが、買いに行くが、少々、面倒な、だけ。且つは、この季節、時期やしねえ。とは、大晦日やしねえ。菓子屋も、来客多いやろなあと。

いやねえ。
「シャトレーゼ」なれどの、ここさん、駐車場が、結構、狭くてねえ。車、6台やねえ。駐めるが出来るのは。
幸いにして、従前までは、ぎりぎりであれ、駐めるが出来て、ねえ。
さての、正直には、言うてるの、その辺り、心配してたですが。矢っ張りの、ぎりぎりで、駐めるが出来て。ぎりぎりでも、何でも、駐められたらの、結構なると。
結果、どら焼きねえ。当家、人数分、11個やねえ。買い求めまして。

いやねえ。
11個、なれどの、孫娘、来ませんですが。で、あるからと、省略も、なと。数に含めての、持ち帰れと、するですが。した、ですが。


オットの、その前やねえ。
忘れぬ内にと、年賀状をば、ポストに投函しに、郵便局に、出向いて、ねえ。入れたら、中、満杯みたいな、音と、するのか、最早の、どすんと、底にの、音でなくて、ねえ。そやろ、なあと。
まあなあ。
超の満杯で、入らず。でも、なくて。ならばの、郵便局なら、9時から、開くし、ねえ。
オットの、行ったは、8時頃。
どちにしろ、投函出来て、結構なると。

とかとか、諸般、するべき、あって、ねえ。
何分の、大晦日、我々、老夫婦のみ、やしねえ。
所謂の、正月準備をば、せねばと。祝い箸ねえ。
実は、これも、迷た、けれどの、くどいけれどの、正月に来て、孫共が。その正月、お雑煮なりの前に、家族の名を書けも、なと。
まあ、言うたら、何年ブリやろねえ。名を記すは。

モ、あるし、結び昆布ねえ。これも、やって、しまわんとと。
モ、あるし、鏡餅やねえ。やって、しまわんとと。

言うは、この、数年やねえ。
やとで、孫共に、させるが出来るよに、なった、のに、なあと。此度には、正月元旦やしねえ。揃うは。
イヤ、中身的、当方、知らんです。まあなあ。推測なら、してるですが。

とかとか、その手、出来て、ねえ。
オトトの、初水取りも、あるです。やった、です。
これも、孫共に、させてたですが。これも、何回かと。

申せば、当方的には、長年、やっててねえ。正直申せば、ご幼少の頃、気がつけば、やってたの、記憶あるなあと。
申せば、基本、親父は、その手、しませんでして。親父から、教わったの、記憶なく、祖母から、やねえ。
オマエが、当家、長男故と。
ンの、当家、当方には、弟は居てませんの、妹1人。
故に、自分しか、するのモノ、居てませんです。

ンの、そ、言うたら、その手の事、教えてくれたは、祖母やねえ。
で、何年してるやと。結構、長いぞと。
イヤ、そんなモンかと、思ててねえ。本来なら、親父が、でして。
明確には、皆、一緒に居てたしねえ。申せば、叔父達も、居てたしねえ。叔父達が、その手、する訳にも、なと。
当世、その手、序列的、曖昧の方向なれどの、以前には、言われんどもの、教えてもらわずともの、明々白々。
の、叔父達も、亡くなって、もてねえ。柴田も、母方も、親父、母世代の、血縁親族なるは、全員、亡くなってもてねえ。再度の、血縁親族と、言うてるです。
叔父嫁は、血縁でなくの、姻族でして。上の叔父の嫁、叔母さんやねえ。は、残ってるです。
ハタと、考えたら、その1人だけやねえ。

オットの、どちにしろ、無事に、年越せた、なあと。めでたしと。
(26/01/01)


NO.5026 大晦日から、正月の話(1)

まあねえ。
そんな事で、大晦日は、と、するのか、正月準備ねえ。
当方がしてるの分。以前には、孫共にさせたりも、したですが。とか、言うたって、何回やの、範疇。
それが、一番の年長で、高校3年生の、孫娘ねえ。諸般、年明けたら、大学受験云々やしねえ。塾通いも、してるのみたいでねえ。
今時の、子は、大変やねえ。部活が、塾がと。

結果的、年末年始に、こちらに、来れず。
果たしての、大学生ねえ。どこの大学になるか、わからんですが。大学生に成って、来るのかなあと。当家に。
その辺り、ねえ。以前の事、思えばの、寂しいねえ。以前には、何や、かやと、しょっちゅう、会おてたですが。この処、高校受験や、ほれ、大学受験と。又、部活が云々と。塾がと、皆様、忙しいてねえ。
当方の時代とは、大違い。
ンの、どちが、ええのか、わからんです。言うてるの、当方的には、寂しいなあと、益々の、実感、痛感してるです。

まあなあ。
そんな風に、孫共も、成長と、共にの、親離れして、ねえ。
爺婆離れねえ。元々が、密着もしてませんでして。出来ませんでして。

まあなあ。
以前には、息子共も、若いし、こちも、若いし、しょっちゅう、行き来してたですが。次第、次第に、間が空いて、ねえ。
まあなあ。
行っても、先の通りの、部活や、塾やと。孫共が、家に居てるの間が僅少。では、なあと。歳喰たら、大変もあるし、ねえ。
矢っ張り、部活や、塾がと、孫共、忙しい分。又、成長した分、こちに、おつきあいも、なと。

いやねえ。
それ、言うたら、孫共、孫君共やねえ。1号から、3号。まあ、言うたら、高校1年生、中学2年生と、1年生やしねえ。ゲーム三昧。

まあなあ。
今の内と、思うですが。言うたら、当家に集合したって、2階に上がって、ゲームしてねえ。
オットの、2階ねえ。
当方の部屋。寝てるの部屋には、テレビがあるです。まあなあ。殆ど、見ませんですが。以前には、母、居た頃には、母の、ための、でして。
惰性的、それが、壊れた時、新調したですが。

まあ、言うたら、以前なら、プロ野球観戦なり、してたですが。どちかと、言うたら、その当時には、巨人ファンでねえ。基本、出来る限りの、テレビ中継見たですが。
諸般、高橋由伸選手が、監督になって、あっさりと、退任したですが。結果、原の辰徳が、二期目の監督したり、次ぎには、阿部慎之助になったり、してねえ。
正直には、この、原も、阿部も、嫌い。
よて、アンチ巨人になてもてねえ。モ一回、高橋が、監督復帰して欲しいなあと。そのためには、巨人は、負けませんとと。
てな、次第。

どちにしろ、2階には、そのテレビを置いてるです。あるのやから、使えば、結構なると。むしろ、下、居間のテレビを、ゲームに使われたら、困るしねえ。
まあなあ。
これも、孫君共が、似たよな、歳でして。ええ、なあと。とは、思うです。


オットの、兎に角、皆が、当家全員と、するのか。孫娘は、塾でもありの、お留守番で、ねえ。全員揃いはしてませんですが。
基本、全員で結構の、1日の晩飯なるは、すき焼きになって、ねえ。
それこその、孫君共、育ち盛りでねえ。
と、するのか、最早の、当方的、孫共に、背抜かれて、もてねえ。まあなあ。孫君4号なるは、4歳やしねえ。抜かされるには、少々の間あるけれどや。

当方的、何やら、オッサン3人に、囲まれるよな、感したりの、で、ある程の、ソバには、居てへんし、ねえ。
只、飯の時、集まればの、フウンの、皆、成長して、たくましくなって、来たなあと。
尚更の、諸般、手伝おて、くれと、なるのけれどの、その辺り、難しいねえ。言うは、その時、居てないなら、手伝わせよも、あらへんわと。

かと、言うて、男がやるの、正月準備なんか、そんなに手間な事でもありませんでして。
いやねえ。
これが、益々の、加速するのやろなあと。
まあ、言うたら、小学生までやねえ。中学から、皆、忙しくになって、ねえ。高校では、尚更かと。ではの、大学生ねえ。親より、何より、学友かと。多分。

での、ハタと、気がつけばの、所謂の、小さい、子ども時代とは、違いの、何や、かやと、忙しくなるのやろ、なあと。
これも、時代が違うしねえ。当方の時代と、息子共の時代。更には、孫世代では、違うかと。
ある意味、これは、問題みたいに、思えて、ねえ。
言うは、親子関係が、薄くなってくし、爺婆ねえ。こんなモン、元々が、どなんやと。
爺婆、孫と。
との、関係なるは、一緒なれどの、他人でないも、わかってると、思うですが。接してるの積載時間が、その昔とは、格段に少ないし、ねえ。


オットの、何の話。
そんな事で、大晦日なるは、諸般、こちで、準備万端してねえ。
言うは、何度かは、手伝いさせたですが。孫共に。まあ、言うたら、小学生でも、高学年になれば、その手、手伝い出来るし、手伝わせん事には、正月の準備に、何するか、わからんやろなと。
(26/01/05)


NO.5027 大晦日から、正月の話(2)

まあねえ。
正月も、何するやが、難しく。
とは、以前には、ご先祖様、墓参をと、全員で、してたですが。東山の、東本願寺祖廟に。
これも、駐車場の問題あって。過年には、とりあえずは、祖廟駐車場に、駐めさせてくれてたですが。何分の、大入り満車で、なかなかに、駐められず。

これ、昔年の事、言うてるですが。
要は、駐車場入口で、待たせてくれずでねえ。諸般、周辺の、邪魔にもなるし、ねえ。よて、周囲、回って、運がよいなら、入れたり、してねえ。
の、時期もあった、ですが。お彼岸なり、お盆の時期なりは、祖廟の本殿に向かうの、石段の箇所を、臨時の、車の待機所にされて。駐車場が空けば、その都度、駐車場に向かうの体制になった、です。

これも、待機所に、入るが出来れば、結構なるの、入れえへんなら、困るねえ。
てな経験ありませんですが。当然の、待ちの車多いなら、待ち時間も、長くになるし、ねえ。駐車場に入れても、発券機まで、何台か、待機してるしねえ。


オットの、年末年始なるは、この、駐車場を封鎖されるになって、ねえ。何年経つやろ怪と。
結果、墓参なら、そこら、適当なるの私営のか、円山公園の、市営の駐車場に、駐めて、ねえ。
一番最初は、弥栄の駐車場に駐めたですが。息子共の車で、行って、ねえ。その当時には。当方の車には、乗らず。そらねえ、何台もの、車では、大変でして。基本、息子共の車でと。

での、一番最初は、弥栄の駐車場にしてねえ。駐めるは出来る、出来たですが。当時には、30分500円で、ゲと、びくりの仰天したです。
その駐車料金の高さに。
がしかしの、その頃から、やねえ。何年経つのか、10年程かと。京都市内のは、矢鱈、高額になって、ねえ。京都駅界隈も、一番に安いのが、10分100円になったり、してねえ。それも、次第、次第にの、30分500円時代になった、です。
現在の値は、知らんです。最早の、車で、その界隈には、行きませんでして。界隈とは、京都駅の事。

まあなあ。
お正月には、円山公園の市営の地下駐車場には、何回か、行ったですが。この、界隈、四条通り、東山通りの、一部なれどの、要は、八坂神社の周辺の、道路。主要道路なれどの、年末年始には、車通行禁止になって、ねえ。この、2、3年前から、やろか、なあと。

結果的、毎年、恒例の、お正月の墓参も、出来ずでねえ。
言うは、JRなりで、京都駅まで、行って、そこから、バスなり、何なりで、行くの、なら、やけれどの、この時期では、なと。公共交通機関も、大入り満車、満杯でねえ。
ども、ならず。
とか、言うても、そんな手では、墓参した事、ないけれどや。
よて、初詣も、氏神様、大井神社と、出雲大神宮の2箇所にしてねえ。

オットの、その頃からやねえ。
言うてるの、京都市内の、駐車料金なるが、バカ高あに、なって、もてねえ。どもならずの、偶になら、構わんのけれどや。
どちにしろ、その辺り、十分に、考慮せねばと。
まあ、言うたら、京都市内には、車では来るなと。反面では、京都市内の面々なら、車は邪魔になるかと。その替わりに、市電、市バスが、充実してるです。
市電は、地下鉄やねえ。

がしかしの、当世、外国人旅行客が、わんさかの、ワンサで、市内の連中も、移動が大変やねえ。
その反面では、その市電、イヤ、地下鉄なり、市バスについては、高齢者対象に、年間幾らで、パスが貰えて、ねえ。利用するの面々なら、結構なると。

がしかしの、亀岡ねえ。市バスなんか、あらへんし。ンの、コミュニティ・バスなら、あるですが。基本、亀岡駅なり、並河駅等々、JRの駅にやねえ。
安いしねえ。100円であったのか。1回で。そは、度々の乗らへんし、ねえ。
オトトの、亀岡の場合、タクシー・チケットかなあ。内容なんか、調べてませんです。
これ、免許返納で、1冊、何回分かのを、くれるですが。その1冊のみでして。その1枚で、500円分か、なあ。引いてくれるですが。500円では、どこまで哉と。
いやねえ。
そは、易々の、安易には、タクシーには、乗れませんです。高額故。

余計なるの話の、京都市内なら、むしろの、車所有は、邪魔になりの、その分、公共交通機関が、充実してるですが。以外では、あきませんです。
言うは、免許返納なんか、してみい。忽ちにして、買い物1つ、大変ぞと。
よて、当方的には、可能なるの範囲、年齢まで、免許返納なんか、考えもせず。

まあなあ。
ある意味、乗らずともの、身分証明替わりには、なるし、ねえ。運転免許証が。
よて、それも、考慮で、更新出来るの状態なら、更新し続けたの方がと、思てるです。そらねえ、イザの時、運転出来るの方が、ええに決まってるわと。
運転出来ても、免許返納してたでは、運転出来ずでねえ。
とは、当方考え。
とりあえず、取れる、更新出来るの状態なら、手間掛かっても、乗らずともの、講習なり、検査<認知機能>受けてと。
イヤ、ほんと。

オットの、そんな事で、この正月には、氏神様、大井神社と、出雲大神宮にと。出雲さんでは、今年の干支、午の、飾りをと、調達してねえ。
飾ってるです。
(26/01/06)


NO.5028 大晦日から、正月の話(3)

いやねえ。
最早の、正月三賀日も、過ぎて。6日<火>やし、ねえ。
明日、7日なるは、七草粥の日。
一説では、正月、喰い過ぎたの腹を、休ませてやるがための、軽くの食事、粥をと。且つは、薬草入れてと。
とか、言うてるですが。

当世、そんなにもの、大食してへんわと。
特には、当方、少々、メタボリック・シンドローム気味の計算値でねえ。昨年の、何時からか、節食と、するのか、基本、オヤツなりを、何ちゅうかの、意識的、減らしてるです。

お陰様で、肥満度<BMI><基準25以下>の数値的、診察の、昨年9月11日には、<26.1>であったのが。現在唯今、<24.8>と、なりての、基準以下には、到達したです。
尚、この手の値なるは、日々、変動するですが。まだまだ、手は、対策は、全くの、緩めておらず。

とまあ。
肥満度は、1つの目安でありの、本命、糖尿病対策でして。
これ、基準的、<HbA1c><基準6.2以下>が、先の診察日の血液検査で、<8.4>。軽くの突破してましての、さての、現在唯今の数値不明なれど、です。
肥満度の件からは、改善の方向にと、期待してるです。

オットの、何の話。
要は、正月も、そんなには、喰てないわと。
基本、自重、自重と、腹一杯避けてるです。の、以前の、言うてるの通りの、肥満度的にも、リバウンドしておらず。させておらず。

とかとか。
正月ねえ。
行ったも、初詣に、氏神様、大井神社と、出雲大神宮の2箇所のみ。墓参は、しておらずの、出来ずの、この、土日の辺りにでもと、考えてるです。
その、土曜日なら、10日やねえ。「ゑびす神社」やねえ。十日ゑびすの日やねえ。

その、「ゑびす神社」になら、何時であったか、南座の横手の、トンカツ屋、「なだ万」に行ったの時、寄ったです。
寄って、鳥居の、ちり取りに、5円玉を入れて、ねえ。イヤ、ほんと。入ったです。
そらなあ、入るまでの、挑戦やしねえ。
イヤイヤ、「十日ゑびす」とか、の、日でもあらへんし、がーら、ガラ。

そのついでに、南座の横手。南座の横手、ばかり、なれどの、屋号、「祇園饅頭」で、「志んこ」を買おたり、してねえ。
ンの、「志んこ」とは、平たくには、「ういろう」。
何度でも、申すの、「祇園饅頭」なるは、その昔、墓参の時、通過するし、ねえ。何年かに、1回は、その、「ういろう」を、買おてもらえて、ねえ。
再度の、何年かに、1回やでと。
当方的には、「にっき」味のが、おいしく、思えて、ねえ。特段の、にっきが好きと、言うでも、あらへんですが。


ンの、何で、こんな話になったの哉と。
ンンの、墓参するの日が、土曜日なら、10日やしで、「十日ゑびす」の、日やなあと。
そ、言うたら、昨年、いつの事かは、失念の、「ゑびず神社」に行ったり、「祇園饅頭」で、和菓子を買おた、なあと。

いやねえ。
申せばの、当方的、その内には、と、思てるのは、この、「祇園饅頭」の、「志んこ」を、当家、皆に、喰わせて、やりたい、なあと。
イヤ、ほんと。

これも、総勢、11名。
ともなればの、又、「志んこ」も、ダケを1個。とも、出来ずの、これ、1個で、170円やしねえ。当世、高級和菓子やし、なと。
170円なら、高級とも、言えず。なれどの、当たり前に、他のも、あるし、ねえ。

いやねえ。
その手、皆で、墓参ねえ。
の、機会が、なあと。あっても、南座云々ねえ。諸般、車を駐めては、墓参なら、東本願寺祖廟でも、構わんと、思うですが。
2時間やしねえ。無料が。
その、全員での、機会がと。悩ましく。
(26/01/07)


NO.5029 大晦日から、正月の話(4)

いやねえ。
本日、1月の7日で、「七草粥」の日。
イヤ、喰たです。七草粥を。当方、好きでして。粥が。塩味の。
餅も、好きでして。結構なると。

そんな事で、正月、1月も、7日になって。
がしかしの、何ちゅうかの、正月過ごしたの、気になって、おらずでねえ。何か、物足らずは、結果的、全員集合出来ておらずが故かと。
まあなあ。
1日の夜には、長男家も、来たですが。
次男家なら、9時半頃か、10時頃やねえ。着いたしねえ。そこから、皆で、お仏壇、三宝さん、神棚、トイレの神様に、ろうそく灯して、お雑煮をお供えしてねえ。

そして、お雑煮をの次第。
夕方かには、長男家の、孫娘以外、着いて、ねえ。
いやねえ。
順番は、どであったか、兎に角、嫁の実家、向日市やねえ。それと、長男の干支の、「上賀茂神社」に行ってと、聞いたです。

いやねえ。
上賀茂神社」ねえ。
電話ででも、頼むかと、思いつつの、失念。
いやねえ。
折角ならと、上賀茂神社の、「やきもち」をと。これ、門前の和菓子屋の、「葵家やきもち総本舗」。

なんや、けど、ねえ。
言い忘れて、ねえ。
での、家に着いた時、その事、言うたら、ンの、門前の、「ぜんざい」には、沢山の人が並んでた、けれどと、言うし、ねえ。
ンの、そかの、善哉の事、知らんかった、なあと。何分の、上賀茂神社ねえ。

3度かなあと。参拝は。
とかとか、そは、度々の、は、参拝してませんでして。それ、言うたら、京都の、神社仏閣ねえ。有名処は、行っては、いてもの、そんなに、回数はと。
まあなあ。
とか、言い乍らも、3度は、結構なるの回数でして。

それ、言うたら、二条城ねえ。
ここなら、その昔、当家から、なら、歩いてでも、行けた、ですが。
とりあえずは、我が母校、「堀川高校」の、近くでして。1年生の、水泳部時代には、冬場、シーズン・オフの時、二条城一周をと、走れ、走れねえ。

とてもやないの、無理難題。走りが苦手で、水泳でして。
イヤ、事実。
水泳部に入部の面々、大方、その手の口でして。殆ど、歩いてたと、思うです。
イヤ、ほんと。
それも、一周ねえ。でさえ、1度か、2度であったかと。
まあ、言うたら、諸般、近くであるからと、二条城こそは、入場、有料でして。そは、度々のは、入らず、入れずの、3度も、入ってたら、十分かと。

それ、言うたら、一番に、頻度高くは、御所やねえ。とりあえずの、基本、無料。当時には、グラウンドもあったし、ねえ。そこで、草野球したし、ねえ。
とりあえず、高校3年生の時、夏休みに、高校の教室で、自習してねえ。皆で集まって。その面々が、現在でも、ドーソー会で、集まってるです。
集まってるの全員が、その時、自習してたで、ないけれどや。

ンの、何の話。
「上賀茂神社」の、「やきもち」ねえ。残念やった、ねえ。
そらねえ。
善哉ねえ。これは、その場で、喰うのやろし、ねえ。持ち帰りは出来ず。

まあねえ。
「やきもち」ねえ。当たり前に、知る人ぞ、知るの、でして。
まあ、言うたら、当家、皆で、「上賀茂神社」に参拝したの時、必ずや、買おてるです。ンの、皆で、参拝ねえ。果たしての、何時の事かと、なればの、長男、12歳の時か、なあと。再度の、午年生まれ故。

オットの、その「やきもち」ねえ。
諸般、知る人ぞ、知るの、でねえ。
オトトの、2軒あるです。「神馬堂」と、先刻の、「葵家やきもち総本舗」。

まあなあ。
本来的、「上賀茂神社」の、門前の和菓子屋ねえ。
可成りの、老舗と、思てたですが。まだ、創業70年とか、でして。フウンと。
どちにしろ、折角なら、頼むのべきやった、なあと。
そらねえ。
あくまでもの、気は心の、範疇なれどの、その手、そこの名物なるは、食すればの、運気向上、興隆と、言われてるです。

まあねえ。
出来ればの話の、その手、名所にと、なるならばの、予めの、門前の名物、調べるも、一法かと。
イヤ、ほんと。

まあなあ。
当方の場合、甘党やし、ねえ。その手、目がないわと。
(26/01/08)


NO.5030 大晦日から、正月の話(5) 年賀状の話

いやねえ。
余所様の事、故に、内実、さっぱりの、知らんし、わからんですが。
真向かいの家の件。

基本、昨年末、いつであったかは、どでも、結構の、兎に角、当方、歩きに出てたら、自転車、疾駆で、アと、言う間に抜かされたですが。
要は、そいつ、ジョーカー野郎の運転の、でして。
こちは、瞬時、認識の、嗚呼のアイツや、なあと。

での、結果的、それが、最後と、思てたですが。実は、本日<1月8日・木>、そいつを見るまでは。
イヤ、見てねえ。真向かいの家に居てるを、です。フウンの、完全に、引っ越したと、違うの怪と。まだ、用事あるのかと。
正確、細かくには、別途の男性、知らんの人。意味、息子ではないのと、一緒に、来てて、ねえ。そいつよりも、若干の年配に見えるですが。
家の中から、小物と、するのか、何か知らんの、出し易くしてるの、やねえ。出して、乗って来たの、車。に、詰め込んで、ねえ。
とりあえずは、消えたです。

要するに、小物を置いたままのため、取りに来たのやろ、なあと。
申せば、従前、昨年ねえ。自身の車で、何度も、何度も、来てたです。その車でも、乗せるが出来る程度の、小物と、見えるですが。
言うは、昨年末、その手の荷物、出さずに、置いたのままで、年明けて、取りに来たのかと。何とも、ハヤの、要領の悪い事。計画性の、乏しいの事。

で、最後なんやろ怪の、まだまだ、妖しいの感してねえ。
がしかしの、結構やねえ。売って、尚、何箇月も、居てられるは。不動産屋も、急かさへんのやねえ。ある意味、出入りして、通気してくれたら、結構かと。
とは、思うですが。
どちにしろ、当方的、以て、昨年末の、あの自転車で、疾駆の、アイツ、こいつ、ジョーカー野郎も、見納めや、なあと、思たのに、甘かった、なあと。


そんな次第の、斯くなるでの。
年賀状ねえ。
此度、枚数、40枚。購入が。1枚85円ですて。へえの、たっかい、なあと。

いやねえ。
届いてるの中には、一旦、止めたの、先様のが、何枚か、あって、ねえ。フウンの、コマツタなあと。
がしかしの、心、鬼にして、返信と、するのか、応答せずと。
まあ、言うたら、過年より、テレコ、テレコになっててねえ。こんな具合に、間を置いて、来るから、又、応答して。先様も、何度か、間空けての、又、応答してくれて。

まあなあ。
最早の会わずで、ン十年。なら、モ、ええやろと。
或いは、昨年度の年賀状で、これにて、欠礼と、言うて、くれたのも、あって、ねえ。矢張りの、そんなには、会うの機会、無くなってもてねえ。
がしかしの、これから先、わからんですが。

とかとか、実は、その手の方、諸般、亡くなっても、わからんになるなあと。イヤ、ほんと。
オットの、先方様が、亡くなっても、わからんですが。こちが、あっちにも、年賀状が届いてないなら、嫁はんなり、何なり、その手のに、知らせと、するのか、喪中葉書も、出さんやろ、なあと。

いやねえ。
言うは、前の、町内、生まれの、育ったの地、仏光寺の家の方なら、近所、学区にも、自然に伝わるですが。時間、掛かっても。
がしかしの、この地、亀岡では、なと。ンの誰に伝わるやと。その手、知り合いに。仏光寺の近所の面々の、動向も、知らんし、ねえ。住んでもないし。

オットの、いやねえ。
諸般、ドーソー生ねえ。居てるです。
それも、引っ越しての方が、長いしねえ。その当時の、近所の面々、ドーソー生にしたって、以降、会おてるの、ならばの、当たり前に、わかるですが。以外の、なんか、皆目のと。
で、わかって、何とするやと。何も、出来ず。せず。

そらねえ。
ドーソー生の、家、知ってるは、極の一部。その奥様なり、まで、承知も、極の一部。それも、大昔の話、やしねえ。ン十年。半世紀経つなあと。
最早も、知らぬと、同然。

いやねえ。寂しいねえ。
年賀状も、その昔々には、多い頃には、軽くの、200枚。でも、不足で、追加で、調達したり、してねえ。
それでも、何ちゅうかの、お年玉の抽選結果的、下2桁の、「切手シート」が、多い時で、5枚。少ないと、ゼロ。
200枚もあって、ゼロかと。てな事、何度か、あった、なあと。そらなあ、確率の問題故、あり得るの話。

それ、言うたら、昨年かには、40枚か、50枚で、3枚当たった、なあと。
がしかしの、当世、最早の、切手を使うの用事なく。
がしかしの、何かの、用事で。ンの、ヒデトシ君やった、なあ、断捨離の、大昔の、学生時代の写真やねえ。何枚か、あっての、それを、スキャンして、我がHPに、貼り付けて、ねえ。面々に、ここに、こんな具合にと、連絡してねえ。

言うは、その写真、実は、皆で、有馬温泉かに、行くになってたのが、工事中で、いつの事になるか、わからんなあと、なって、ねえ。
ならばの、その時にでも、手渡すのつもりであったのを、郵送した、なあと。その時に、切手をと。当然の、1枚では、間に合わずの、2枚かと。組み合わせて、ねえ。
ダケやねえ。使たのが。

とかとか、年賀状も、難しいねえ。
所謂の、友達関係のも、今後、減るし、ねえ。基本、親戚筋が、残るですが。それも、減って来てるし、ねえ。亡くなったり、してねえ。
言うは、現在40枚。
果たしての、次回、今年末には、何枚にと。イヤ、ほんと。
(26/01/09)